第七話

「……ちょっと……?」

 あたしはボーゼンと窓ガラスを見やった。

 ハッ…と気付き我に返って、何があったかの把握を高速でやってのける。

「あ……あンのバカっ!」

 あたしは毒づいたけれど、とりあえずは隣の部屋にいる隆介の所にすっとんでいった。

「隆介!」

「え? ……どしたの、そんな血相変えて……。あ、リボンつけたの? 似合うね」

「え、そう? アリガト……って、そうじゃなくて! ルワンこっちに来てない!? ケンカしちゃって……ってのか解んないけど、出て行っちゃったのよ!」

 あたしはさっきまでの遣り取りを捲くし立てるように隆介に伝えた。途中、隆介は訳知り顔で笑ったけれど。

「なるほどね……。でも、そんな焦らなくたっていいんじゃないの?」

「そ、そーだけど……そーだけど!」

 ルワンが居ないと落ちつかない。なんでだろう、いつも一緒にいた所為かな。居場所がハッキリしてくれないと……不安で……どうしようもなくて。

「あーもぉ、魔法で召喚しちゃって……!」

 そんでもって問いただして……

「リィ!」

 取り乱したあたしに、隆介の厳しい一喝が入って、肩を強張らせる。

 すごい眼で、あたしを睨んでる。

「ごめん……また、約束やぶるトコだったね」

 『ここで魔法はもう使わない』って、約束したのに……あたし、いっつもこうだ。

 昔だったら、『いいじゃんこんな時ぐらい!』と噛み付いたんだろうけど。

 既に前科者のあたしには、そんな事を言う度胸はないのだ。

「この世界にいる以上、こっちに存在しない力は使わないでよ。それに魔法という言葉なんかも、あんまり軽々しく口にしない方がイイ。それほど本物の魔女はメジャーじゃないって事も、憶えてもらわなきゃいけない。君が胸を張って『魔女だ』と言っても、それを受け入れられるほど世の中は発達していないんだ」

「……ごめん……なさい」

 あたしは居るのに、ここに存在しているのに。

 『そんなものは居ない』って否定されるたびに、あたし達の世界だって壊れていくんだ。

 いつのまにかそんなに、魔界と人間界は深く関わり合っていたのだから……。


 人の思いの質量っていうのが、特にさ。

 『思い』っていうのは見えなくても質量があるんだよね。そしてその『思い』のなかのマイナスな部分はとても強大な力を持っていて、感情の力による影響を受けやすい魔界をどんどん壊していく。自然災害の増加や凶作、異常気象なんかに代表される『負の歪み』。

 魔法で創った世界が、あたし達を攻撃する。魔法は、あたし達の身を滅ぼすのかもしれないよね。

 なんて、自己中心的な世界だろ――……。


「……ピーターパンがね」

「え?」

「昔読んだ童話の、ピーターパンっていう少年が、世界中に叫んでたんだ」

 いきなり脈絡のナイ事を隆介が言うのはいつもの事だけれど、あたしはとりあえず耳を傾けた。隆介は息を思いっきり吸い込んで、そのセリフを言う。



「『おーいみんな、世界に妖精がいるって信じるかい?』」



「…って、ね」

 あたしはワケがわからないままだけど、ボーイソプラノの隆介のキレイな声とセリフに……一瞬事態を忘れかけた。

「ピーターパンの友達には妖精の女の子がいて。『妖精なんかいない』って一回言うたびに妖精が一人消えてしまうから、彼は世界中に呼びかけるんだ。『妖精を信じるか』……妖精の存在を信じて……って」

「…………」

 その話は、初めて聞くのに。

 まるで知っている話みたいに親しみがあった。

 あたし達の世界と、ココを繋ぐような……象徴的な。

 あたしは蛍光灯のほどよく優しい光の下で、黙ったまま隆介の話を聞いていた。

 時が止まったみたいに、二人だけ。

 一ヶ月も一緒に暮らしてるのに、二人っきりなんて始めてだ……。

「それで信じてくれる子供も、信じてくれない大人も。みんなひっくるめてそれでもピーターパンの声を聞くんだ。僕、本を読みながら呟いたよ。『妖精はいる』……って、何度も何度も。だからきっと、魔法使いはいるんだよ――って呼びかけたら、伝わると思うんだ。世界中の人達みんなが聞いてくれる。もしかして僕みたいなコなら、『魔法使いはいるよ』って言ってくれるかもしれない。そんな」



「そんな世界になったらいいね」



 きっとあたしの、混乱した顔は。

 キョトン……っとした、次の瞬間。

 思いっきり笑ったんじゃないかなって思った。

 優しい隆介の笑顔に向けて、めいっぱいの笑顔で返したんじゃないのかな……って。

 頑張って、このヒトに少しでも近い、優しい笑顔をしてみたい。笑っている自分が、一番楽しいぐらいの。そんな笑顔をしてみたい。そんな笑顔を、出来るのならば今すぐ彼に見せたい。

 今のあたしには、ちょっと無理かもしれないけれど。

 でも、どうか、少しでいいから。

 見せたいよ。



 あたしの事認めてくれる彼だけに向けた、精一杯の笑顔を……。



 心が濡れちゃうぐらい、嬉しい一言が聞けた事、きっとあたしは忘れないよね?

 ……トキン……トキン……。

 心臓がちょっと高く鳴っているような気がする。

 あたしは…きっとこの人が。

 トクベツだって、感じているんだろうね。


「じゃ、地道に探しに行きますかね、あたしは!」

 くるりと振り向いて、玄関から外へ出ようとする。

「僕も手伝うよ。君一人じゃおおいに心配だ」

「なによソレはっ!?」

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