第70話 義兄妹と義姉と義理の家族


「う、ううん……」


「あ、兄さん。おはようございます」


「あ、あぁ、おはよう……。なんだか騒がしいな」


 目を覚ました俺の目の目には月奈の顔と、すっかりと暗くなった空が映る。

 少し周りを見渡すと、そんな夜空の下で多くの人が料理を手に取り、楽しく話している姿が見える。その楽しんでいる姿には奴隷も含まれており、あの奴隷の国の光景とは思えないほどだ。


「これは、どういうこと……」


「あ、冷夜くん!起きたんだね」


 俺が身体を起こすと、姉さんが小走りで近づいてくる。


「みんな待ってるから、二人とも行くよ!」


 俺は状況が理解できずどういうことかと聞く前に、月奈が「いきましょう兄さん!」と腕をひっぱられ、姉さんを追うように走り出す。


 そして連れてこられたのはみんなが飲み食いをしている広場の中心だ、それもその中心におかれた台座に乗せられ、俺の左右に月奈と姉さんが立つ。

 当然そんな場所に居ればみんなの視線が集まる。


 俺がどういう状況だ?と困惑していると、台座のよこから、メイさんが現れる。


「えー、みなさまお食事中かと思いますが、一度こちらに注目してください」


 メイさんの言葉に、その場の全員がこちらを向く。

 その視線は「いったいなんだ?」というよりかは、「あいつが」とか、「ようやくか」と言った感じだ。


「本日、このセカン王国において多くの奴隷が苦しむという現象が起こりました。それと共に、この国の王になりすましていた魔王軍の幹部である悪魔バリスが、奴隷から奪った魔力を魔王に献上しようしていました」


 メイさんの言葉に、多くの奴隷や奴隷の主が苦い顔になる。


「ですが、悪魔は討伐され、奴隷は救われました!そんな偉業を成し遂げた者たちこそ、勇者カグラ様!そしてカグラ様の義兄妹である、冷夜様と月奈様です!」


 メイさんが俺たちの名前を呼んだ瞬間、


「「「わあああ!!!!!!!!」」」


 ものすごい、歓声がする。

 正直いきなりの大声にビビった。


「では、代表の冷夜様からお言葉をいただきましょう」


 え、俺?姉さんじゃなくて?


 俺はすがるように姉さんの方を向く。姉さんは笑っている、がんばれと言っているようだ。


 俺は姉さんを諦めて月奈の方を見る。月奈は笑っている、兄さんなら素晴らしい言葉を送ってくれる、と信じているようだ。


 はぁ、やるしかないか。

 俺は小さくため息をつき、辺りを見回す。


「あー、ゴホンッ。ご紹介にあずかりました、冷夜です。今日は一日で一つの国が変わってしまうほどのことが起きました。ですが、その脅威は去りました。これから色々と大変なこともあると思いますが、今は今日、無事に隣の人と笑いあえることを喜ぼう!」


「「「おおおおっっ!!!!!」」」


 ……なんとかなったな。


 俺は話を終え、二人と一緒に台座から降りる。


「お疲れさまでした」


 そう言って飲み物をくれるメイさん。


「ありがとうございます。……あれはなんだったんですか?」


 俺は飲み物を受け取りながらなぜ俺に話をさえたのかと聞く。


「奴隷を助ける魔道具も、悪魔にとどめを刺したのも冷夜様ですからね」


「……そうですか」


 俺はため息を吐きながら、飲み物を飲む。

 これは……


「アルコール、酒ですか?」


「はい。お二人とも十五歳でしたよね?」


 この世界の成人年齢や、酒を飲める年齢というのは十五歳からというのが一般的なのだそうだ。


「そうですけど。……月奈は」


 月奈の方を見るとすでに酒を飲んでいる。


「……大丈夫です。割といける感じで、」


 そう言いながら、ふらふらとなる月奈。

 どうやら月奈は酒はかなり弱いらしい。


「すみませんメイさん。水を貰えますか」


「そうですね。すぐに持ってきます」


 俺はふらふらとしている月奈を支えながらみんなが騒いでる場所から少し離れた位置にある椅子に座る。


「月奈ちゃん、お酒弱かったんだね」


 姉さんは片手に酒をお持ちながら、俺と月奈の正面に座る。


「そうみたいですね。姉さんは強いんですか?」


「う~ん、どうだろう?実はわたしもお酒を飲むのは今日が初めてだったり」


 姉さんはそう言いながらゴクゴクと酒を飲みだす。


「……ぷはっ。うん、けっこういけるね」


 姉さんの方は月奈と違い、ちゃんと大丈夫そうだ。

 メイさんが来るまで姉さんと二人で酒を飲んでいると、不意に姉さんが口を開く。


「冷夜くんはさ、月奈ちゃんにすっごい優しいよね」


「……まぁ、兄ですからね。兄は妹に優しくするものでしょう」


「……妹だから。なんか冷夜くんらしいね。実はね、わたし家族っていうものがよく分からないんだ」


 俺が視線でどういうことですか?と聞くと、姉さんはゆっくりと話し始める。


 __________


 わたしはわたしが居た世界の外っていうのを知らなかった。

 わたしは物心ついた時からドアのない閉鎖された家で過ごしてた。いや、そこは確かにわたしの家だったけど、どちらかというとお父さんの研究室っていたほうが正しいかもしれない。


