第23話 世界旅行
裂け目から出ると同時、死神は咄嗟にその場を移動する。
十キロほど移動したところで背後を振り返ると、半径三キロほどを爆炎が包み込んでいた。
煙が晴れ、中からはクレーターと、巻き込まれ抉れた山が出現する。
空を舞うは巨人たち。
そしてその気配は何処かで感じたことがある。
「誰が創った世界かは知らないが、偽の神々で戦争を起こすとは、随分と狂っているな」
神同士の争いは本来起こりえない。
神の意思は一つであり、意思に逆らう者は容赦なく切り捨てられる。
行動する前に粛清される。
故にこのような戦争にまで発展するようなことはあり得ないのだ。
だというのにここでは起こっている。
偽りとはいえ、神同士の戦争が起きている。
「神同士が戦争をするような世界で、人間が生きていると?神が神を意識している時に、人を意識するはずがない。神が造り出したからこそ、脆弱な人間は神に認識されているのだから。神が創造したものでなかったのなら、人はそこにいる事さえ気づかれない」
どうしようもない、生命を根絶するような戦争。
その中で、人間が生き残るのは極めて困難だ。
だが、隠れ潜むことに徹すれば、否、隠れずとも、潜まずとも、人は気付かれず。
降り注ぐのは偶発的な死のみ。
「何やらおかしなものを造っているようだが、一つ許せないものがあるな。ひとりの神が、死神までも造っている。それだけならいい。死神を造るだけなら。だが、奴は戦争に死神を参戦させている。命を奪うのではなく、回収するのが死神だ。誰かを殺すのは、死神ではない」
遥か彼方に見える死神の軍勢に手を向ける。
軍勢を為す死神ひとりひとりの魂に鎖が巻かれ、鎖は束となり手に握られる。
「徒に神に造られた紛い物よ、その魂を徴収す」
鎖は魂を捕らえ巻き取られる。
抜け殻は地上へ落下していく。
その様を横目に、魂を回収し鎖を消失させる。
そして、鎌を手に持ち、転移によって一瞬にして距離を詰めると、偽りの魂を刺し貫いた。
「真似るのなら、本物以上に本物であれ。お前は死神の在り方を間違えた。冥府神の在り方を間違えた。死には理由がいる。殺すことを目的としてはならない」
落ちていく偽りの神の胸に手を触れる。
「だけど、理不尽は好きじゃない。もう一度、やり直して見たまえ」
徴収した魂を偽りの神に注ぎ込む。
それは新たな生の始まり。
偽りの神の、やり直しである。
「おっと、本来の目的から外れていたな。人間はどこに……」
その時地上を走る二つの影を捉えた。
今のは人間。
だが、もう一人は……他の偽りの神が造り上げた、人間を基盤とした上位種族か?
であるなら、戦争の道具という扱いのはず。
それが何故人間と行動を共にしている。
ともかく追ってみればわかるだろう。
死神は地上を走る二人を追って行った。
「彼の死を撒き散らす厄災が滅びたというのは、真の情報か?」
「わからない。だが、事実あれらは落ちた。その後も動きは無かった」
椅子に座る巨人と男が話をしている。
「……ちらちらと見てくるな。隠居したいのは山々だが、こんな状況になった以上協力する」
「そう言ってもらえると有り難い。君以上に頭の冴える者はいないからな」
おいおいどういう状況だ?
奥の巨人は偽り神だろう。
だというのに、会話をしている男は人間だ。
それも、この構図は偽りの神が人に頼っている。
この世界の人間は知恵を持って神に取り入ったと、篭絡したとでも言うのか?
…………いや、違うな。
ここにいるのはあの巨人が造り出した種族だけであり、人間はあの男以外に存在しない。
ならば、他の人間は何処に居る。
あの人間が異常なだけだとは思うが、他の人間を探したほうがよさそうだな。
死神は羽を飛び立つ。
人間の反応を探し、そこらを飛び回るが、なかなか見つけることができない。
周りは被害など考えない範囲攻撃の打ち合いをしており、命が簡単に奪われていく。
馬鹿げた争いの中を、死神は通り抜け、そこに辿り着いた。
生命反応は無い。
ただ一つ残された山。
標高は低くとも、周りの山は消し飛ばされこの辺りでは最も高い山となっていた。
山には空洞があり、そこには大量の本が置かれていた。
壁を埋め尽くす本棚と、びっしりと詰められた本。
ただ一つ本棚ではなく机が置かれている場所の壁には、文字が彫られていた。
見たことのない言語だが、神である故理解できる。
《全てを利用して、この下らない戦争を終わらせる》
下らない戦争か。
あぁ、その通りだ、君は本質をよく捉えている。
そして素直に凄いと言わせてもらおう。
あの戦いを見て、そこに交ざり、戦争を終わらせると決意できるのだから。
「人間は実に弱い。脆弱だ。だが……なんて強いんだろう」
突如視界が暗転し、死神は暗闇の中を落ちていく。
地面にぶつかると、辺りには霧が出ている。
「急になんだ?」
死神が顔を上げると、目の前に地図が立てられている。
周りを見れば建物がある。
人が行き交う道がある。
次の世界に強制的に移動させられたか。
しかしこの世界、随分と平和だな。
今までの世界と違って普通に外を人が出歩いている。
地図まであるとは、随分と親切だな。
「さてここは……メリルボーンか…………どこだ?」
死神に地名がわかるはずない。
「後は……ベイカーストリート。成程、やっぱりわからないな」
まぁいい、周りに人もいることだ、すぐに移動することに……?
