第95話 俺がまだ二人をシバキ足りない
「お待たせ」
扉を開いて部屋に入って来たモア、その手に引かれてマリーがおずおずと姿を現した。
そして背後に回ったモアに背を押されてよろけながらベッドの傍らにやって来た。
しきりに視線をあちこちに彷徨わせ、もじもじと指を動かしながら沈黙が流れる。
「ルシード、その…………助けてくれて、ありがとう」
素っ気なく呟く様に言った言葉でも、部屋の静けさで充分に聞き取れた。
そう言ってもらっただけなんだが、疲れが吹っ飛ぶっつーか、助けることが出来て良かったと素直にそう思った。
ベルスターは普通に帰すつもりだったのかもしれない、けどテオドアが傍に居る状態だととてもじゃないが安心できない。
「よかった。無事で」
本当はもっと言いたいことがあった、身体が動くんなら抱きしめてたかもしれない。
それくらいに嬉しかった。
マリーの頬を涙が伝う。
それは初めは本人も自覚しないうちに流れていたんだろう、驚いていた。
けれど自覚をしてしまってからは止まらないようだった。
「私は無事だけど、ルシードが無事じゃないでしょぉ…………なのにどうして私の心配するのよぉぉぉ――――――」
やっぱマリーも気にしてたか、余計な心配させちまって本当に胸が痛む。
大号泣するマリーの左右にモアとイザベラが寄り添い、肩を抱いたり背中を擦ったりして宥め始めた。
そうしてマリーの気分を静めている間に、オーズさんがそっと言葉を紡ぐ。
「まだ体が本調子ではないところすまぬが、吾輩の師が明日此処へ来るそうである」
オーズさんにしては珍しく緊張の面持ちで、その師匠とやらがオーズさんにとってそれほど尊敬する人物なんだと察することが出来た。
みんな面会時間のギリギリまで部屋に居てくれた。
無事を喜んでくれるみんなの為にも無茶は控えねーといけねーな。
そして翌日、朝から部屋にはアーサーが来ていた。
そういやマリーを助ける手伝いをしてくれたのに礼もまだ言えてなかったように思う、今回アーサーが居なけりゃテオドアに何されてたか分かったもんじゃなかった。
本当に感謝している。
「アーサー、手伝ってくれて、ありがとう」
絶え絶えになる俺の言葉にもアーサーはにっこりと微笑み。
「構わないよ。キミのお姫さまが無事で良かった」
シルヴィオと同じような王子様のようなキラキラした笑顔だった。
「今日此処に来たのはね?父がキミに用事があるからその付き添いっていうのと、キミもベルスターとテオドアがどうなったのか聴きたいかと思ってね?」
確かにあの二人がどうなったのかは気になるところだ。
主に、俺がまだ二人をシバキ足りない。
特にベルスターはアーサーに任せたからな、少なくとも十発はぶん殴りたい。
「ベルスターは教師を懲戒解雇ってのは当然として、彼が研究していた薬品は即座に使用禁止薬物に指定されたほどのものだったんだ。それを彼女に使用した事による罪、拉致監禁した罪、魔導技研の部員たちを先導して犯罪に巻き込んだ罪、その他諸々全部ひっくるめて死刑判決が下った」
…………裁判だとか刑法だとかはあんまり詳しくねーけど、死刑ってのは重い気がする。まぁ減刑してくれなんて言うつもりもねーし、この世からも完全に消えてくれるってんならその方が安心できるってもんだ。
納得は出来ねーけどな。
「………不服そうだね?キミには特別にベルスターが死刑になる前に殴る権利が与えられているよ。因みに彼女もその権利を得ていたんだけど、辞退したよ」
そりゃそうだ。
自分を拉致ってた連中なんかと逢いたいだなんて、マリーが思うかよ。
マリーからすればもう二度と思い出したくない記憶に分類されるだろうからな。
「テオドアだっけ?彼はベルスターと同じく主犯格と位置付けられてね。犯罪奴隷にまで身分を落とされて強制労働行きだ、まぁ到底人の寿命で賄える刑期じゃないから赴任先が彼の死ぬ土地となるだろう。魔導技研の部員たちもそれぞれ退学処分となった、犯罪の片棒を担いだんだからこれくらいの処分はあって当然、まだ温いくらいだと僕個人としては思うけどね――――――テオドアの方にも流刑地に飛ばされる前に殴る権利が与えられているけど……………」
「どうする?」と目が問いかけていたので、俺は迷わず頷いた。
そんなの殴り飛ばすに決まってる。
俺の即答にアーサーは愉快そうに笑った。
「じゃあその時は僕も混ぜてもらおうかな?どうやら彼はまだうるさく喚き立てているらしいし」
ゾッとするくらい綺麗な笑顔を浮かべてアーサーは冷たく言った。
どうした?テオドアの事嫌いなのか?
俺の訝しむ視線に気付いたアーサーは気さくにその理由について教えてくれた。
「僕がただ将来を誓い合った二人の邪魔をするように近付く存在を許せないだけさ、それが無自覚ならばまだしもゲーム感覚の面白半分でする奴が一番許せないね」
アーサーは誰か寝取られた事でもあんのか?
妙に熱がこもってる気がするんだが?
「だからってやり過ぎるんじゃねぇぞ?お前は力加減がまだまだなんだからよ」
部屋に突然入って来たじいさんが、会話に割り込んでくる。
杖をついて歩いているそのじいさんの後ろにはオーズさんが控えていて、それを見た瞬間にこの人がオーズさんの師匠なんだと確信した。
じいさんは俺のことを値踏みするかのような不躾な視線を向けて来た後、
「わかっちゃいたが、まったく面影がねぇなぁ刀祢」
俺の名前を呼んだじいさんはニッと笑った。
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