第12章

第144話 かいぎ1

 警察のバスの中にいざなわれたつばめ達。バスの窓には内側からベニヤの板が貼られ、外から中を窺えない様に作られている。


 まどかからの連絡で事件を知った武藤は、魔法少女らの避難場所として活用するべく、いち早く人員輸送車を確保し現場に向かっていた、という訳である。


 現在バスに乗車しているのはつばめ、睦美、久子、蘭、御影、綿子、野々村、まどか、アンドレ、鍬形、武藤、そして大豪院の12名である。


 大豪院と鍬形については武藤からすれば「誰?」案件なのだが、つばめやアンドレと一緒にいた事から事件の関係者、或いは被害者として保護したという体で問題は無いだろう。

 大豪院だけはサイズの都合上、かなり窮屈な姿勢でバスに乗り込んで座席についているのだが、こればかりは武藤にも如何ともしがたい。


 さて、バスに集まった各人だが、全員が何かを言いたそうにしつつも切り出せない、何とも気まずい空気が流れていた。


「あれ? 沖田くんは…?」


 その中で口火を切ったのはつばめであった。つばめの言葉に蘭がビクリと体を動かし、やがて青ざめた顔で固まってしまう。

 つばめの視線は蘭を向いていた。沖田を連れて病院に向かったのは蘭なのだから当然といえば当然である。


 蘭としては「沖田が拐われた」などと言えるはずもない。不可抗力とは言え蘭を信じて沖田を任せたつばめに対する裏切り行為に他ならないのだ。

 それに油小路との関係を話してしまうと、当然蘭とシン悪川興業との関係も露呈する事になる。


 答えに窮した蘭は密かに睦美へアイコンタクトで救援を要請する。蘭の出方を静かにうかがっていた睦美であったが、蘭の悲壮な視線に介入を決意する。『貸し1つね』という想いを視線に乗せて。


「沖田は別の次元にさらわれたわ。拐った相手の名前はユニテソリ…」


「私達のアンコクミナゴロシ魔法王国に攻めてきた魔王軍の幹部です!」


「なんと、ユニテソリですか… あいつは剣も魔法も効かない強敵です。以前対峙した時はまるで打つ手がなくて逃げるしかありませんでした。本当に魔王軍がこの世界に攻めて来たんですね…」


 言葉を切った睦美の後を継いで久子とアンドレが補足する。どうやら睦美ら元魔法王国の住民は油小路ことユニテソリの事を知っているらしかった。


 ここでバス内の各人の表情を比較してみる。事態を把握してその異常さと危険度を理解しているのは睦美らと蘭の4名、今までとは違うレベルの異常事態である、という点まで理解出来たのがつばめと御影と野々村と綿子の4名。


 話に全く付いてこれていないのがまどかと鍬形。武藤はショッピングモールに全員集合するに至った経緯からして分かっておらず、何か『深刻な事態である』認識だけは持っていた。

 そして最後の大豪院に至ってはまるで無関心の様で、独り目を閉じ瞑想していた。或いは眠っているのかも知れない。


 話題の中心が魔王軍云々となってきた所でつばめがずいと立ち上がる。


「魔王軍幹部の強さとかどうでも良いですよ! そんな事より沖田くんが拐われたなら助けに行かないと! そもそも何で沖田くんが拐われなきゃいけないの? ねぇ蘭ちゃん、近くに居たんでしょ? 何か聞いてるよね?」


 つばめは目にいっぱいの涙を溜めていた。話を振られた蘭だが、みすみす沖田を拐われた責任と、誘拐犯である油小路との関係性等、後ろめたさでつばめを直視する事は叶わなかった。


「敵の目的は『大豪院くんの殺害』らしいの。その目的までは分からないけど…」


 目を伏せたままで蘭が語りだす。現状最も精度の高い情報を所持しているのは蘭である。蘭と大豪院を除くその場の全員が蘭と大豪院を交互に注目する。


 大豪院は大豪院で『魔王軍』などという超常の存在に命を狙わている事が判明した割には、特に目新しいリアクションは見せなかった。

 状況を理解していないのか、理解してなお余裕の表情を見せているのかは定かではない。


 周囲の視線の動きが落ち着いた事を確認して、再び蘭が口を開く。


「あいつが言っていたのは『沖田くんを返して欲しければ、つばめちゃんと大豪院くんとで魔界まで来い』って…」


 蘭はここで初めて顔を上げてつばめと相対する。つばめは半泣きの状態でありながらも必死に蘭の言葉を消化しようとしていた… が失敗したらしい。


「え…? なんで? 大豪院くんを殺したいなら大豪院くんを直接狙えば良いじゃない! なんで関係ない私や沖田くんを狙うのよ?! 蘭ちゃんは強いから、友達だから怪我してる沖田くんを任せたのに… 何で… 何でっ?!」


「つばめっ!!」


 激昂して蘭に問い詰めかけたつばめを睦美が鋭い大声で制する。一瞬動きを止めて睦美に視線を遣るつばめ。


「言っただろ? 相手は魔法王国を滅ぼした魔王軍の幹部なんだよ。蘭1人でどうにかなるわけないだろ? 仲間内で揉めるんじゃないよ」


 睦美の言葉で正気を取り戻したつばめは、急速に意気消沈して再び蘭と相対し頭を下げた。


「蘭ちゃんゴメンね。蘭ちゃんも怖かったはずなのに、わたし自分の都合だけしか考えてなかった…」


「ううん、こうなった責任は… 悪いのは全部私だから。私が命に代えても沖田くんを助けるから! 魔界には私が1人で行って沖田くんを取り戻して来るから!」


 頭を下げたつばめの手を取って熱く語る蘭。その瞳には使命感に煌めいて燃え上がる炎が宿っていた。


「それはともかく魔界なんてどうやって行くんだい? とても興味深いから私も行きたいんだけどな」


 挙手した御影の軽口であったが、正しくそれこそが最大の難問であった。

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