閑話・裏話 フォルスとミリアの事情と”罠”

【フォルス視点】


軍の大学校を何とか卒業はしたものの、平民の出であるというだけでその先は何処も門前払いだった。

そんなに血筋が大事なのか?

俺だって大学校まで出て、知識や教養、立ち振る舞いなんかは叩きこまれている。


それなのに――――――。



実家は商人だった。

そこそこ儲けを出している家で、俺はそこの三男だった。

家は長男が継ぐと決まっていたし、俺も商人になるつもりは無かった。

騎士になる為無理を言って軍の大学校にまで通わせてもらった。

その恩を返すことも出来ずに実家におめおめと帰る事なんて出来なかった。


そんな時だった、俺の耳に貴族の家が守護騎士を募集していると聞こえて来たのは……………。


俺はその話に飛びついた。

すぐにシバキアにあるという募集をしている貴族の家――――――スティレット家に行くことを決めた。




そこの当主はまだ成人もしていない子どもだった。

だが彼の事は知っていた。

シバキア軍学校で毎年開催されている模擬戦闘試験大会、そこで初等部でありながら未だ無敗にしてシバキア軍学校最強の呼び声高い生徒だった。


軍の上層部にも覚えがめでたいと言われる彼が当主であるスティレット家、後々必ずこの家は躍進すると、巡って来た機会に打ち震えた。


募集された内容にも驚いた。

家柄・身分は関係無しという破格の内容に、この時はまだ多くの志願者が残っていた。


先ず行われた面接にはこの家で執事を務めているという男性と、侍従長を務めている女性が試験官だった。


志望動機、実家の事、家族構成など様々な事を訊かれた。

二人の視線は鋭く、無意味な質問など無い事が理解できた俺は毅然とした態度でそれらに答えていった。

家柄・身分は関係ないと謳って募集をかけているのだから、家の事を訊かれたのにも何か理由が有るのだろうと思われた。


次の試験に移る前に休憩を挟むというので、何故か個室に通されて待たされた。

品の良い調度品が並ぶ部屋に、イスとテーブルがあり、俺の他に誰も居ないので俺はおずおずと椅子に腰かけた。

そこに――――――、


「試験お疲れ様で御座います」


そう言って部屋に入って来たのは息を呑むほど美しいメイドだった。

彼女は俺に茶を淹れると「どうぞ」と差し出してくれた。


こんな美人が淹れてくれたお茶を俺なんかが飲んで良いものだろうか…………?


そんな風に考えていると、彼女はふわりと優しく微笑む。

思わずその笑顔に見惚れそうになって――――――いかんいかん!

俺は此処に試験を受けに来ているんだ、嫁を探しに来たわけでは無い!


俺は邪念を振り払い、彼女に礼を言って茶を飲んだ。

彼女はそれを見届けると、一礼して部屋を後にした。

その際に「まあ、合格です」と聞こえた気がしたのだが、それは気のせいなどでは無かった。


面接官をしていた執事に連れられて次の試験へと案内される道中、先ほどの休憩室での事は試験だったのだと教えられたからだ。


「それは一体何の目的で――――――?」


俺の問いかけに、執事は毅然と答えた。


「色香にたぶらかされる者はスティレット家には不要ですからな」


俺は改めて、スティレット家が躍進を遂げるという確信を強く持った。







【ミリア視点】


シバキア軍学校の高等部に居た私、大学校へと進学するにはお金が足りずそのまま卒業することになった。

下級貴族の生まれである私の家は、貴族でありながらド貧乏だった。

私の下にもまだ二人の弟が控えているので、私にそこ迄通わせるゆとりなんて無いのは解っていた。

それでも何とか高等部迄通わせてもらった矢先のこと、


「えぇっ!?結婚!?」


私に内緒で両親は勝手に縁談を進めていた。

私は卒業と同時にどこぞの中級貴族様の第五だか第六だかの夫人になる予定らしい。

相手の送って来た写真も見せてもらったけれど、全体的に脂ぎった印象の太り過ぎの中年男性だったので即写真を閉じて燃やした。

私を嫁に迎えてくれるという貴族の家で、その人が最も地位が上だったのが決め手になったらしい。


冗談じゃない!!