 家にはお父さんしかいなくて、お母さんの顔は見たことがない。そしてお父さんともめったに話すことは無かった。

 わたしは家で大量にあった中で簡単そうな本や絵本を読んでた。思えばそれは親がくれた数少ないわたしへのプレゼントだったのかもしれない。

 ただ、わたしも子供で本ばかりは退屈だった。遊びたかった、そんな時にフィートと会った。


 フィートはお父さんの研究で生まれた子で、他にも何匹も研究で作り出された子たちがいた。わたしはその子たちのお世話をしたり一緒に遊んだりしていた。


 そんな外を知らずに研究で生まれたみんなと遊んで暮らしてたある日、突然研究室が揺れた。

 私はとっさに近くにいたフィートを抱えながらその場にうずくまって、その瞬間に地面が光、わたしはこの国の王城に転移した。


 そして言われるままに勇者としてこの国で過ごすことになって、メイさんと知り合って始めて外に出た時、


「世界、広いね」


 始めて見た世界への感想は、そんな言葉だった。


 ____________


「だからわたしにとっての家族っていうのはフィートだし、研究室いえに残してきちゃったあの子たちだった」


 姉さんは遠くを見ている、


「けど、メイさんや国のみんなそれと冷夜くんと月奈ちゃんと出会って、人の温かさみたいなものを知れた気がしたんだ」


 その瞬間、遠くを見ていた俺を見る。


「だから、わたしを姉弟と言ってくれて、姉さんって呼んでくれてすごく嬉しかった。ありがとう」


 その言葉を言う姉さんは笑顔で、そしてすごく寂しそうだった。


 ………そうか、もうこの国に居る必要はない。それはつまり、姉さんと姉弟のふりをする必要がないということだ。だから姉さんは、


「あの、姉さん。俺は……!」


「カグラね、え、さん!」


 俺が言う前に、姉さんに月奈が後ろから抱き着く。


「おおっ!?月奈ちゃん?起きたの?」


「はい、ばっちり起きました。酔いは魔法で治しました」


 なるほど酒は解毒魔法で治せるのか。

 だがよく酔った状態で魔法が使えたな。


「なんか姉さんがシリアスな雰囲気で話してたので。これはきちんと聞かないとと思ったら出来ました。それで姉さん!」


「は、はい!なにかな?」


「姉さんは、私たちのこと嫌いですか?」


 勢いに押された姉さんは、いきなりの質問にえ?っという顔になりながら、すぐに首を横に振る。


「そんなことない。大好きだよ!」


「じゃあ、私たちが姉さんを姉弟だと呼ぶことは、姉さんと呼ぶことは迷惑ですか?」


 その問いにも首を横に振る。


「そんなことない。すっごく嬉しいよ」


「なら、ならまだ私たちと姉弟でいましょうよ!」


 月奈は強い言葉を姉さんに届ける。

 だが、姉さんはすぐに返答せずにうつむいたまま、つぶやくように話す。


「でも、わたし普通の家族を知らないし。二人に変な思いさせるかもしれないし。それに……」


「あぁっ、もう!姉さん、いったんストップ!」


 月奈はマイナスな言葉を吐き続ける姉さんを止める。

 ……月奈がかなりやけな感じで叫んでるので酒がまだ完全に抜けてないのかもしれない。


「あのですね姉さん。別に普通の家族を知らなくても、というか私と兄さん自体あんまり普通の家族って感じではないんですよ。それに姉さんは変でもなんでも、楽しく笑って、驚いて、私たちと一緒に居てくれるだけでいいんです。だから、!」


 月奈は姉さんの前に手を差し出す。


「私たちと姉兄妹かぞくになりましょう」


「っ!?」


 姉さんはそんな月奈の言葉に、薄らと涙を浮かべながら手を取ろうとして止める。

 そして俺の方を見てくる。これは、まぁ俺も言っておくか。


 俺も月奈の横に立ち、手を差し出す。


「言いたいことは月奈がほとんど言ってくれたので多くは言いませんが。俺も月奈も、姉さんが居てくれた方が楽しいんです。だから俺たちと家族に、義姉兄妹きょうだいになりましょう」


 姉さんは浮かべていた涙をぽろぽろと流しながら、俺たちの手を取る。


「わたしを二人の家族にお姉ちゃんにさせてください」


「はい!」


「もちろんです」


 俺と月奈は、涙を流す姉さんを優しく抱きしめた。







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