第12話 一難去ってまた一難・・・だと。

マーサはやっと言いたい事は言えたとばかりに壁際に控えるように立った。

サリアもその隣に並んで立ち、成り行きを見守るつもりのようだ。

いやーそれにしてもエンルム家って息子二人が揃ってとんでもないな?


アルフォンスのは処世術だったのかもしれねーけど、そんなことを続けていれば周囲の人間には良い顔されねーのは当たり前だろう。

ルシードはルシードで俺の中では相変わらずの評価だが、アイツの記憶が少しだけ鮮明に思い出せるようになった今になって漸く、あ~そういやそうだったわ、なんかされたな?くらいには認識できる。

コイツにとっては余程、思い出すのも嫌な事だったらしい、確かに胸糞悪いわ。


けど未だにミレイユ・ブルカノンにフラれた衝撃がコイツの中でデカすぎて、それ以降の記憶があやふやな部分が多い。

まだなんか爆弾抱えてる気がするんだが、ビビってても仕方がないからもう深く考えない事にしている。


「わかりました…………アルフォンスには然るべき処罰を……………」


ヘレンさんが力なく床にへたり込み、顔を俯かせてそう言った。

その表情を見ることは出来ないがアルフォンスが思いの外、腹黒だったことがショックだったみたいだ。

オーズさんとミューレさんが俺を見て笑いかけてくれる。

俺としてもまあまあ満足のいく結果に、自然と笑みが零れた。

思えばこの世界に来て自然と笑ったのなんて初めてなんじゃねーのか?


そんな事を考えていたら…………………。






「さあルシード、こっちへいらっしゃい?」


ミューレさんと風呂に入る事になっていた。

解せねー、どうしてこうなった?何故か後ろにはサリアが控えてるし。

二人とも風呂場なので当然裸、正直目のやり場に困っていると、


「わたくしめもお供いたします!!」


ババ――――――じゃないマーサが風呂場に乱入してきた。

サリアを守ろうとして来たんだろう、でも今は寧ろ俺の方が助かった。

俺の目のやり場になってくれてありがとう、マーサ。

見た処で何の罪悪感も感じないマーサに視線を固定していると。


「ハッ!……………わたくしめにルシード坊ちゃまの熱い視線が………」


とか言い始めて赤くなり、正直気持ち悪かったので天井を見上げた。

誰がババアの裸見て欲情するかよ。


けど問題はミューレさんとサリアだ、見ないようにしても完璧にとはいかない。

ルシードの記憶を持ってるとはいえ今の俺は中身が完全に別人だし、ミューレさんもサリアも超絶美人だし、二人ともなんかすげー柔らかいし良い匂いがするし、俺の事嫌ってるはずのサリアも何か今日は積極的だし。


「ルシード坊ちゃま、目を瞑っていては危のう御座いますよ?」

「石鹸が目に入っちゃったのかしら?」


申し訳なくて目を瞑っていると、そうやって心配される。

もうこのままでは何かルシードにまで申し訳ねえ!!

そう思い上がろうとすると、


「まだ駄目よ?ちゃんと百数えてから」


そう言ってミューレさんに引き戻され、そして後ろから抱っこされる様なかたちで湯船に浸からされる。

うおぉぉぉぉぉ…………デケェ!!そして柔らけぇ!!


「奥様っ!?」

「良いじゃないマーサ、こうしてルシードと私がお風呂に入れるのは、これで最後かもしれないんだもの」


頭の上から、ミューレさんのそんな寂しそうな声が風呂場に響いた。

そっか、俺が全寮制の学校に転校したら年末の長期休暇の時くらいしか会えなくなるんだもんな。


「大丈夫です母上、必ず長期休暇の度に帰ってきますから」

「あら?それじゃあその時は毎日母とこうしてお風呂に入ってくれるのね?」


抱っこしている力を強めて耳元で囁かれた。


「あの!さすがにそこまでは……………」


「……………坊ちゃま?お顔が赤いですよ?のぼせてしまったのでしょうか?こちらで涼まれては如何ですか?」


心配そうに覗き込んできたサリアが、さりげなく自分の隣に誘導してくる。

サリア!?せめて覗き込んで来るんなら色々と隠してくれねーか!?

むらむらしても生殺し状態なんだがな!?とりあえずはごっつあんです!!

