第八話

『マスター・メイリカル。あなたが私の主……ですね?』

『あるじ? ちがうよォ』

『え?』

『キミはぁ、わたしの"おともだち"なんだよ!』

『で、でも私はあなたの母君からあなたの使い魔としての契約を……』

『おかーさんキライっ! ね、おなまえなんていうの? わたしね、リィってよんでね?』

『あ……ル、ルワンと申します』

『じゃあルワン、よろしくね!』

『え……あ、はい』

『えへへー……はじめてのおともだちっ!』


 あたしの……ルワン……。

 あたしの大事な友達。絶対……失いたくない、あたしのルワン。

 こんなちょっと離れただけで苦しいぐらい、あたしにとってあんたは大事なんだよ……。


「うーん……って言っても、ドコ行ったんだか解らんわ」

 隆介とは別行動で、あたしは地図片手に無駄に歩き回ってルワンの意識を探ってる。

 しかーし……見当はつかないし、どーしたら……


「……♪」


「え?」

 ふいに、頭上の夜空の方から声が響いてきた。

「♪……♪・♪……♪…………」

 歌……?

 待ってよ……聞いた事、あるよ。

 あたしがちっちゃい時、ホントにちっちゃい時。

 眠れないあたしに……昔から音好きのあたしに、ルワンが歌ってくれた……

 子守り歌だ……。

 ちょっと低め、アルトの声。

 あたしの耳には慣れてて、すごく心地良い。

「ルワン……」

 歌声に寄せられるみたいに、あたしはフラフラと声の方に足を向ける。

 音の発信源を見つけて、廃ビルの鉄階段を上っていく。

 カツン、カツンとたてる音が、歌声の邪魔をしてなんだか癪だった。けれど、歌は変わらずに流れてくる。

 待ってるんだ。

 あたしを。

「ルワン?」

「……ばかリィ、遅い」

 ニヤ、と笑った顔に、苦笑いで返す。

「ね」

 あたしは落ち着いて、ちゃんと眼を見て話しかけた。

 屋上、というには随分と粗雑…国の不良債権、ってカンジの廃ビル。

 錆びた安全柵に座ったルワンの透明な眼が、あたしとかち合ってる。

「ルワンは何で、そんな……出て行こうとばっかしてるの? 隆介のトコから」

「じゃ、リィは何であそこに留まってるんだ?」

 …………。

 思いっきり無言。

 だって、ねぇ……。

「お前さぁ、もしかしなくても好きだろ? アイツのこと」

「え」

「バレバレだっつの」

「う~ん……」

 あたしは頭をポリポリと掻いた。別にかゆいワケじゃない。……照れ隠し。好きなのかどうかはまだよく判らなくて、それでも絶対嫌いじゃなくて。

 街のイルミネーションが眩しくて、あたしはちょっと顔をしかめる。ルワンの顔もよくは見えないぐらいの光だ。

「まったく薄情なご主人だぜ? こっちに来た早々、男にホレて使い魔ナイガシロにするなんざよ!」

 ふーん、と、ルワンは拗ねて見せる。

「ヤキモチ……やいてたの? あんた」

「妬いてねーよ!」

 が――っと怒ってそう怒鳴られる。

 隆介が笑ったのって、こういう理由だったワケね。

 あたしは苦笑ですませるつもりが、大笑いしそうになった。

「大丈夫だよー、あたしちゃんとアンタの事も愛してるって」

 ふざけて、そうからかってみた。

「ちがうっつってんだろこのバカ! リィのクセに! 笑うなコラっ!」

 あたしは久々にルワンで遊んでるので、かなりその反応が面白い。

「でもよー……」

 ふいに、真剣な声音になってルワンは表情を消した。

 あたしも、何事かと笑いを止める。



「オレさ、お前がこっちの世界に来たホントの理由……解ってるつもりだぜ?」



「…………!?」

 『———後悔、スルンダヨ』

「わかってるよなー、リィはオレより頭イイもんな? アイツ、好きになったら……絶対絶対後悔するってコトさ」

 『絶対ニ、逃ガサレハシナイ』

 あたしのカオに緊張が走った。

 ……ココに来た、ホント……の理由……。

 聞こえる。心の中、自分の声。

「鋭いな……相変わらず。あたしのイタズラ暴くのはいっつもアンタだったし」

「リィ」

 ルワンの憐れむような同情するような眼から、自分の目線をずらした。

 言ってるコトと自分の表情が一致していない。

「イイじゃんか。今を、精一杯生きたいんだ。過去を振り返る時間がなくなるぐらい」

 ホントに鋭いね。

 ヤなコト、思い出させて。

「かえろ、ルワン」

 ルワンを肩に乗せて、隆介との待ち合わせ場所に足を向けた。


 あたしの『ホント』は、

 ———どこにもない。

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