第65話 義兄VS奴隷の王
(冷夜視点)
俺は城の最上階にあるホール、そこに通じるであろう扉の前に立っている。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。なんにせよ、いい物は出てこないだろうがな」
俺は手袋やブーツ、ツールバンドに混合魔石などの魔道具の確認をし、意を決して扉を開ける。
「やぁ、勇者様の弟くん」
開口一番、ホールの中にいた王は俺に話しかけてくる。
だがその王は前に見たときとは比べ物にならないほどの、禍々しく大量の魔力をその身に宿している。
だがその魔力は一貫性が無く、いろいろな人の魔力が混ざっているように感じる。
「久しぶりですね。……とか言った方が良いのか?魔王軍幹部さん」
俺の崩したような言葉に、ではなく魔王軍幹部と呼ばれたのに驚いたのだろう、王は一瞬目を見開くと、すぐに笑いながら手を叩き始める。
「いやー。わたしが魔王様と関係があることはあのメイドに聞いたとは思っていたが、まさかわたしが幹部であることまで知っているとは」
俺はそんな王に嗤いながら対応する。
「いや、幹部っていうのは俺の勘だよ。すんなりと認めたことにこっちが驚いたくらいだ」
「そうか、わたしはカマをかけられたわけだ。だがもう関係のないことだろう、君も、この国も、もう終わりだからね」
王はそう言うと、内に秘めた膨大な魔力を開放し、魔力が外から王を包み込む。
俺がその膨大な魔力に押されながら、王の姿を見ると、王は徐々にその姿を変えていく。
その背には黒い翼が生え、その頭には黒い角が生え、その姿はとても人と呼べるようなものではなく、言うならばその姿は悪魔だった。
「ふぅ~。この姿になるのは久しぶりだ」
悪魔の姿になった王は先ほどまでの混ざっていた魔力を自分の魔力に変化し、あれほどあった魔力量をさらに増大させている。
「いちおう名乗っておこう。わたしは魔王軍幹部の一人、悪魔バリス。覚える必要はありません。いまからあなたは死ぬのですから」
王、いや悪魔バリスは笑みを浮かべながら背の羽を羽ばたかせ浮き上がる。
俺は手袋とブーツに魔力を流しながら、一つ気になったこと聞く。
「なぁ悪魔。お前がさっきまで演じていた王は何者だ?」
悪魔が演じていたのか、それとも乗っ取っていたのか、何にしてもこの国の王が殺されたということには変わりないだろうが……。
「ふむ。何かと思えば、そんなことですか。わたしが演じていたのは数年前に殺したこの国の王ですよ。わたしが殺した王の代わりにこの国を治めていました」
「そうか、だがどうしてそんなことを?」
「そうですね。この国が魔王様の力を強める実験場に最適だと思ったからですよ。奴隷の国なんていう
「じゃあメイさんを襲ったのも」
「それは実験材料の一人にすぎませんよ。わたしの目的のため、国の奴隷を増やしたかったので」
「それで今日がその目的を実行する日ってことか」
「その通りですよ。さて、そろそろおしゃべりは終わりにしましょう。あなた一人だけということは勇者が神装を入手しに向かったということでしょう。その前にあなたを排除させていただきます」
バリスはそう言うと、魔力の塊を俺に向かって放ってくる。
俺はすぐさま身体能力強化、そしてブーツに付与した風魔法を発動させて横に走り避ける。
魔法じゃなくて、魔力だけでの攻撃。それもかなりの威力だ。
あの悪魔がどんな手を持ってるか分からないが、俺のやるべきことはあくまで足止め、攻撃をする必要はない。
俺は混合魔石の一つ、閃光石をバリスに投げつける。
「なんだ、これは……っ!?」
閃光石はバリスの目の前で爆発し、強力な光を放つ。
その光をまじかで見たバリスに隙ができる。
「いまだ!『粘糸』」
ツールバンドをバリスに向け、粘糸をバリスに巻き付ける。
「くっ、ずいぶんとおかしな手を使ってくるな。すこし楽しくなってきぞ!」
バリスは膨大な魔力を放出すると共に、粘糸を引きちぎる。
「さぁ、いくぞ!せいぜい踊りたまえ『
バリスは先ほどとは比べ物にならない量の魔力の塊を放ってくる。
だが俺の対処は変わらない、ブーツを使い高速でホール内を移動して魔力弾を避け続ける。
このままいけば姉さんが神装を持ってきてくれるまでの時間は稼げそうだが……。
「ふむ。さすがに同じようなことばかりでは飽きてきたな。少し魔力を使うがこういうのはどうだ?」
バリスは魔力弾の発射を止めると、魔力を溜めだす。
いったい何をするつもりだ?
