第75話 貴様は何様であるか?

「それで?一体どうしてこんな事に?」


リズ先生の気が済むまでオーズさんと一緒に居させてあげて、ようやく気分を落ち着けたのを見計らって声をかけた。

あの規模の群れが一斉に襲いかかって来るなんて珍しい事ではある。

魔物の中にも序列があって、一部が襲い掛かって来ていても高みの見物をしている連中が一定数居るはずなんだ。

けどさっきの襲撃にはそれらしき連中は居なかった。

まるで全員が命がけで向かって来ていたかのような――――――執念さえ感じた。


「うむぅ………………実は、吾輩の目の届かぬところで誰かが魔物の子どもを殺したようなのである」


オーズさんもすぐにあんな状態に巻き込まれたらしいから、真相全てを聞いたわけじゃないのは仕方がねぇとしても、魔物の子どもに手を出すとかバカすぎるだろ。

魔物だって獣と同じで子どもを守ろうとするもんだ。

それを殺したともなれば、怒り狂って襲い掛かって来て当然だった。


オーズさんは先行班の全員を招集し、話を聞く事にした。

最後に助けた生徒はまだ意識が戻らないらしく、それ以外の全員が集まり、後続班も事の真相が気になるのか全員が揃っていた。


「まずは魔物の子どもを殺したというのは真実であるか!?」


先行班はみんな下を向いて答えない。

誰も否定さえしないってことはそういう事なんだろうと察した。

けれどオーズさんは容赦しなかった。


「吾輩は真実であるか?と問うているのである!!此度は被害がであるが、最悪この中の誰かが命を落としていたやもしれぬ!応援に駆けつけた三人も無事では済まなかったかもしれぬ!それを考えた上で尚沈黙するというのであるかッ!?」


仲間を危険に晒し、黙り込むことでこれ以上の追求から逃れようとするその性根がオーズさんには許せないんだろうな。

オーズさんだって本当は犯人探しなんてしたくない筈だ。

けど、さっきの襲撃は笑って済ませて良いレベルを遥かに超えていた。


”誰が引き起こした事態なのか”をはっきりとさせて断罪しておかないと、ただ巻き込まれただけの先行班の生徒と後続班の俺たちの気が済まないってのもある。


「せ、先生、僕たちも後続班の皆も疲れています。今回の事は不幸な出来事だったとして水に流しませんか?食事をして、早く寝て英気を養って、明日から気分を新たに結束を強めて行きましょう?その方が建設的ですよ」


そんな空気の中、ティムが立ち上がり何を言いだすかと思えばそんな事を言い始めた。

その顔はヘラヘラとした愛想笑いを貼り付けていて、内心この話を早く終わらせたいって気持ちが全面に押し出されていた。

クソ生意気なガキが大人を小馬鹿にしたような――――――舐め切った態度。


あーアイツマジで勇者だわ。

この状況でオーズさん煽るとか、命要らねえの?

今までお前の周りにいた大人たちはそれで黙らせて来れたんだろうけどな?

……………お前の物差しでオーズさんを測れると思うなよ?


「言いたい事はそれだけであるか?」


オーズさんはティムの顔面を鷲掴みにしてギリギリと締め上げているようだ。


「あ゛あ゛あ――――――!!!」


「この際良い機会だから言っておくのである!!貴様らは学校に属しているのである!!給料も貰っているはずである!!であるならば貴様らは末端とは言え軍属である!!そして吾輩は教師であり上官でもある!!吾輩の問いに答えず、発言の許可も得ずに言葉を発する貴様は何様であるか?」


「すびばぜんでぢだ………………」


かなり痛かったんだろう、ティムは号泣しながら謝罪を口にした。

オーズさんはさして気にするそぶりも無く、ティムを地面に押し付ける様に座らせた。

場にティムの嗚咽だけが響く暫しの沈黙の後、おずおずと遠慮がちに一人の女生徒が手を挙げた。


「発言を許可する」


オーズさんの気配に緊張しながらも、女子生徒はゆっくりと立ち上がり、


「魔物の子どもを殺したところは見ていませんが、あの時生徒会長が走って来た方向から魔物たちが襲ってきたような気がします」


女子生徒の言葉を皮切りに「そういえば生徒会長が慌てて逃げてたような」とか、「一番前を走って逃げてた!!」だとか、そんな声が上がり始めた。

それはつまり、ティムが魔物の子どもを殺して親に見つかり逃げ出したって事か?

この場に居る全員の視線が、未だに顔を伏せて泣いているらしいティムに注がれた。


「ティム!こうした声が上がっているのだが、何か反論はあるか!?」


ティムは泣きじゃくっていて何も答えない。

そんなティムの隣にリズ先生がそっと寄り添って、その背中をポンポンと叩くと、


「ティム君?正直に話してくれる?」


幼い子供をあやす様な優しい声音で語り掛けていた。

オーズさんが鞭ならリズ先生が飴だな?その鞭が強烈だからこそ、飴の甘さが染み渡るのか、ティムはぽつりぽつりと状況を話始めた。


「薬の材料を採取している時に、偶然魔物の子どもを見つけたんです。近くに親は居ないようだったので――――――」


その後、運悪く魔物の親に見つかり一目散に逃げ出して大惨事になったと…………。


「罰点であるッ!!」


オーズさんの拳骨がティムの脳天に振り下ろされた。


「まずは何故魔物の子どもを殺そうなどと思ったッ!!その場に居なくともすぐ近くに居る可能性が高い事は想像できたはずである!!」


再び拳骨が振り下ろされ――――――、


「次に何故すぐその場で吾輩に報告しなかったッ!!吾輩に報告していれば皆が逃げる時間を稼ぐくらいは出来た筈であるッ!!」


そしてもう一発、拳骨が振り下ろされた。


「最後に何故皆に魔物が来ている事を知らせなかったッ!!貴様が知らせて居れば被害はあそこまで拡大しなかった筈であるッ!!」


容赦なく振り下ろされる拳骨と言葉に、再びティムは大泣きし始めた。

さすがのリズ先生もフォローのしようがないらしく、


「ティム君の行動は貴方がよく自慢している生徒会長という立場の人間として、正しい行動だったのかしら?」


……………何か一番傷口を抉るような事を言ってる気がするけど、まぁ良いか。

概ね俺も同意見だし?この場に居る全員が誰も庇おうとしねーし?

正直このまま袋叩きにされても文句言えねぇと思うくらいクソダセー。


次の日から、ティムは先行班の中でも孤立するようになった。

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