第166話 げーと

「じゃあその魔王とか言うのを倒してしまえば大豪院くんは普通の生活に戻れるんですか?」


 今までほとんど無言で、作者ですら存在を忘れかけていたつばめがアグエラに質問する。

 魔王云々はともかく、大豪院につきまとわれる理由が無ければつばめとしては精神的にかなり安心できる。この先、沖田を救出したとしてつばめの横に大豪院が控えていてはムードもへったくれも無いではないか。


「まぁ魔族の私らにしてみれば、神側の思惑通りになるのは面白くないけど、デムス様亡き今、ユニテソリの上司に気を遣う義理も無いしね…」


 口を濁す言い方ではあるが、魔王ギルとやらを討伐すれば大豪院も転生する必要が無くなり、得体の知れぬ暗殺者に戦々恐々とする日々ともおサラバ出来る可能性はありそうである。


「ちょっと良いですか…?」


 会話に割り込んだのはアンドレである。


「我々もユニテソリを知っています。我々の国を攻めた時に彼は『魔王ギルドラバキゴツデムスの軍勢』と名乗っていました。貴女の言うギルとかデムスとかはそれと関係があるのですか?」


 普段のアンドレならアグエラに対して知り合った記念に食事でもどうかと誘いかけるのだが、睦美の目の前でかつ味方と断言出来ない相手では慎重な口調になるのも致し方無いだろう。


「あぁ、魔王も次元を超えて大部隊を展開するのはキツイからね、世界毎に魔王が居て連合体を作っているのさ。その盟主がギルで、ドラ、バキと仲間になった順番で連名にしていて、んで私達のデムス様は末席にいたって訳。今頃は新たに2、3人の魔王が増員されている可能性もあるわね…」


「だから1人の魔王を倒しても魔族全体の勢いが収まらなかったのね…」


 ユリも会話に参戦しアグエラと向かい合う。


「そうよ、仮にどこかの勇者が魔王を倒しても、その場所には元の魔族残党を吸収した別の魔王が新たに攻勢を仕掛けるの。『魔王軍』と呼ばれる組織は次元を超えて無限に増殖し続けているのよ。だから正直、ギルを倒しても大豪院がその『運命』から逃れられる保証は無いわ…」


 アグエラはつばめに視線を戻し告げる。つばめの顔が翳ったタイミングで睦美が参戦してきた。


「そんで、アンタ達はその別の魔王とかいう奴の所に逃げなくて良いのかい?」


 その言葉に呼応するかの様に、アグエラの逃亡を警戒してユリが厳しい視線をアグエラに向ける。


「お気遣いどーも。デムス様も死んじゃって、なんか疲れちゃってねぇ… 私も淫魔部隊この子らも無理に人を食わなくても生きていけるんだよ。それこそ生きるだけなら暗い夜道で酔っ払いを引き込んで、小遣い銭と一緒に少しの精気を貰えれば十分なのさ。私が投獄されていたのだって、看守どもに殴られたのは痛かったけど、犯されたのは『ごちそうさま』って感じだったわ」


 薄ら笑いで自嘲的に話すアグエラ。文字通り『陽のあたる場所』では無いが、平和に生きていける道がアグエラ達にはあるらしい。


 睦美やユリも含めて『女性としての幸せ』を考えると、アグエラの言葉はあまりにも諦観的で刹那的にも聞こえるし、救いが無くて気分の良いものでは無い。

 ただアグエラ達が『それ以上』を望むと、またしても人類vs魔族の血で血を洗う争いが再開されるのだ。


「それにあんた達の『アンコクミナゴロシ王国』だっけ? 仇が同じならユニテソリあいつを倒す為に私達は手を組めると思ったのさ。あいつが居なければ大豪院を味方にしてデムス様を助けられたかも知れないからね」


 油小路ユニテソリがいようがいまいが、淫魔部隊による大豪院の篭絡は成功したとは思えないのだが、それはまぁ考えない方が精神衛生上良さそうである。


「それなら私の世界に新たな魔王が攻めてくる前に、この案件を片付けたいわ。サクッと『境界門ゲート』とやらを開けて貰えるかしら?」


 ユリのアグエラを見る目はとても冷たい。ユリとてアグエラ達の境遇に同情する部分はあるが、基本的な関係は『敵味方』であり、それは今も変わっていない。


「そんなに怖い顔で睨まないで。せっかくの可愛い顔が台無しよ?」


 アグエラの煽りにもユリは表情を変えずに、聖剣の柄を握り直しただけだった。


 『やれやれ』といった感じで気だるげに立ち上がったアグエラは、腕を大きく振って円を描く様な動きをする。するとアグエラの手がなぞった空間に光る線が現れ、線が自動的にあちこちに伸びてやがて複雑な紋様を作り出す。

 その中心に更に強い円状の光の紋が現れ、扉の様に左右に開いた。


「この先が『魔王ギル』のいる世界よ。ユニテソリはあちこち動き回っているから、居るかどうかは博打だけど…」


 目の前に出来上がった『境界門ゲート』を見て、睦美の顔が僅かに歪む。


「気に入らないわね…」


「どうしました、睦美さまぁ…?」


 アグエラの開いた『境界門ゲート』に対して憎々しげに呟いた睦美の声を久子が拾った。


「うちの王国秘伝でそれこそ何年も魔力を貯めないと使えない究極の転移魔法を魔族、それも淫魔風情が楽々使っているのが面白くないのよ…」


 これは睦美の単なるボヤきであり、久子にはどうする事も出来ない。悲しそうな表情で無言のまま下がろうとする久子にアグエラが微笑みかける。


「『境界門ゲート』は元々魔族の作った魔法だからね。今は色々研究されて昔よりも手軽に使える様になっているわ。そちらの『境界門ゲート』に莫大な魔力が必要なのは、恐らくバージョンが古いからじゃないかしら? 多分何百年も昔のマニュアルから覚えたんじゃないの?」


 確かにアンコクミナゴロシ王国は歴史の古い国だ。睦美らが魔王軍に追われて避難した王家の隠れ場所も恐らくとても、まさしく何百年も前の古い施設だったろう。


「助けてもらったお礼ついでに魔法のアップデートのやり方も教えてあげるわ」


 睦美と久子に得意げに説くアグエラの表情と言葉は、どう見てもパソコン教室のインストラクターのそれだった。

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