第十二話

(ごめんね隆介。ほんのちょっとの間に、早くも約束を破っちゃったよ)


 もぉ、ここで魔法は使わないはずだったけれど。そう、約束していたけれど。

 結局あたしは魔法使いだから。

 魔法がなければ何にも出来ない、ダメな魔法使いだから……。


 秋の空は意外と夕暮れが高速だった。

 すでに、あたしの周りは闇が侵食している。そして一番星が頭上にあった。

 初めてここに来た時も、星が降りそうな夜だった。そしてすごくキレイな夜景を見て。思えば宇宙空間のように、三六〇度全てが星空だった。あたしは暴走するように、街中へと直滑降。そしてあのマンションの屋上で、隆介に出会った。

 あたしはその後スカートを踏んで、転んだんだっけ。そして脳震盪起こして、情けなくも見ず知らずのあいつに介抱までさせて。


 おかしいな、ほんと。

 ただ空を飛んでいるだけなのに、なんで走馬灯なんか見ているんだろ?

「リィ、ここから左に行け! そーすればあいつの職場につくから!」

「OK、左ね……!」

 かなりのスピードを出しているから、空気抵抗はかなり凄まじい。でも、あたしはそれを気にしていない。一度決断が終わると、あたしはかくも無茶をするヤツなのね、まったくさ。

 下の街が一段と明るくなった事に、あたしはスピードを落とした。繁華街だ。

「ど……どれが隆介の職場なワケぇ?」

「えーっとな、『グローリィ』とかいう名前のクラブ……」

 『栄光』、グローリィか。ヤーな名前だねまったく。

 あたしは割とイイ方の視力で、辺りをグルンっと見回した。ネオンサインがかなり煩い。けれどグローリィいう文字は、かーなーり……目立っていた。

「……パチンコ屋じゃあるまいし、だわね……」

 いかにも金持ちのオバサマ相手、成金さんいらっしゃい、というカンジのそのお店。ここが、隆介の選んだ『夢に続く駅』。夢が叶うまでと、身を預けていた場所は、あたしの眼に、嫌悪だけを与えている……。

「リィ…?」

「…………」

 悲しい事に、あたしの眼はさっさと自分の好きなヒトを見つけてしまっていた。

 店の制服と思しき黒いパンツとベスト。髪型は、いつもの寝癖のままとは違っている。髪に節目をつけて、整えられて。そして何よりも眼鏡をかけていない。コンタクトレンズかな、一見するとまるで別人みたいなのに。

 なのに、どうして。

 あたしはあっさりと、彼を見つけてしまうのだろう?

 答えがあるとしたら、『好きだから』としか答えられないのだろうけれどね。

「やっぱりさぁ、ちょっと……辛い、よねぇ……」

 好きなヒトの、キレイな所も汚い所も見たいと思っていたのに。いざ、見せつけられるとあたしはこんなにも臆病なんだ。

 惨めなもんだね、あたしは――……。

「どうする? 見送り係やってるみたいだぜ?」

「待つよ、お仕事終わるまで。ところでルワンったらどうしてここの情報知ってたの?」

「オレの特技は情報収集だぜ、あいつの所有物や行動から色々な情報を引出せる」

「まぁ、手っ取り早く言えば後をつけたり、勝手に持ち物検査をしてたりしたのね」

「ぐっ……」

 まぁ、ルワンらしいと言えばらしいのよね。これは、かなり。

 そしてそれを、ずっとあたしに黙っていたというコトも。

 あたしは適当な裏路地に入ってから箒を降りた。そして、指を弾く。今までずっとしていた人間への変化を解いたのだ。

「おい、こんな所で魔法使うなよ! 誰かに見られたらどうするんだ!?」

「イイよ、見られても」

「はあ!?」

「隠して卑怯でいるより、すべて曝け出してバカって思われたほうがずっといい。あたしは魔女だって、叫んだっていい。残念なことに、もう時間は無いけれどね」

 そう言ってあたしは、頭上の耳を撫でた。

「あ……」

 格好は、この世界に来た時と同じだけれど。

 手に触れたリボンが、時間を証明していた。これは、隆介がくれたもの。これは、あたしが確かにこの世界にいた事を語っている。たった一つの証人だ。


 このリボンを貰ってから、あたしは自分の眼が好きになった。

 この赤いリボンと同じ色だとしたら、あたしの眼の色が嫌いでもなくなった。むしろ、好きになれた。

 …あたしの眼の色がお父さん譲りっていう事は、大分前に話したと思う。そして、妹がいるという事も。

 お母様の目は、薄い色の紫なんだ。少し灰がかかったパープルグレイの、とてもキレイな色をしていた。対してお父さんは、なんだか濁ってくすんだ赤茶色だったらしい。あたし自身は、それを見た事がないけれど。

 そして子供であるあたしとカオレッシュの眼は、と言うと。

 カオレはお母様と同じ紫の眼をしているのだけれど、あたしは…。

 赤褐色の、眼をしている。

 この眼が嫌いだった。あたしとカオレは双子なのに、この眼の色だけが違っていたのだ。その所為であたしとカオレへのお母様の対応が違うのじゃないかな、と思った事もあった。

 それが何だか無性に哀しくて、悔しくて。この眼の所為で、お母様はあたしを好きになってくれないのかと思ったりして。けれど泣こうとするたびに、また瞳の赤が濃くなってしまいそうだったから、あたしはずっとずっと泣けなかった————……。

 それを考えると、あたしはこの世界に来てから随分と泣き虫になったような気がする。きっと気のせいじゃないんだろうけど。

 でも、それでもいいかなって思わせてくれたのは。

 やっぱりこの、リボンで魔法をかけてくれた、隆介のお陰なんだろうね。


「ルワン、大好きだよ」

「え? な……なんだよイキナリ」

「……最後かも……しれないじゃない」

 最後かも、しれないじゃない。今日死ぬかもしれない。明日死ぬかもしれない。そうなってもいいように、大切なことはいつでも繰り返して言っておかなくちゃ。

 でなきゃ、絶対後悔するんだから。

「リィ、気休めにもならないケド」

「ん?」

「自分で、『死ぬ』って思ってたら……万に一つの可能性を、見失うかもしれないぜ?」

 可能性?

 そんなもの、最初からないんだって知ってるもの。全部知っていたもの、そんなこと。

 あたしは自分の居場所がある事も、

 けしてお母様があたしを愛してくれる事も、

 ……あたしが生き延びる『万に一つ』の可能性、ってヤツも。

 全然信じてはいない。

 あたしは未来という時間を剥奪されているんだ、生まれた瞬間……いや、


 あたしと、カオレという、二人の自分がこの世に発生したその瞬間から――。


「あたしにとって、いつだって自分の周りの世界は模型だった。だから、『ホント』が欲しくてこの世界に飛び出した。楽しかったなァ、一生懸命になれた。生きてるって、実感できた。……過去を、振り返る時間が無くなるほどに……『今』という時間を生きられたわ――――……」


 そう、させてくれたのは、

 他の誰でもない、唯一人のあのヒトだから。

 あたしが、時間を生きる意味を思い出したのは、

 あのヒトのお陰だから……。

 逢えて、よかったよ。ココロから、そう思ってるよ。

 あたしの世界の最後をかざるのに、あなたほど素晴らしい花はいなかった。

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