第158話 ほうよう

 蘭と沖田の奇妙な共同生活が始まって2日が経過した。


 当初は蘭ことウマナミ改に対して高い警戒心を抱いていた沖田であったが、初動で高笑いをしたものの、それ以降は借りてきた猫の様に大人しくなってしまっている蘭の態度と、限りなくビキニ水着に近いウマナミ改のコスチューム&それにマッチした蘭の均整の取れたスタイルに、ゆっくりとではあるが心の棘を抜かれつつあった。


 蘭は蘭で油小路の部下に頼んだ食材や生活用品、衣類等の補給物資は未だ届かずに、好きな男の前で常に半裸でいる事にいたたまれない気持ちではあったが、沖田の自分を見る目が徐々に優しくなってきている気がして、恥ずかしい反面とても嬉しく感じてもいた。


 実際に沖田の視線は年相応の男子らしく、蘭の胸元や腰回りに集中しがちになるのだが、極めて不可解ながら「好きな男からのエロ目線はセクハラにはならない」らしいので、表向きはとても穏やかな雰囲気が流れていた。


 ☆


「なぁ、そろそろ俺がここに居る理由をちゃんと説明してくれないか。何日も帰らないと家族にも心配がかかるし…」


 沖田からこの2日間何度か繰り返された同じ質問が問いかけられる。蘭はその都度はぐらかしてきたり無視してきたりしたのだが、それももう通用しなくなってきている。


 ここで『自分は反魔王の立場の人間で沖田あなたを救いに来たのだ』と言えればどれだけ楽であるか分からない。

 だが油小路は蘭達の動きを24時間監視していると言っていた。迂闊な事を話して沖田をも危険に巻き込んだら本末転倒であるし、仮にこの館を脱出しても外の世界では躊躇ためらう事なく人間を捕食する魔物が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしているのだ。


 ましてや今いるここは蘭達の住む世界とは別の異世界であり、世界間を行き来する術の無い蘭には仮に館を脱出しても二進にっち三進さっちも行かない状況であるのは変わらない。


 蘭単独ならまだしも、戦闘力の無い沖田を伴って宛のない逃避行を行うには余りにもリスクが高すぎるのだ。


「…ま、前にも話した通り、大豪院覇皇帝かいざあとピンクの魔法少女をおびき寄せる為、だ…」


 歯切れの悪い蘭の答えにもどかしさを覚えながらも沖田は質問を続ける。


「そこが分からないんだ。俺は大豪院やピンクの魔法少女と口を利いた事すら無いのに、なぜ俺が彼らを呼ぶ為の餌にされているのか?」


 これは正直なところ蘭にも分からない。何故かつばめが大豪院に気に入られているらしいのはバス内の会話で聞いてはいたので、つばめを呼び寄せれば大豪院もいて来ると考えるのは分からない話でもない。

 同様に沖田を餌にすれば簡単につばめが釣れるのは、マジボラの仲間うちならば皆知っている。


 問題は『誰が誰を好いている』といった、かなり内面の問題にまで油小路の情報として掴まれていると思われる所だ。


『油小路さんがピンポイントで私を連れてきたのも、単に私が油小路さんの顔見知りの女だった、ってだけでは無いのかも…?』


 決して誰にも打ち明けた事の無い、己の密かな恋心まで油小路に見透かされているのではないか? と油小路に対する恐怖を新たにする蘭。


「そ、それは… 私にも分からない。わ、私はお前の世話をするように言われただけで、お前たちの事情は全然知らないんだ…」


 もちろん嘘である。これ以上話に踏み込むと、ピンクの魔法少女の正体がつばめであると暴露せざるを得なくなってしまう。


 沖田の慕う『ピンクの魔法少女』がつばめであると知ったら、沖田の心は完全につばめに行ってしまうだろう。

 つばめは沖田に告白してフラレたはずである。ここで敗者復活で一発逆転されたら蘭の心は壊れてしまいかねない。


 沖田が蘭の正面に回り、蘭の細い両肩を強く掴む。


「頼む! 俺に人質の価値なんて無いし、こんな所で何日もフラフラしていられないんだ。家に返してくれよ…」


 肩を掴んだまま頭を下げて懇願する沖田に、再び蘭の心は揺れる。


 確かに2日も帰らなければ家族の心配はさぞ大きな物となろう。

 蘭自身も家族の繁蔵… はともかく妹の凛は心配しているはずだ。


 頭を上げて蘭の顔を見つめる沖田。蘭はバイザー越しにその奥の瞳まで射抜かれているように感じる。

 曇りのない彼の目、スラリと通った彼の鼻、そして触れた事のある彼の唇… 近すぎる眼の前の光景に、蘭は瞬時に繁蔵や凛を頭の片隅から消し去った。


 そこで蘭は異変に気付く。沖田の瞳にはうっすらと涙が浮かんでいたのだ。大きな不安を抱え、心が弱くなっている。そしてそんな沖田が蘭には愛おしくてたまらない。


 従犯とはいえ今現在沖田を苦しめている張本人として、蘭の心苦しさは決して小さくはない。

 その情愛と慚愧ざんきの綯い交ぜとなった思いを抱えて、蘭は沖田の顔を両手で挟み込む。


 蘭は特段何かをしたかったわけではない。苦しんでいる好きな男をその苦しさを紛らわしてりたかっただけである。


 そして想いが弾けた。


 怪訝な表情を見せる沖田と対照的に、蘭は聖母の如き微笑みを浮かべ、その豊満な胸に沖田の頭を優しく抱きしめていた。

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