俺もいつまでも走り回ってられるわけでもないので、立ち止まり次の攻撃に備える。
そしてバリスが溜めていた魔力を開放する。
「『
「っ!?なんだ、これっ?」
バリスが放った魔力は俺を押しつぶすように上からのしかかってくる。
その魔力の圧に耐えきれず俺は地面に膝をつく。
「ちっ、魔力だけでこんな。全然動けないっ!」
俺は動こうとするが、圧倒的な量の魔力に押しつぶされてろくに動けない。
そんな俺を見て笑いながらバリスは空中でいくつもの魔法陣を展開する。
「いい姿だな。やはり人間はそうでなくては。『
大量の魔法陣から放たれる大量の魔力弾が俺に向かって放たれる。
「ちっ!『ウィンド』」
俺はブーツと手袋に出来る限りの魔力を流し、転がるようにして無理やり攻撃を避ける。
だが、
「無駄だよ。『魔力弾』」
バリスは魔力弾を操作し、避けた俺に向けても大量の魔力弾を撃ち込んでくる。
「くっ、!あぁぁあ!!」
魔力弾は俺に直撃し、俺は地面をさらに転がる。
「っ―!魔力の塊のくせに、威力おかしいだろ…」
そんな風に喋ることは出来るが、体は割と本気でやばい状態にある。
月奈が見たら怒りながらも最上級の回復魔法をすぐにかけるくらいだ。
まぁ月奈は心配し過ぎるところがあるが、それを除いてもやばいことに変わりはない。
バリスはそんな俺の姿を嗤いながら、飛んで近づいてくる。
「さて、そろそろとどめですね。ですがまだ殺さないであげますよ。あなたたちの魔力をいただかなければならないので。そうですねぇ、次に目が覚めた時には兄妹仲良く魔力を吸われて殺してあげますよ」
俺は痛む体を抑えながらバリスの言葉を聞く。
痛みを忘れるほどに怒りがこみ上げてくるような言葉を。
「兄妹仲良く、殺すだと?」
俺の言葉に怒りを感じたのか、バリスはさらに俺を煽るような言葉を並べる。
「ええ!そうですねぇ、どうせならあなたにご兄妹の悲鳴を聞かせてあげますよ。あなたを最後にして、先にお姉さんと妹さんの叫び声をプレゼントしますよ!」
バリスは大きな声で、俺にはっきりと聞こえるように笑う。
だがすでに俺には奴の笑い声は聞こえていない。
もう体の痛みも感じない。
今の俺にあるのは、怒り。
目の前の敵を殺さなければならないという思い。
俺はいつの間にか立ち上がり、そして力を口にしていた。
「こい、『
その瞬間、黒い魔力が俺を包み込み片眼に紅が灯る。
さらに抱いていた怒りが黒い魔力と共に膨張していくのを感じる。
「な、なんだその魔力は?」
バリスは俺の姿と魔力に驚き、笑いを止める。
だがそんなことは俺にとってどうでもいい。
俺は黒い魔力で身体能力を強化し、ブーツにも魔力を込めて跳ぶ。
「死ね」
俺は腕輪から剣を取り出し、バリスに向かって振る。
「速いっ!?『
だがバリスは寸前のところで障壁を張り、剣を止める。
「ふっ、少し驚きましたが、しょせんその程度ですね」
バリスは攻撃を止めたことで余裕が出たのか煽るような言葉を吐く。
そんな悪魔を潰すため俺は剣にも黒い魔力を纏わせる。
そして魔力障壁に剣を押し付ける。
「なっ、突然どこからそんな力が!?」
「死ね。ゴミ悪魔」
俺は魔力障壁を割ると、そのまま黒い魔力を纏わせた剣でバリスを切り裂く。
「グ、あぁぁぁぁ!!?!!」
バリスは切られた切られた衝撃で地面に落ちる。
そのせいで俺がバリスを見下ろすという先ほどまでと逆の立ち位置になる。
「まだだ、これで終わると思うなよ!」
俺は黒い魔力をさらに増幅さえ、体と剣に纏わせる。
「『
俺は黒い魔力によって強化した剣を悪魔に向かって剣を振るう。
「くっ、なめるなよ人間!『
悪魔は避けるでも障壁を張るでもなく、俺の攻撃に対して膨大な魔力の光線による攻撃をしてきた。
「まとめて切り裂け!」
俺は攻撃を止めることなく、魔力大砲ごとバリスを斬ろうとするが、
「ちっ、避けたか」
黒斬撃は魔力大砲を斬るだけにとどまり、剣は魔力に耐えきれず砕ける。
さらにいつの間にかバリスは俺より上を飛んでいる。
「はぁ、はぁ。勇者の弟よ私にここまでの傷を負わせたことをほめてやろう。だがそこが人間の限界だ!」
