第70話 かべしんぶん

『…黒衣の少女によってサソリ型の怪人は撃退された。


 ちなみに映画制作研究部に撮影の是非を問い合わせてみたが、当日の部活動で上記の様な撮影は行われていなかったし、学校側にも問い合わせた所、外部の制作会社による撮影許可申請も出されていなかった。

 これはすなわちゲリラ的に無許可に行われた映像作品の撮影か、真実の怪異事件のどちらかである、と結論付けられるだろう。


 なお黒とピンクの衣装を纏った不思議な少女達についてだが、外部カメラの確認を含む当部の調査によると、あの様な服装の人物が学校外から侵入した形跡は見受けられ無かった。と言う事は生徒のうちの誰かがあの様な姿に変装、いや変身して悪の組織と激突した、と考えられはしないだろうか?


 我々の目の前で起きた数々の奇跡は、果たしてCGやARによる幻だったのか? はたまた『本物の魔法』だったのだろうか?


 我々新聞部は引き続きこの少女達の調査を続けていく所存である。続報を期待されると同時に、彼女らに関して有力な情報があれば是非とも当部にお知らせ願いたい』


 武藤は壁新聞を読み込んでいるが、まどかは最初の2行辺りで飽きたのか、やがてスマホを取り出して何やらメールチェックらしき事を始めた。


 サソリが出てくる事件は昨日のものだ。昨日は午後には休校措置が取られ、学校内で部活動をやっている暇など無かった筈だ。

 それなのに翌朝にはこれだけの体裁を整えた壁新聞を作ってくる、瓢箪岳高校の新聞部の実力、いや執念は感嘆すべきものがあるだろう。


「やはり学内の人間なのかしらねぇ… 12年前の『血のクリスマス事件』の時も魔法少女がどうとか噂があったけど… まさかね…」


 地元の人間である武藤は昔の事件の事も知っていた。連続少女誘拐事件からのビル爆破と言う、映画の様な派手な事件を知らない近隣住民は居ない。

 当時武藤は中学生であったが、『さらわれた娘らを救出したのは華やかな衣装を着た女の子たち』との学校や街の噂はよく耳にしていた。


 その後、噂の魔法少女を探して暇な有志やマスコミの地方局等が事件の再調査を行ったが、結局魔法少女らしき人物の影すらも捉えられずに自然と終息していった覚えがある。


「この科学の時代に『魔法』だなんて夢のある記事だこと…」


 結局武藤は魔法少女を夢物語と切り捨てた。もし仮に魔法少女云々が真実だとしても、そのような事を報告書に上げられる訳が無い。『武藤ちゃんは体型だけでなく頭の中まで中学生なんですかぁ?』などと笑われるのが関の山だ。


「あ〜ぁ、任務とは言えやっぱり断るんだったなぁ。これならまだマル暴でヤクザ相手にしている方が気が楽だったかも…」


 隣で今度は手鏡で髪型のチェックをしている色黒の相棒を横目で見ながら、武藤は深いため息をついた。


 その時、武藤は背後に人の気配を感じる。女生徒が2人、今頃になって登校してきたのだ。


 1人は小柄だが筋肉質で元気そうな、お下げ髪とトンボ眼鏡が印象的な少女。

 もう1人は80年代の青春ドラマに出てきそうな聖子ちゃんカットにくるぶしまであるロングスカートを穿いた、どう見ても10代には見えない、武藤とは逆の意味で『高校生には見えない』女生徒である。


 もちろん言うまでも無く睦美と久子である。彼女らは始めから進級する気が無いので、遅刻もサボりもまるで頓着していない。目的は部活だけなので午前中まるまるサボり、なんて事も珍しくない。


 睦美と武藤、武の達人同士の視線が交差する。睦美も睦美で武藤の視線にただならぬ物を感じていた。


 視線だけで互いに『只者じゃない』と理解し合う睦美と武藤。だがここで「なんじゃワレェ」とケンカを始めるほどお互いに子供でも無い。

 それに今は授業時間中で、今のんびり廊下を歩いている生徒などカタギではないのだ。


お互いに『関わらん方が良い』と結論づけ目を逸らす。


 武藤としても赴任早々変なスケバンに絡まれたくは無い。既にこの場での必要な情報は得ているので、無難に退場を選択する。


 睦美もロリとギャルコンビの奇妙な違和感に囚われていた。睦美とて全校生徒の顔を知っている訳では無いが、今のコンビは明らかに異質だった。とにかく目立つのだ。


 警察も『若く見える子』に拘るあまりキャラクターの個性を度外視して、結果的に『目立つ』コンビを送り出してしまっていたのは痛恨事だった。


 潜入捜査と言う任務内容を考えれば、それこそ本作品の主人公である芹沢つばめの様に、もっと一般的で没個性な婦人警官を送っておけば、服装や髪型で十分誤魔化せたであろうに、という残念さは否めなかった。


「今の人、随分熱心に壁新聞を見てましたねぇ。どれどれ…? おお、蘭ちゃん達が記事になってますよ! もう少し早く行けてたら私達も写真撮ってもらえましたかねぇ?」


「あまり脳天気に喜んでもいられないかも知れないわよ。この記事のせいでアタシらの活動に支障が出るようならまた色々考えないと…」


 腕を組み考える仕草をする睦美。どうにも嫌な予感が心の隅から離れない不安があった。


「久ちゃん、センパイ、ちょっとちょっと!」


 そんな中、やや離れた廊下の隅に隠れるようにして不二子が睦美らに手招きしながら声をかけてきた。

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