腕を引かれてサリアの隣に座らされた俺は、間近で見る裸にドキドキしっぱなしだった。


「もうサリアったら、ルシードに傍仕えを解任されたからってそんなに積極的にならなくても良いのよ?」

「ち、違いますっ!!これはそう………ルシード坊ちゃまの被害者を新たに出さない為に仕方なく…………」


そうか、俺はサリアにそこまで気を遣わせてしまってたのか。

クソガキがやった事とは言え、もっと反省しねーとなぁ………。

変にムラムラしてた気持ちが一気に萎える。


「サリア、もうそういうのは大丈夫だから」

「坊ちゃま……………」

「僕なんかの為に自分を犠牲にしなくても良いんだ、もっとサリアは自分を大切にした方が良い、だってサリアはこんなにも綺麗なんだから!僕も女性に簡単に手を出しちゃいけないっていうのはちゃんと解ったから無理しなくても――――――」


サリアにはもっと自由に――――――……って言おうとして固まる。


「ルシード坊ちゃまが……………私のことを綺麗だなんて――――――」


何でそんな目で見てんだよ?あれか?俺に綺麗だなんて言われて虫唾が走ったとかか?


「坊ちゃま!お背中御流しいたします!!」

「サリア!?自分で歩けるから!!抱き抱えなくても大丈夫だから!!それに自分で洗えるから!!」


「うふふ…………サリアも大変ね」

「お恥ずかしい限りで御座います」


結局がっつりと見て、触れてしまった俺は、風呂から出た後、罪悪感から悶々とした俺はオーズさんに明日の訓練は厳しめで!!とお願いした。




次の日の朝、我が家には激震が走った。

俺が何かしたわけじゃない、けど俺絡みである事は間違いない。

俺宛てに、ブルカノン家から手紙が届いたのだ。

差出人は当然、ミレイユ・ブルカノン。

それで俺はオーズさんと早朝森ダッシュに出かける前に呼び止められ、ロイさんの執務室へとやって来ていた。

そこにはロイさん、ミューレさん、マーサ、サリアが既に居て、俺とオーズさんで呼ばれたのは最後のようだった。

俺はロイさんから手紙を受け取り、みんなの居る前で手紙を開封して中の文章を読み上げた。


色々ごちゃごちゃとした言葉で綴られていたそれの内容は何てこと無い、要約すると俺と会って直接謝罪したいというものだった。

俺は手紙をロイさんの執務机に投げると、みんなが順番に内容に目を通して間違いない事を確認する。

手紙を他の人に読ませたことに抵抗は無いのかって?あるかそんなもん。


つまりあれだ、俺がアルフォンスをボコって沈めたのを聞き付けたミレイユ・ブルカノンが次は自分かと勝手にビビって謝罪したいなんて言って来たんだろ?

執務室に居る全員が俺と同じような考えなんだろう、みんな一様に難しいというか苦虫を噛んだような顔をしている。


「はっきりとお断りしましょう」


ミューレさんがあっさりきっぱりすっぱりと言い放った。

いっそ清々しい程のその勢いに、マーサとサリアも頷いている。

意外だな、女性陣がこんな簡単に切り捨てるなんて。


「良いですか?ルシード、そういったものをお断りするにも品格というものが求められるの。そしてミレイユ・ブルカノンは言い寄って来た殿方に対して最低の対応、いいえ、それ以下…………論外かしらね?とにかく、そんな酷い対応をした女性に他に言い寄って来る殿方が居ると思いますか?」

「僕のようにでは無く、直接言う者であれば聞き入れるのではありませんか?」


そう、ルシードがフラれたのは「直でコクれないチキン野郎が気安く私に話しかけんじゃねぇ!!」ということらしいので、直で告る奴なら脈ありなんじゃねーの?


え?セリフが違う?俺の翻訳機能では特に間違ってないんだが?


「平民の恋路であればそれも可能だったかもしれません。けれどブルカノンも上級貴族に名を連ねる名家、その令嬢が著しく品格と礼を失した断り方をしたとなれば話は違ってくるのです。ミレイユ・ブルカノンには今後一切、上級貴族以上からの縁談は訪れないでしょう」


それはつまり結婚しようとすると中級とか下級の貴族の家にしか嫁げないって事か。

上級貴族って事はその上の王族とかにだって嫁ぐチャンスはあった筈だ、けどミレイユ・ブルカノンにはそのチャンスすらもう訪れないって事になる。


「確実に生活水準の下がる相手からしか縁談が来ないのである。向こうは上級貴族との縁が出来てウハウハであろうが、嫁いだ者も嫁がせた家にも特に利の無い結婚となるのである」


オーズさんの説明で俺は何となく全容を理解する事ができた。

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