私は半ば家出の様にそのまま実家を飛び出し、自らの手で就職活動をする事にした。

折角軍学校で戦う術を学んだのだもの、そのまま冒険者になるのもアリだと思った。

けれどそんなに世間は甘くなく、下級とはいえ貴族に連なる私が冒険者になるには両親の許可が必須で、私を喜び勇んで脂ぎったおじさんに嫁入りさせようとする両親がそれを承諾するとは思えなかった。


途方に暮れる私にスティレット家が守護騎士を募集しているという話を聞いた。


スティレット家――――――新興貴族ながら、今や飛ぶ鳥を落とすような勢いで躍進を続け、軍の上層部にもその名が広く知れ渡っているという中級貴族。

当主は滅多に人前に現れず、その片腕であるという執事が辣腕――――――その家が経営する宝飾店に居るという”トーヤ”というアクセサリー職人の作るアクセサリーは常に入荷待ちの状態なのだという。


私はチャンスだと思った。

無理矢理嫁に出そうとした件はあるけれど、此処迄育ててくれた両親には感謝している。

もしも私がスティレット家に仕えることが出来たなら、それだけで恩を返せるのではないか?そしてきっと両親も結婚を考え直してくれる筈――――――。


全部が全部そう上手くいくわけがないと思いつつも、私はなけなしのお金を全部使って身支度を整え試験に臨んだ。


眼光鋭い二人からの面接を終えて、休憩時間となった。

一人一人に個別で休憩室が与えられたのはゆったりと過ごして欲しいという心遣いだろうか?私は用意されていた椅子に座り一息つく。


するとそこに二人の可愛らしい女の子が入って来た。

このお家の娘さんかな?同じ髪色をしてるから姉妹かしら?

そんな風に考えていると、ドアを開けた方――――――まだ背が低いから妹さんの方かな?

私を見てにっこりと笑った。


「はじめまして」

「え?あぁ、はい!はじめまして!」


突然声をかけられたものだから、すぐに返事が出来なかった。


「ミモザ、このお姉さんは試験中だから声をかけちゃダメよ」


それをすぐにお姉さんの方が窘める。


「そんなの受ける必要ない。ミモザと遊んでくれたら、このお家で働けるよう兄さまに進言してあげるよ?」


彼女は屈託のない笑顔で言った。


「ミモザだけずるいわ!私だって暇でしょうがないから遊びたいのに…………ねえ貴女?私とも遊んでくださらない?そうしたら私からもお兄さまに進言しますわ」


姉の方までもそんな事を言い始めた。


「申し訳ありません。何時次の試験が行われるかわかりませんので、私は此処で待機していなければなりません。そしてまだ私はこの家に仕える事を許されておりませんので、御二人と遊ぶことは出来ません」


私は立ち上がり、深々と二人に頭を下げた。

あーあこれで不採用かもしれないなぁ……………。

それでも、私はこの二人に知って居て欲しかった。

迂闊に知らない人間に接触してはいけないという事に――――――。


二人はこんなに可愛いんだから、気を付けなければなりませんよと諫める私で在りたかった。


二人は呆気に取られているのか、何も言わない。

私は頭を下げ続けているので二人の様子を窺い知ることは出来ないけれど、もしかしたら気分を害してしまったかもしれない…………そんな風に思い始めた時だった。


「「合格!」」


…………………はい?

意味が解らず、私は許しがないのに顔を上げてしまった。

そこには満面の笑顔をした二人が私を見ていた。


「貴女は合格です。次の試験に移りますので案内に従って下さい」


「え?いや、あの……………」


理解が追いつかないです。

今までのはもしかして――――――。

私の考えを肯定する様に妹さんの方がこっくりと頷く。


「今のは私たちの試験、もし私たちの誘いに乗って一緒に遊んだら不合格だった」


お姉さんの方はくすくすと笑って、


「けれどまさかここまで早く断られるとは思いませんでした」


「それは………………申し訳ございません」


「構いません。だって――――――」


「権力に媚びようとするだけの人間は不要ですもの」

「権力に媚びようとするだけの人間は要らないから」


姉妹は揃って笑顔でそう言った。

スティレット家躍進の影に彼女たちの一助も有るのだろうと思った。

私が実家に居た時に此処迄家の為に何かしようと思っただろうか?

答えは判りきっている。


だからこそ私はこの家に仕える守護騎士と成って、今まで育ててくれた両親に恩を返すんだと強く想った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る