第70話 死
周りを気にしている余裕はない。
ドレークを、白竜を隠すこともせず修道院の前に降りた。
戸を開き中に飛び込むとシスターを探す。
「シスター何処ですか?急ぎ大聖堂に、国の中枢への連絡をお願いします」
「そんなに慌てて何があったのですか?」
奥からシスターが走りづらそうに駆けてくる。
久し振りだというのに挨拶もないレナートに、その緊急性を理解した。
「詳細は追って伝えるので今は早く連絡を」
「わかりました。でしたらこちらへ」
普段であれば入れない連絡用の狭く簡素なつくりの部屋。
連絡は神へ祈りをささげることで遠くにいる同じく祈りをささげる者に声を届かせるというもの。
ある種異能のような特殊な力ではあるが、必要なのは信仰心だけであるために信仰心さえあれば誰にでもできる。
シスターは石畳の床に膝を付き、ただ一つある窓からの月明かりに照らされる。
文言を唱える必要もなく、ただ祈る、それだけで狙ったとおり街の、大聖堂の聖職者と繋がった。
シスターの微妙な変化に、言われるよりも先に繋がったことに気付いたレナートはシスターの方に触れる。
「私は枢機卿のレナートです。教皇様へ急ぎお伝えください、そちらに街一つを壊滅させた異能力者が向かって……」
《そいつならもう来てる‼既に街は―――――》
「…………………………」
遅かった。
先の街からこの修道院まで休まず走っても五日はかかる。
それをドレークが全力を尽くしてほんの数時間で辿り着いた。
それでも、間に合わなかった。
ここから街まで、私に掛かる負荷を考えず飛べば同じだけの時間で辿り着けるはず。
おそらく街は全滅でしょう。
先の街がそうだったように。
けれど、それでも、諦めるわけにはいかない。
「レナート、何処へ?」
部屋を出て駆けだすレナートを呼び止める。
行先はなんとなくわかっていた。
「きっと全滅しているかもしれません。けれど私が、私たちが希望を棄てるわけにはいきません」
レナートは修道院を飛び出していった。
「既に街は襲われています。出来る限り早く辿り着きたいのですが、どれくらいで辿り着けますか?」
《それでも一時間やそこらで着く距離じゃない》
「それでも行かな……きゃ―――—⁉」
ドレークの背に乗ろうとした時だった。
修道院の窓ガラスが内側から弾けるように割れた。
木で出来た扉は外に吹き飛び、中から煙が漏れ出ている。
煙の中の人影がフラフラと外へ、血だらけのシスターが、芝生の上に倒れた。
「シスター‼」
駆けだすレナートに声が届いた。
《すまない、レナート》
勢いよく振り返ると、ドレークの隣、白竜の鱗に触れる、燃ゆる街の男が笑っていた。
抑えが効かない。
元より抑えるつもりは毛頭ない。
拳を握り地面を蹴る。
しかしそれは、間に合わない。
肉が、鱗が、全て消え去り、巨大な竜の骨だけがそこには残った。
「初めましてだな、紅月骸」
男は名を呼んだ。
この世界で一度とて呼ばれていない、この世界で一度とて口にしていない、レナートの転生前の名を。
驚きはした。
それでも、その名を口にしてくれたおかげで、レナートは冷静さを取り戻すことが出来た。
「貴方は?」
「神だ」
「……何故このようなことを?」
「紅月家は滅ぼさねばならん」
「私は一度死んでいますよ」
「転生は許されていない」
決定は覆せず、戦いに勝ち目はない。
「だが、先に世界を滅ぼす」
「————何を⁉」
「紅月は禁忌に触れた。ただ死ぬだけでは生温い」
冷静であったから実力差を理解し、戦わずに済む策を探った。
狙いが自分一人であるのなら、殺されるという選択をした。
狙いは一人、けれど、その一人が大事に思う全てを奪う。
開きかけていた拳を握り、地面を踏みしめる。
倒せるはずもない相手だが、もし倒せれば、多くの犠牲が出た後ではあってもこれ以上の犠牲は無く解決。
もし倒せずともここで殺されれば、先を知ることが出来ない以上、犠牲は自分一人で済む。
故にレナートは戦うことを決めた。
「ぐぅぅぅ…………く、あぁ」
力の差は歴然。
魔物とはまるで違う。
神を自称するだけの事はある。
地面に倒れ荒い呼吸を上げるレナートは、尚も立ち上がり拳を構えた。
呼吸は落ち着きを取り戻し、それに応じて心もまた凪いでいく。
未来無き者、最期の時にて全てを護る機会を得た。
「重要なのは踏み込み」
強化系異能力者以上の身体能力を持ち、老爺の下で体術を修めた。
基本に忠実に、速さと技術。
距離を偽るように詰め、渾身の一撃を放つ。
目を少し見開き、驚きの表情を浮かべていたが、腕を掴まれ放り投げられる。
何の事もなく簡単に対処された。
背中に迫るドレークの骨にぶつかりそうになり、咄嗟に異能で数本を呑み込んだ。
肉体と同等しか容量がないために、今まで呑み込んできた魔物が死後に残す灰のようなものが身体からあふれ出る。
「——————⁉」
あふれ出る魔物の残滓が留まる事を知らない。
明らかに骨以上の量があふれ出ている。
身体が熱く、苦しくなる。
内側からの痛みに膝を折る。
「そうか。これはお前にとって相当大事なモノなんだな」
男にとってレナートが苦しむのは良いことである。
別段脅威にも感じておらず、次の絶望を探すだけ。
「ではまずはこの骨を砕くところから始めるか」
そう言ってドレークの遺骨に男は近付いていく。
痛みの引かない身体を引き摺り足を掴むが、踏みつけられ腕を折られた。
「ちゃんと、よく見ておけよ」
遺骨に触れたその瞬間、男は一気に飛び退き距離を取った。
一体何があったのかはわからない。
けれど砕かれず、壊されず済んだのなら、動かずいるというのなら都合がいい。
遺骨にしがみついて立ち上がると、一つ一つ呑み込んでいく。
砕かれるより先に全てを、どうせ死ぬというのなら、容量を超えて全て呑み込み、共に逝こうと。
「ソレはなんだ?」
男の視線は遺骨へと向けられている。
「絶望など二の次。お前は早い内に消しておくべきだ」
男に触れられた時、死を悟った。
肉体から魂が抜ける感覚。
身体から痛みが引いていく。
自分の身体から離別する感覚。
身体を自由に動かせなくなっていくなか、最後の遺骨を呑み込んだ。
そして意識を失い地面に倒れる。
「二度と転生は許さん」
そう言って男は手の内を見る。
「—————な⁉」
驚愕。
そこには奪ったはずの魂が無かった。
立ち去ろうとしていた足を止め振り返ると、レナートの身体が光に包まれる。
「裏切ったのか?」
負けるはずのない神々が負けた。
異端とされたひとりの死神がその神々を負かした者の味方をしている。
その死神が最後にいたと思われる場所、ある死後の世界。
支配する者の名を閻魔。
紅月骸の魂を転生の輪に乗せた者。
疑いこそあったが、こちらが動くより先に紅月骸が死んでいたために疑いだけだった。
ただ、今確信に変わった。
「閻魔ぁぁぁあ、貴様裏切ったのか‼」
遺骨に触れ無くなりつつあった余裕は今完全に消え去った。
「ハデスの名を以てその魂の…………くぅ、既に遅いか」
魂の奪い合いである以上物理攻撃に意味はなく、魂を奪うにしても間に合わない。
「…………転生先で待ってろ。見つけ出して殺してやる」
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