第39話 はかせ

「ちょっと、なんでそうなるのよ?! 私は純粋に心配して…」


「だってそうでしょ? 何か意味深な事を言って実は大したこと無い、みたいなパターンは間に合ってるから。大体アンタしか知らない仕組みなんて本当にあるの?」


 今回も睦美と不二子のバトルから開始である。


「…芹沢さんも居るし、いい機会だから説明するわ。大人しく聞きなさいよ」


 不二子が教師らしい『授業』を連想させる話し方を始める。


「魔法の呪文って、変態バンドを付けた時に『その時点で術者が使える最大効果を顕す魔法の呪文』がイメージされるのよ。そして魔法少女として経験を重ねてレベルアップすると、追加の呪文… 早口言葉ね、が追加されるのよ。最初からレベルマックスな先輩と久ちゃんは知らなかったでしょ?」


 確かに睦美らと日本で後から引き入れた魔法少女らとでは魔法発動の条件が違う。今まで気にしてきた事も無かったので、睦美らには初めて聞く情報であった。


「短いセンテンスなら複数詠唱、長めのセンテンスなら追加呪文、ていう形になる傾向があるわ。私が赴任してきてから私を含む5人の魔法少女の統計を取った結果だから満更ガセでも無いと思うわ。しかも呪文には受付可能時間が設定されていて、わざとゆっくり唱えたら時間切れになったりするの。これも知らなかったでしょ?」


 例えばつばめの呪文は『東京特許許可局許可局長』だが、経験を積む事でより強大な力を得て呪文も更に長くなっていく、という事なのだろう。そして『〜局長』までが今のつばめの実力相応の呪文という訳だ。


「…なんでアンタがそんなにマジボラうちの情報を知ってるのよ? 怪しくない?」


「アンタの無茶な指示で怪我人が出たらみんな私の所に来るでしょうよ?! 怪しむ前に少しは考えなさいよ!」


 睦美の絡みに不二子の言葉が荒くなり、またしても久子が『まぁまぁ』と宥める。


「…ゴホン、そしてあの子… 新見さんの呪文は最初から『3回』教示されたわ、それだけ彼女の潜在的な魔力が高いという事なの」


「でもあんな風にブルブル震えるだけじゃねぇ… せっかく本人がヤル気になったみたいだけど、役立たずじゃ意味ないわ」


 睦美の中では綿子は戦力外の様である。だがそれに不二子が噛み付く。


「だから言ってるでしょ? さっきのアレはまだ練習よ。もし彼女がフルで呪文を唱えてその発動場所を『地面』や『建物』に設定したら…」


 不二子の言葉にようやく事態を理解し息を呑むマジボラの面々。もしその時が訪れたら地面は大きく揺れ、建物は倒壊するだろう。やり様によっては未曾有の災害を引き起こす事が可能となる。


「どうするんです? ヤバくないですか…?」

「ヤバいわね…」

「ヤバいですねぇ…」


「まだあるわ。これはまだ仮説だけど、もし彼女の『振動』がその周期を自由に変動させられるのならば、意図的に『共鳴』を引き起こして、理論上はよりピンポイントに建造物等への破壊活動も可能になるわ」


「……」

「……」

「……」


 地震の話はともかく、それ以降の話は抽象的過ぎたのかマジボラの面々にはあまり響いていない様子だったが、とりあえず不二子の感じた危機感の何割かは伝わった様である。



「そして芹沢さんにとても大事な話。注意して聞いて、そしてよく考えて欲しいの。魔法の変身… 変態なんだけど、多用しすぎると段々と体質が『あちら』寄りになっていくのよ」


「はぁ…」


 急に深刻そうな話を振られて面食らうつばめ。


「あの変身は体内から組織を組み替えるって話は知ってるでしょ? 変態した時に髪や目の色が変わるのもその副作用なんだけど、魔法少女をやっているうちに『それ』が本質に変わっていってしまうの」


 不二子が懐からコンタクトレンズのケースを取り出し、目元を弄る。カラーコンタクトを外した不二子の瞳には、研磨したアメジストの様な美しい紫色が輝いていた。


「私の場合、髪の色は戻ったけど、目は魔法少女を辞めてももう一生ずっとこの色。嫌いじゃないけどカラコンは手放せないわね…」


「私は不二子ちゃんの目の色とってもキレイで大好きだよぉ」


 不二子の寂しげな呟きを久子がフォローする。


「…ありがとう久ちゃん。まぁ悪い事ばかりでもないわ。体質が『あちら寄り』になるという事は『悪意ある魔法からも守られる』という事なの。例えば何処かのこわーい部長さんの魔法いやがらせが効かなくなるわね」


「そうか、いつからかアンタに魔法が効かなくなったのはそういう事なのね…」


 睦美が忌々しげに呟く。不二子の以前の苦労も忍ばれるという物だ。


 つばめの変態後の基本色はピンクだ。瞳の色は暗い赤だが、不二子の様な人目を引く美しさは無い。逆にそれだけ『目立たない色』とも言える。

 問題は髪の毛の色だ。ピンク色が固定されると日常生活に支障が出かねない。若いうちはまだしも歳を重ねて『ピンクの髪の毛』は少々ヤンチャが過ぎる気がする。


「そしてここからが一番大事。『変態する』という事は『人間ホモ・サピエンスじゃなくなる』という事でもあるの。普通の暮らしには問題無いけど、女性としてとても大きな決断を迫られるわ」


「女性として、ですか…?」


「そう、私の場合は最初からその気が無かったから全然平気だったけど、貴女がどう考えているか分からないから、これは魔法少女に両足を突っ込んだ先輩からの忠告…」


 ここで発言を切り言葉を溜める不二子。そして『何が語られるのか?』と息を呑むつばめ。


「魔法少女を続けて体が変容してしまった子は、以後普通の人間の男性との間に子供が作れなくなります。だからもし貴女が将来家庭を持って子供を作る気ならマジボラに長居するのはオススメしないわ」


「……え?」

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