第81話 当主であり、兄であり、トーヤでもある俺
実習から帰った俺を待っていたのは当主としての仕事の山だった。
ある程度はエドガが片付けてくれていたとはいえ、執務机いっぱいに積み上げられてるとは思わなかった。
領地をもたない中級貴族でさえこれなら、領地持ちの上級貴族とかどれだけの仕事を抱えてるんだ?寝る間さえないんじゃないか?
エドガによって優先度合いによって分けられてるからまだ助かる。
スティレット家からエドガが居なくなったらまず間違いなく潰れるだろうな。
久しぶりに顔を合わせるサリアとも、この仕事量のおかげでエロい雰囲気にならずに済んでる。
まぁ向こうはいつも通りしれっとしてたけどな。
エドガにアドバイスを貰いながら仕事を処理していると、控えめに執務室のドアがノックされた。入室を促す返事をして入って来たのはアイリーンとミモザだった。
俺が帰って来るのに合わせて外泊許可を貰っていたらしい。
「お兄様、何かお手伝いできることはありませんか?」
「兄さま、何でも言って?」
普段なら遠慮するところなんだが、量が量なだけに俺とエドガは顔を見合わせ、素直にその言葉に甘える事にした。
それから数分後、再びドアがノックされて――――――。
「ルシード様、我々に何か手伝えることはありますでしょうか?」
そう言って、フォルスとミリアが手伝いに来てくれた。
二人が此処に居て屋敷の警護の方は問題無いのか?と問うと、
「今はオーズ様が居られますから――――――ルシード様を手伝いに行けと、仕事を盗られてしまいました…………」
ミリアがバツが悪そうに答える。
オーズさん何してんだよ……………その気遣いはありがてぇけどよ。
俺の代わりに忙しく動いてくれるみんなのおかげで予想よりも早く、仕事の山を片付けることが出来た。
まだ少し残って入るけど優先度は低いし、日程にも余裕があるから今まで通り片付けて行けるだろう。
俺は大きく息を吐きながら椅子の背もたれに体重をかけると、うっかりそのまま寝てしまいそうになったので慌てて起きる。
「実習から帰ったばかりでお疲れのところ申し訳ありませんでした」
エドガが申し訳なさそうに頭を下げたが、
「良いって。俺も目を通しておかないといけないものだし、そろそろトーヤとしても活動しておかないといけないと思ってた。それにエドガは充分過ぎるくらいよくやってくれてるよ、いつもありがとう」
「勿体無き御言葉で御座います」
エドガはまた深々と頭を下げた。
本当は休みでも上げたい処なんだが、こうした執務の補佐、後進の育成等、まだまだエドガには頼らせてもらわないといけない事ばかりでこっちが申し訳ねーわ。
「それでは自分たちは仕事を取り返してきます!」
そう意気込んでフォルスとミリアは執務室を出て行った。
オーズさんに稽古をつけてもらえるのをなんだかんだ楽しんでるんだろう、二人の足取りは軽い。
一緒に頑張ってくれたエドガも下がらせて、執務室には俺とアイリーンとミモザだけになった。
「兄さま、そろそろ………………する?」
ミモザがワクワクとした表情で聞いてくる。
別にこれからエロい事をするわけじゃない、俺がトーヤとしての活動をするかを聞いて来ているだけだ。
「ミモザ!何だかその訊き方は卑猥ですっ!」
アイリーンが顔を真っ赤にしてミモザに告げるが当人は全く気にしていないようだった。
「姉様も興味あるでしょう?」
「そ、それは……………勿論ありますが、それはお兄様のトーヤとしての活動にですからねっ!?」
「???それ以外に何か有るの?」
「――――――っ!!」
確信犯のミモザにアイリーンが地団太を踏む。
これも俺には見慣れた光景なんだが、少しアイリーンが可哀そうに思えて…………。
「お兄様?」
俺はまだ顔を真っ赤にしているアイリーンの頭に手を置いて、そのまま撫でる。
「喧嘩するなら見せてやらないぞ?ミモザも、アイリを揶揄うのはほどほどにしてやれよ?」
「うー………兄さま、姉様ばっかりずるい」
「自業自得です♡」
頬を膨らませて非難してくるミモザに対して、なんか上機嫌になってるアイリーンが勝ち誇る様に笑って見せる。
いつの間にか形勢逆転してないか?まぁ良いか。
俺が手を放すと名残惜しそうな顔をしたアイリーンは、ハッとしたように咳払いを一つしてから。
「今日くらいはおやすみしていただきたい、とも思うのですけれど。もしトーヤとしてこれから工房へと行かれるのでしたら見ていても構いませんか?」
「あぁ、それは構わない。工房に行くって言ってもデザイン決めるだけでこれから何か作るわけじゃないけど、それでも良いならな?」
さすがに俺だっていつまでも真面目モードでは居られない、休みたいって思うのは当然だった。
けど妹たちが楽しみにしてるって顔をしてるのに、がっかりさせるような事を言いたくなかった。
前世で兄弟が居なかった俺としては、妹の前ではついついカッコつけたくなる。
まだまだガキだな、俺も――――――。
「はい!勿論それで構いません!」
「ん。兄さまがお仕事してるとこ見るの好き」
工房へと向かう俺の後ろを二人は楽しそうに付いて来てくれた。
工房は何故かこの屋敷に在った地下室を改装して造られた。
どうして只の中級貴族の屋敷に地下室なんて在ったのか?なんて聴いたら絶対に夜眠れなくなる類の話が出てきそうだから、怖くて誰にも聞けてない。
そういう話は成長しようが苦手なままだった。
トーヤとして活動する時は工房に篭る。
別に執務室でアイデア出しをしても良いんだが、俺の気持ちの切り替えの問題だ。
勿論最初は店にある工房を使わせてもらってた、けどトーヤの正体を探ろうとする連中が増えて来たのでミューレさんの鶴の一声で家に工房が出来た。
俺としちゃバレたって別に構やしない、学校から禁止されてるわけでもないしな?
どうしてだかわからねーけど、ミューレさんたちが必死に隠そうとしてるんで俺も出来るだけ黙ってる事にしてる。
大混乱を招く――――――とか何とか言ってたけど大袈裟だよな。
学校の勉強ってのは苦手なものばかりだったけど、好きな科目だってあった。
それが美術の時間だった、先に言っておくが絵の才能なんてものがあったわけじゃない、コンクールなんて入選もしたことがねーし。
ただ下手の横好き、デッサン画って言うのか?あれと彫刻が好きだった。
その代わり色を塗るのは全部苦手だった、水彩、油、俺が色を塗ると思った色と違ってイライラするのが性に合わなかった。
だから最初は店で何となく、見様見真似でデザインを描いただけだった。
それから店長に「自分で形にしてみないか?」って誘われて、今に至る。
俺が思いつくままに適当に線を走らせて描いたアクセサリーのデザイン画、まだまだ落書きレベルだけど傍らで見てる二人は楽しそうだった。
最近じゃ材料を細かく指定しても応じてくれるようになった。
トーヤは俺にとって良い息抜きにもなってるみてーだ。
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