第2話 再生
翌日、昨日降り続けた雨が嘘のように止み、晴れ間が地上に差し込む。
今日もまた、いつも通りのつまらない日常がやってくる。ただ淡々と職務をこなし、業務が終わると誰もいない部屋に戻る。そんな毎日を送っていくと思っていた。
だが、この日の帰り際に上司が一言、僕に耳打ちをする。
「来週から新しい派遣社員が来るから、教育係を頼む。女の子だからくれぐれも手を出さない様にな」
軽い口調で僕にそう告げる上司に僕は戸惑った。
「なんで僕なんですか?他にもいるじゃないですか……ほら、雪吹さんとか。女子社員なら同じ女性の方が……」
「いや、雪吹君には別の業務を頼んでいるから君にしたんだ。君もそろそろ教育係をしてもらわないと……。これは業務命令だ!!」
……業務命令。世の中には便利な言葉があるものだ
。
僕は半ば感心しつつも、来週から来る新人にどんな対応をするかを考える。最近の若者は叱るとすぐに辞めてしまうらしい。
そう思うと、自分がやけに歳を取った気になり憂鬱になる。頭を抱えながら、事務所を出るとすれ違いざまに雪吹さんと出会す。
雪吹 舞。俺と同い年の女子社員だが、俺と違い大学卒業後からこの会社で働く先輩だ。
俺自身も彼女に教育係をしてもらった手前、独り立ちした今も頭が上がらない。
「片桐くん、お疲れ様!!今、帰り?」
雪吹さんは俺に優しく微笑んだ。
彼女の笑顔はどこか光り輝いていて、俺は目を逸らす。
短めに揃えた髪と高めのヒールとすらっとしたパンツスーツを見に纏い、世の男性を秒殺しそうなその笑顔と、人懐っこい性格からいつ結婚するのかと会社の男性社員内では噂になったほどだった。
……が、きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。独身なんだぜ。それで…。たいしたキズもないのにだた、ちょっと彼氏がいなかっただけで…まだ結婚してないんだぜ。な。ウソみたいだろ。
と、どこかの双子がいいそうな台詞が頭に浮かんでくる。俺も人の事は言えないが。
「むっ?失礼な事を考えているな?」
雪吹さんは俺の顔色だけで、何を考えているのかを当てる。
「そ、そんな事ないっすよ!!」
……なんでバレた!!
俺は目を見開いて彼女を見ながら取り繕う。
失礼な事を考えていたのは確かだが、なぜ見破られたのがわからない。
「……嘘ね。」
雪吹さんは俺を睨みつけながら、短く呟いた。
鋭い彼女の眼光に慌てながら、足を一歩後ろに下げる。
「まぁ、いいわ。そんな事より、片桐くん。来週から来る新人、よろしくね!!私は首を挟めないけど。」
片桐さんは話を急に切り替えて、再び微笑む。
だが、その笑顔の裏に、何かが隠れている様な気がする。
「なんで教育係が俺なんっすか?雪吹さんの方がどう考えても適任の様に思うんっすけど。」
彼女の笑顔の裏に隠された何かを暴く為に、俺は疑問をぶつける。
「あぁ〜、私ほら、他に任された業務があるから。新人教育をしている暇はないのよ。」
雪吹さんは視線を泳がせる。
その視線はどう考えても嘘を物語っていた。
彼女は嘘が下手なのだ。
出会って3年という長年の付き合いで、彼女が嘘をつく時は視線を泳がせる癖があるのだ。
彼女にしてみれば、上司から優秀と言わしめるほどの人物なのだが、そんな彼女が新人を教えながら業務にをこなすことができないはずがないのだ。
「……嘘ですね。他に事情があるんっすか?」
俺は彼女をじっと見ながら、ジリっと彼女に近づくと、俺から顔を外らせて距離を取る。
「き、企業秘密!!それより、新人に手を出したらダメよ!!こんなセクハラ紛いのこともしたらダメだからね。」
……企業秘密って、同じ会社の新人教育に企業秘密なんてあるわけがないはずなのに、彼女は理不尽な言葉を並べたのだ。
そして、俺が反論をする前に雪吹さんは事務所に戻っていく。だが、俺の視線の先に見える彼女の耳は少し赤みかかっていた。
彼女の様子に疑問を持ちながらも、俺は自宅へと足を向ける。
その帰り際、俺は昨日立ち寄った駅に繋がる遊歩道の方に足を運ぶ。なぜか、もう一度路上ライブをしていた女性の歌声を聴きたくなったのだ。
昨日と打って変わって晴れ渡る空と、それを挟み込む様に光り輝く街を足早に歩く。
だが、街の雑踏の中にピアノの音は聞こえてこない。
それもそのはず、昨日立ち寄った場所には誰も居なかった。
……それもそうか。
俺は目の前にある無人の遊歩道下を見て1人納得する。路上ライブなんてそう毎日行うものではない。
「はぁ、帰るか……。」
ため息をつきながら、俺は地下鉄の駅へと向かって歩き始める。
残念がっているわけじゃない。ただ、あの声は何か俺を変えてくれる……。ただ、そんな気持ちにさせたのだった。
家に帰ると、俺は脱力する様にベッドに横になりスマホを見つめる。
YouTubeに上げてあったボーカロイドの歌を数曲再生する。
好きな歌が流れていく中で、かつての自分が作った歌が再生リストから再生される。
この曲は当時……元カノと共に作り、歌った曲をボーカロイドに歌わせた曲だった。
脳裏にその時の思い出がフラッシュバックしてくる、そんな思いに駆られた。
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