第五話
「はい、かっぱらったデータ送るよ」
あたしの瞼にあてたルワンの手から、『高校』……っていう所のデータが流れこんでくる。
「あんたってコはさぁ、なんか事件起こさなきゃ気が済まないワケか? 何で毎回こーゆーコトするかな!?」
「ごめ……ホント、身にしみてわかった……」
あたしは帰ってきた隆介くんの部屋の中で、まだガタガタと肩を震わせている。
これじゃ……ホントに、御伽噺の悪い魔女だよ……!
流れこんだデータ処理を頭の中で済ませる。これって、使い魔と魔女の初歩的交信の一つなんだよ。お互いの考えが通じたり、見た事や聞いたコトも全部情報……データとして送信できたり、とかのね。別にダダモレって言うんじゃなくて、ある程度は意思で制御出来るんだけどさ。
「……あはは、こんなコトしたの……隆介くんにばれたらさ。絶対ココ追い出されるよね」
魔界に居るのがヤで、人間界に逃げ出した。
でも、ソコでもあたしは居場所のない異端者でいるしかないなんて……。
あ……ヤだな。
なんか鼻の奥が、ツーンっとしてきちゃう。目頭が熱いよ。
泣きそうだってゆーの? たった一日で後悔しちゃってる?
……違うわよ、ちょっとしたカルチャーショック。……ちょっと所じゃナイかもしんないケドさ。
あたし、何時の間にこんなになっちゃったの?
「ね、ルワン? カオレってばさぁ、どうしただろーね?」
「リィ?」
ごめんね、ごめんねカオレ。あんた…きっと何も知らずに死んじゃうのね。けれどあたしはヤなの…知らないままで、死にたくナイの。
ホントは……あたし、あんなトコに帰りたくない!
「やっ……だなぁ」
あたしってば、凄い……自分勝手なヤな奴。誰かにいつも迷惑かけてばっかだ。
あは……ほんとに、バッカみたい。
ケレド、まだ帰らない。帰れない。せっかくの自由の身……なのに。
あたしはワザワザ、地球の最初の居場所を無くそうとしてる。
バカだねあたし。ホント、バカだよ。けれど逃げて、逃げて……逃げ延びてみせるわ。
広い地球の中であたしだけが相容れられないモノだったとしても。
だってこの世界にいるかぎり、あたしの身の安全は絶対だ。……あくまで、あたしだけは。
魔法を使えば、あたしはずーっと何もせずに暮らしていける。記憶操作をすれば、ずっと怪しまれないでいられる。
でも……その所為であの男みたいに苦しむ人間はどのくらいになるかしら?
何もせずに暮らしていても……何にもならないし。
何になる? 何が残る?
ただ、この世界で生きてるだけ…存在さえも不確かなんて、
それじゃまるっきりただの『悪い魔女』で。
愛も幸せも絶望さえ見限ってしまった魔界と何の変わりもない世界になっちゃう。
そんなのはヤだな…。
「リィ、あのさ?」
「ん?」
「この世界で……もォ魔法は使うなよ。これじゃホントの悪役の魔女じゃねーか。オレ達、そんなんじゃナイだろ…?」
「……うん」
魔法を使う事に、あたしは臆病になる。
けれどあたし達魔法使いにとって……魔法は欠かせないモノなのだ。何をするにも魔法がなきゃなんにも出来ないのが、魔族っていう種族だから。
「メイリカルちゃん!? 居るの!?」
「へっ?」
お昼に突然帰ってきた隆介くんの怒鳴り声に、あたしは後ろめたくて……体を強張らせる。制服は変化で戻しておいたから、朝のままだ。
「ねぇ、どこにも行ってないよね? ずっとここに居たんだよね?」
「あ……ど、どしたの?」
あたしはどもりながらそう聞いた。
「……学校で先生がいきなり倒れたんだ。そのとき側にいた女子生徒の特徴……君と一致してる。しかも窓から飛んでいったって他の先生が証言しててね」
「っ……」
あたしの中で二人のあたしがバトルしてる。
話すべきか、話さないべきか。
……こんなのは怖くて、言いたくなくて。
でもルワンはあたしをジッ……と見てる。
あたしは……
「……その倒れたセンセ、どーなったの?」
「顔を真っ青にして痙攣して、救急車に運ばれていったよ。スゴイ形相だった」
……あたし、魔女だね。
こんなんじゃ悪者の魔女だよね。
こんなコワイ事しておいて、逃げようとしてるのだもの……!