バリスはまたしても膨大な魔力を溜め始める。
「そういうのはもう見飽きた!」
俺がそんなことをわざわざ待つわけがない。
新たな剣を腕輪から取り出し、ブーツに魔力を込め、足元の魔力障壁を踏み台にして悪魔のもとに跳ぶ。
「残念だが、遅いな!『
バリスは膨大な魔力をホール全体に放出する。
「なんだこの魔力、さっきまでと違うな…」
俺は放出された奇妙な魔力を感じながらも、バリスに迫っていく。
だが、
「言っただろ、遅いとな!『魔力領域・掌握』」
バリスがそう言った瞬間、俺の魔力が途絶えた。
その結果、ブーツの魔力も途絶え空中にとどまれなくなる。
「魔力が流れない!?ちっ、『
俺はツールバンドを使い、天井に糸を突き刺して地面に降りる。
ツールバンド魔道具だが、魔力を使わずとも手動で使用することが出来る。
「狂戦士の魔力は切れていないが、普通の魔力は全然使えなくなってるな。どうなってるんだ?」
「ふっ、それはそうだろうな。これこそが魔王様よりいただいた力の一部。その力は、他の魔力の制圧する」
要するに、自分の魔力を放出したエリア内に居る者の魔力、魔法の使用を制限するわけだ。
それでも俺の狂戦士が無効化されないのは狂戦士がエクストラスキルだからだろう。
「面倒な力だが。
俺は剣の神装の一件以来、狂戦士を使用した暴走をしていない。
冒険者ギルドの依頼の中で実験的に何度も使用したが、これまで通りの力の量では、暴走しなくなっていた。
つまり、今の俺はこれまで以上の力を暴走ぎりぎりまで使用できるということだ。
「あ、あ!ぐっ、もっと、もっとだ!!」
俺はぎりぎりのぎりぎりを攻め、いつも以上の量の黒い魔力を身に纏う。
「はぁ、はぁ。十分だ。殺す!!」
俺は足に力を込め、悪魔のもとに全力で跳ぶ。
「死ね。『
俺は黒い魔力を剣が壊れる限界ギリギリまで注ぎ込み、バリスに迫る。
「まだ出来るか。だがもう終わりだ。『魔力大砲・連射』」
バリスは俺を囲うように大量の魔法陣を展開させ、そこから巨大な魔力の光線が発射される。
「うぜぇ、全部ぶっ壊せ!!」
俺は剣を薙ぎ払い、黒い斬撃が魔力の光線を斬っていく。
「死ねぇぇー!!!」
黒い斬撃はそのままバリスにまで届くが、
「『魔力障壁』」
魔法を切って威力が弱まった黒い斬撃は、バリスの魔力障壁を割るだけでバリス自身いは届かない。
そして剣は黒い魔力に耐えきれずに砕け散る。
「ならもう一回だ!!」
俺は腕輪から新たな剣を取り出し、黒い魔力を流す。
「ぶち壊せぇぇ!!『黒斬撃』」
俺は連続の黒斬撃をバリスに叩き込む。
「ぐっ、あぁぁぁ!!!」
今度はしっかりと切った、もちろん剣は砕けたが。
バリスの命までは奪えていないが重傷ではあるだろう。
「とどめだ!」
俺は落下しながら新たな剣を取り出す。
黒い魔力はその性質なのか尽きることはないが、そろそろ殺意が抑えきれなくなってきた。
俺は床に着くと共に、ほぼ気絶状態で浮いてるバリスに向かって再び跳ぶ。
その瞬間、
「『魔力大砲』」
「っ!?」
魔力の光線が上から降り注ぐ。
「死ね!!『黒斬撃』」
俺は黒い斬撃を上に向けて放ち、切り裂く。
「はぁ、はぁ。次殺す!」
「隙だらけですよ!」
いつの間に移動したのか、バリスは俺の横にいる。
「『
「しまっ!?」
俺が気づいたときは遅かった。
バリスが放った魔法はその名の通り爆発。
俺は巨大な魔力の爆発に巻き込まれ、ホールの壁まで吹き飛ばされる。
「て、めぇ……」
「ふふふ。かなりの痛手は負わされましたが、これでおあいこですね。ほんとはきちんととどめを刺しておきたいですが、今のあなたの状態じゃ何もできないでしょう」
バリスはそう言いながら扉へ歩いていく。
「あなたはその場ではいつくばっていなさい。すぐに兄妹と合わせてあげますよ」
「てめぇ、だけは、殺、す……」
俺は薄れゆく意識の中で、まだ残っている狂戦士の黒い魔力が大きくなるのを感じた。
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