第163話 ゆうしゃ

「何者っ?!」


 虚空から突然現れたマジボラ一行に対して、女勇者が聖剣を構える。先程までの余裕は消え、瞬時に魔王と対峙した時の様に真剣に戦いに臨む姿勢と気構えになる。

 淫魔部隊の娘らは、この勇者の闘気だけでも浴び続けたら蒸発してしまいそうな程に強い圧を感じていた。


 いきなり剣を向けられて面食らっているのはマジボラ一行も同様だ。しかも転移してすぐ何やら緊迫した場面に出くわしたものの、状況がまるで分からずに下手に動くことも出来ない。


 片や丸腰で長い逃亡期間の果てに、汚れて破れてすっかり見窄みすぼらしくなってしまった5人の娘達、よく見ればそれぞれ小さな角や尻尾を備えており、これが淫魔部隊の正体なのだと知れる。


 そして片や高級そうな金属鎧に、自ら光を放つ長剣を携えた若い女戦士。


 マジボラ関係者全員の視線が睦美に集中する。どちらの加勢をするか? はたまた無関係を主張してそそくさとこの場を離れるか? マジボラとしての対応の判断を睦美に委ねている為だ。


 女勇者からの殺気は依然消えておらず、アンドレと久子は睦美を守る位置に移動し、普段は守りの構えすら取らない大豪院も、相手の攻撃に備えてボクシングのガードの様な姿勢を取る。

 大豪院程の実力者でも、対する女勇者の実力が「油断出来ないもの」である事を肌で感じているのだ。


 女勇者の視線も、体が大きくて戦闘力の高そうな大豪院を中心にマジボラ全体を油断なく牽制していた。


 緊迫した雰囲気の中、睦美が一歩前に出て口を開く。発した言葉は


「御影、出番よ!」


 であり、睦美の背後から笑顔で御影が颯爽と現れた。


 ☆


「え〜、御影くんも日本人なの? 私も実は日本人だったんだよ。部活の関係で、やっと彼氏が出来たかな? とか思った途端に車に轢かれて死んじゃってさ、異世界転生っていうの? いきなり『魔王を倒せ』とかRPGみたいな事を言われて色々大変だったんだよぉ…」


「そうか、ユリちゃんも大変だったんだね。もし私がもう少し早くここに来れていれば君に寂しい思いなんかさせなかったのに…」


「ううん、今ここに御影くんがいてくれるだけで私は嬉しいよ…」


 睦美の作戦は大成功し、女勇者はいとも容易く御影に篭絡された。あと数分も話していれば『御影くん』が『御影きゅん』になるのは想像に難くない。


 女勇者の名前は巻幡まきはたユリ。本人が言うには交通事故で亡くなってしまい、女神を名乗る謎の存在に超常の力と『あらゆる物を切り裂く』聖剣を賜ったそうだ。

 幾多の冒険を経て、ユリは遂に魔王デムスを討伐した。そして現在、その残党の殲滅作業を行っていたのだが、その途中でマジボラ一行と遭遇したと言うわけだ。


「で、そこの魔族を放置すると村人とか食べ始めちゃうから駆逐しようと思ってたんだけど… あれはどういう状況…?」


 ユリの視線の先には大豪院を祀るかのように、拝み倒して感謝の意を表す淫魔部隊の姿があった。


「大豪院さまぁ〜、来てくれるって信じてましたぁ」

「大好きだぞ大豪院〜!」

「ふ、ふん! 来るのが遅いのでなくて?!」

「あ、あの… 何てお礼を言ったらいいか…」

「わ、わだじっ、ぼぉ(もう)駄目だべがとおぼってた…」


 上からアミ、イル、ウネ、エト、オワの順で大豪院の周りに群がっている。


「あぁっ! 思い出した! こいつらモールで大豪院に纏わり付いてた奴らじゃん! マジで人間じゃなかったのかよ…」


 鍬形が遂に淫魔部隊の正体に気付き声を上げる。それに反応したのは睦美だった。


「ははーん、読めたわ。大方エロガキ魔族に大豪院をたぶらかさせて、そこの女勇者にぶつけようとしてたんでしょ? ユニテソリも姑息な事を考えるわね…」


 やれやれといった感じで手を広げる睦美。それを聞き逃さなかったのは『淫魔部隊の(自称)リーダー』オワである。


「ユニテソリですって?! 貴女あいつとどんな関係が? そもそも私らがこんな目に遭っているのは全部ユニテソリのクソ野郎のせいなのに…!」


 奇妙な沈黙で睦美とオワが見つめ合う。やがてオワから目を逸らした睦美はユリを見た。


「ちょっとお互いに状況を整理する必要があると思うんだけど、話し合う場所と冷たい飲み物でも用意してもらえるかしら…?」


 虚空から突如現れた謎の女性、睦美の慇懃無礼な態度にさすがのユリも険しい表情になる。ユリは睦美を見つめたまま口を開いた。


「当然御影くんも来るんですよね…?」


 ☆


「つまりマジボラ…? の皆さんは現代日本から『境界門ゲート』…? とか言うので転移して来られた、という事なのですか?」


 ユリの所属する王国軍の天幕、勇者専用のプライベートルームでユリとマジボラ一行、そして捕虜として捕縛されてきた淫魔部隊も「勇者が直々に尋問を行う」として連れてこられていた。


 口では真面目な風を装っているが、ユリの腕は御影の腕に絡んだままだ。


 マジボラとユリ、お互いに情報を交換した所、この世界は魔王デムスのその軍勢により暴虐の限りが尽くされていたが、勇者ユリの活躍によってつい先頃魔王は討伐され、その残党として淫魔部隊がユリの手により討伐されんとしたタイミングで睦美らが現出した、という訳だ。


「ちっ、ハズレね…」


「そうみたいですねぇ…」


 睦美が小声で漏らしアンドレも小さく頷く。唯一の手掛かりであった淫魔部隊の通った『境界門ゲート』の痕跡も、繋がっていた先が望んでいた世界ではなかった様だ。

 少なくない魔力を使って飛んできた先は、沖田もユニテソリも居ない可能性が高い……。


「あの…」


 落胆する睦美達にオワがしずしずと近付いて来た。『魔族ごときが何の用か?』と睨みつける睦美に若干怯えていたオワだが、


「私達の主であるアグエラ様なら、ユニテソリや魔王ギルの世界への『境界門ゲート』を開けると思うんです。だからアグエラ様を助ける手助けをして頂けませんか…?」


 それは軽々しく聞き流せる情報では無かった……。

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