―――――――――⁉
「どういうことだ?たくさん人が歩いている。だというのに……誰一人として魂が存在していない」
「ここは……モンスターの収容施設といったところか。力を持った途端に周りを虐げる。人間とは、なんと傲慢な」
「デカい城だな。しかし、中身が随分と物騒だ。二種の聖剣。その上持ち主の片方はこの世界の人間では無いときた。果たして誰だ?世界間の移動を行ったのは」
「ほぉ、これはまたやってくれたなぁ。死者の蘇生だと?人間、お前達はそのようなものにまで手を出すというのか」
「生贄?下らない。そんなことで神は何か行動したりなど……あぁ違う。神が強いているのか。生贄を差し出さなければ世界が滅ぶと。人間を使い、実験をしているのか。神とは、なんと下らない」
「ここは、宇宙か…………うちゅう⁉しかもこれ船じゃないか。人間はついに宙にまでその手を届かせるのか。ふふっ、いずれ天の喉元を掻き切りに来るんじゃないか?」
「————な、これは」
そこは何もない世界。
真っ白で、何も無い。
生も、死も、そこには存在しない。
漂白された、消えた世界。
《おや、君は誰だい?》
何処からか声が聞こえた気がした。
だが、やはり誰もいない。
《ここにいてはいけない。早く逃げなさい。見つかれば消されてしまう。既にこの世界は、神の手で滅ぼされた後なのだから》
聞こえた気がしたそれは、残された意思。
誰か一人でも生きて欲しかった。
無き者達の願い。
死神はその場にうずくまり、涙を流す。
神の身で涙が流れるとは思っても見なかったが、知らないうちに流れていた。
「あぁ、人間は最悪だよ。禁忌にだって手を出すし、命を奪うこともする。けれど、それを罰するだけの善悪が、心がある。神なんかよりもずっと素晴らしい種族だ‼」
立ち上がり涙を拭う。
「もうやめだ。俺は神なんざやめてやる」
アマデウス。
人の身で神に挑んだ者。
そして、俺の新たな主様。
何処に居るのですか?
いつになれば、あなたに会えるのですか?
後どれだけ……神の醜さを見せられなければならないのですか。
どれだけ世界を渡ろうと、アマデウスの元へ辿り着けない。
どこまで続くかもわからない中、死神はただ一人の男を救うために奔り続ける。
死神はそれしか出来ず、その場で崩れ腐っていくことを死神は良しとしないから。
ずっとずっと昔に見た、全てを奪われてなお立ち上がった少年の姿を追いかける。
名前も何も持たない、数多いる死神の
だが初めて、自分の意思で決めたのだ。
独りぼっちの少年を助けたいと。
たとえそれが神々への裏切りであり、許されざることであったとしても、死神はもう止まらない。
助けたいという思いは、贖罪へと変わっていた。
ただ積み重ねるだけ。
みたくもない現実を、事実を、突き付けられただけ。
この程度、彼はもっと苦しかった、痛かったはずだ。
それは他者を想う心。
絶対であり頂点である神が持ち得るはずのないもの。
小さきものに目を向ける、彼にはそれが出来たのだ。
薄れる意識の中、ぼやけた視界の先に映る一人の男に手を延ばす。
どれだけ手を延ばそうと、その手は届かない。
触れることは、許されない。
それは既に起きたこと、終わったこと。
目の前で天にその身体を貫かれる姿を、見ている事しか出来ない。
戦いに明け暮れ、腕を、足を、失ったことのない場所が無いほどに傷付きながら戦っている。
それをただ、見ている事しか出来なかった。
「やめろ、やめてくれ。その先には何もない」
死神は涙を流し、歯を食いしばる。
「人は神になど成れぬ。神の権能など使えば、もはや何者でもなくなってしまう。もう、やめてくれ‼」
膝をつき倒れ込む。
空を闇が覆い、地上を雷が照らす。
土を握り、死神は立ちあがった。
死体の山の中、鎌を握りゼウスへと斬りかかる。
だが、ゼウスが指を向けただけで死神の身体は弾き飛ばされ地面に転がる。
胸に穴を空け、血を流しながら、近くの闇で作られた球体を見る。
「たとえここが夢幻だとしても……俺は、此奴を護るんだ」
天を見上げ、ボロボロの身体に鞭を打って立ち上がる。
拳を握り、ふらふらとした足取りで歩いていく。
ガクリと倒れかけると、そのまま力を込めて飛び上がる。
勢いよくゼウスに殴り掛かった。
だが届かない。
どうしても、その拳は届かない。
あと少しだというのに、腕は消失した。
周りに壁が形成されていく。
外界との繋がりを完全に断つ壁。
それは、神々による封印であった。
「人の為に人を殺すのならいい、秩序の為だ。だが……神の為に人を殺すな」
死神は箱の中に閉じ込められ、地中深くに埋められた。
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