「それ……やったの、あたし」
「え?」
「あたし……あなたの後をつけて学校にいった。そしてその先生に魔法をかけた。直後に……そのヒトは倒れたの……苦しみ出した」
隆介くんは、あたしを冷たい眼でみてる。
……当たり前だよね、こんな最低なあたしだもの。
「何かあったら、どうするつもりなの?」
「……責任とるよ」
「どうやって? 魔法をつかって治そうにも、原因がその魔法じゃ悪化するだけだ。君はどうする気なの? 魔法をつかった理由はなんだったの? 一人の人間の命を潰すほど、理由があっての事だったの?」
あたしはその言葉に。
また、悪寒をおぼえる。
わかんない、どうしたらイイのかなんて全然わかんない。
この世界に存在しない力だから、あたし達魔法使いはこの世界にあってはならないの?
あたし……あたしは……っ!
「ホラぁっ! そう考えるとコワイだろぉ!?」
「え……っ……!?」
あたしはその言葉に、泣きそうな顔を上げて……隆介くんをみる。
「安心していいよ、先生は救急車で運ばれたけど……命に別状はないってさ。僕達生徒は大事をとって授業の切り上げだったんだ」
「ホント……? ほんとに、あの人間……大丈夫だったの!?」
「うん」
隆介くんの、頷きに。
あたしはガックリと頭を下げる。
「メイリカルちゃん……?」
「よかった……」
あたしはプッツリと途切れた、恐怖の糸の所為で。
思わず泣いてしまったのだ、しかも思いっきり。
「リィ……」
ルワンも驚いてる。
そりゃそうよね、あたしが人前で泣くなんて…赤ちゃんの時以来じゃないかしら?
気付けば今まで意地になってせき止めてた分まで、涙が止まらなくなっていた。
「……すご……怖かった、あたしヒトを殺しちゃうトコだった。……怖かったよぉ……!」
情けなく、泣いてる。
あたしは救いようのない程のバカじゃない、命1コの重さは…ちゃんと知ってる。
軽はずみな自分の行動で誰かを死なせちゃったら…すごく後悔するってわかってるもん。
そして今も、後悔してるもん…。
「ねぇ、メイリカルちゃん?」
隆介くんは、あたしに諭すよーな声をかける。
「君は魔法使いだけど、出来ない事……いっぱいあるはずだよね。僕達は君達より、出来ないコトが多いんだ。だから、便利すぎる君の力に対応することも出来ない」
「…………」
あたしは黙って、それを聞いてる。……その間もずっと涙は止まらない。
「ヒトに向かって魔法は使わないで欲しい。……約束してくれるかな?」
あたしは借り物の服の袖で涙を拭いながら、躍起になって何回も頷く。
「じゃ、指きり」
隆介くんは顔を真っ赤にして泣いてるあたしの、右手の小指に自分の指を絡めて、なんだか妙な歌を歌い出す。
「ゆーびきーりげんまーん、うっそついたら針千本のーますっ♪」
日本の古代から伝わるありふれた指きり歌も、異世界から来たあたしには……かなり新鮮だった。
そして、約束……なんてコトも。
「ぜったい、魔法は使わないで」
「うん」
魔法を使う事が、こんな恐いなんてね。
人間と、あたし達魔族は。
けしてお互い相容れないのだろうけれど。
あ…なんだろう、ドキドキしてる。
ドキドキ、ドキドキ。
なんだろう。隆介くんの優しい顔。ちょっと厳しい顔。なんだか、ドキドキするよ。
嘘、つけなかった。
嘘ついて、嫌われるのが……イヤだった。
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