第8話:困ってるみたいだね、赤坂さん。手伝おうか?

「ああ、どうしよー 今から掃除に行って間に合うかなぁ?」


 瑠衣華は困った顔をして、なぜかチラッと一匠の方に視線を向ける。一匠は目が合ったけれど、(知らんがな)と心の中で呟く。


 部室の広さも汚れ具合も一匠は知らない。だから間に合うかと問われても、知らないとしか言えない。


「ねえ瑠衣華。そんなのばっくれたらいいんじゃないのぉー?」

「そうだよそうだよ。やってなくても、やりましたって言えばわかんないっしょ」


 瑠衣華が付き合ってる友達って、いい加減なヤツが多そうだな、と一匠は苦笑い。


「いやいや、バレるって……一人で間に合うかわかんないけど、とにかく行ってくる」


 瑠衣華はなぜかまた一匠をチラチラと見る。何かを言いたげではある。まさか自分に手伝えと言いたいのかと、一匠はふと思った。


 あの視線はどうも手伝えと言ってる気がしてならない。


 だけど瑠衣華はクラスでは、一匠とは関わりが薄いフリをしている。なのになぜそんな視線を向けるんだろう……と戸惑う。


 そもそも自分との関わりを隠そうとしている瑠衣華が、本当に自分に助けを求めているのかどうか、確信が持てない。

 だから一匠は、まだ彼女たちの会話に耳を傾けるしかなかった。


「瑠衣華が一人で部室の片付けするの? 他の人は?」

「新入生が私一人なんだよ」

「新入生にそんなのを全部押し付けるの? 信じらんないー それって上級生のパパハラってやつじゃん?」


(パパハラってなんだよ。父親によるハラスメントか? パワハラって言いたいのか? それにしても、コイツらホントに友達かよ? 誰も手伝ってあげるって言わないし)


 ──仕方ない。こっそり後をつけて、手伝いに行ってやろう。青島さんにしたみたいに。


 一匠がそう思って席から立ち上がろうとした時。


「困ってるみたいだね、赤坂さん。手伝おうか?」


 突然男子の声が聞こえた。一匠が目を向けると、それはクラス一のモテ男子、緑川だった。


 瑠衣華たちのグループが座る横に立って、爽やかな笑顔を向けている。女子達は呆然と彼を眺め、固まっている。

 中にはポーッとした眼差しで緑川を見つめる子もいる。


 一匠はなぜか胸の奥がモヤッとするのを感じた。なぜそんな感じがするのか、それがいったいなんなのかはよくわからないけれども。

 

 瑠衣華はなぜかまた、一匠にチラッと視線を向けた。そして一匠と目が合って一匠が瑠衣華を見ていたことに気づくと、ガタっと椅子を鳴らして立ち上がった。


「あ、いえ、緑川くん。ありがたいお申し出だけど、大丈夫です。私一人で大丈夫ですからー」


 瑠衣華はそう言い残して、パタパタと走って教室から出て行った。


(あれ? 誰かに手伝って欲しかったんじゃないのか?)


 せっかく手伝うという人が現れたのに、瑠衣華はそれを断った。

 一匠からしたらわけがわからない。

 瑠衣華の真意がなんなのか考えあぐねるうちに、瑠衣華を追いかけて行く機会を失ってしまった。


 しかし瑠衣華が緑川の手助けを断ったのを見て、なぜかホッとする自分がいる。自分のことながら、一匠自身もなぜなのかよくわからない。


 ところで──

 あの瑠衣華の視線は、誰かに手伝って欲しいという意味ではなかったのだろうか。


 ──あ、もしかして。


 と、一匠は仮説を立てる。


 瑠衣華は本当は誰かに手伝って欲しかったけど、イケメン緑川に頼って、彼にわがまま女だと思われるのが嫌だったのだ。


(だとすると、俺は便利に使ってもいい相手だと瑠衣華に思われているのか?)


 ……などと一瞬頭をよぎったけれど、『いやいや』と一匠はそれを打ち消す。


(赤坂さんが俺に向ける視線は遠慮がちだったし、彼女はそんなしたたかな性格ではないはずだ)


 それにたった1ヶ月とは言え、一応元カノだった女の子を、性格の悪い子だなんて思いたくない。


 そう思った一匠は、瑠衣華の行動の意味を深く考えるのはやめにした。もちろん一匠の耳には、廊下を走りながら呟く瑠衣華のこんな声なんて、届くはずもない。


「あーあ。ホントは誰かに手伝って貰えたら助かるけど……いっしょー君の目の前で、他の男子に頼るなんて姿を見せるのは嫌だしなぁ……」


 ──そう。女心は複雑なのであった。

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