第1007話  違和感バリバリ

 さて、邸でトールの身にある意味危機が迫っているその時、王都を目指して空を飛び続けるホワイト・オルター号の中は、一種異様な空気に包まれていた。


「メリルさんも、久しぶりの帰郷ですわね。もう、妊娠の報告は陛下にされたのでしょう?」

「ええ、それはもちろんですわ、御義母さま」

 一見すると、アルテアンの筆頭女子2人である、ウルリーカ侯爵夫人と、メリル伯爵夫人がにこやかに会話している様にも見えなくはないが、どこか口調や態度が変である。

「男の子かしら、女の子かしら? どちらにしても楽しみよね」

「ええ、父も大変喜んでおりまして、生まれる日を楽しみにしてくれておりますわ」

 ぎこちないと言うか何と言うか…。

「自分の子より孫の方が可愛いと聞きますから、さぞ陛下も心待ちでしょう。我が家の長男は、幼い時から大人びていて可愛くは無かったですから、私も孫が楽しみなんですのよ」

「まあ、御義母さまったら。トール様がそのお言葉をお聞きになったら、きっとお拗ねますわよ~」

「「おほほほほほほほほほほほ…」」


 確かに仕草や言葉使いは、侯爵夫人や元王女である伯爵家筆頭夫人に相応しくもあるのだが、普段の2人を知っている者から見ると、どうにも違和感だらけだ。

 なのに、ヴァルナルだけでなく、コルネリアにユリアーネ、そしてユズキもユズカも何も言わない。

 それどころか、2人の会話を微笑みながら聞き、時折上品に相槌をうったりしているだけである。

 この女傑同士の会話を聞いていたサラとリリアは、どうにも背筋がぞわぞわするのを抑えられなかった。


「そうそう、ユズカさんも、王都の御邸の皆さんにユズノちゃんを初披露ですわね」

「ええ、メリル様。オールヴァルド伯爵様のご厚情で、奥様方とこうして主人と一緒に王都へ行くことを許して頂けましたので、お世話になった方々にこの子を会わせたいと思いまして…」

 ユズカの言葉使いも微妙に変…いや、貴族家の使用人であれば普通なのかもしれないが、何かが違う。

「そうよね。私もこの子を邸の皆に紹介する時が待ち遠しいですわ。我が家の末の子ですもの」

 会話の内容に間違いは無い。だけど、やっぱり何か変である。

「私達の義弟は、私の子と年子なのですね。何だか不思議な感じですわ」

「そうですわよねぇ。まさか私もこの歳で子を産む事になるなんて、思いもよりませんでしたものね」

 ホワイト・オルター号のキャビンでは、アルテアン家とユズユズ夫妻がにこやかにお茶を愉しみながら談笑していた。

「「……」」 

 ホワイト・オルター号の操縦席で、その様子を黙ってみていたサラとリリア。

 いや、黙って聞いているというよりも、単に気持ち悪すぎて声を出せなかっただけなのかもしれない。

 そんな2人の事など、耳クソほども気に留める様子もなく、コックピット後方に設えられている応接セットでは、アルテアン家+ユズユズ夫妻がにこやかに談笑を続けていた。


 そんなアルテアン家の人々の視線から操縦席に座るサラを隠す様にして、背後からリリアがに覆いかぶさる様にもたれ掛かる。

 そして、そっとサラの耳元に、リリアが顔を寄せた。

 耳にそっと息を吹き掛けたりされたのであれば、サラも驚き変な声をあげたかもしれないが、リリアに限って決してそんな間違いをこの状況で起こすはずもない。

 呼吸を止めているのは勿論だが、口すらも動かしていない。

 元々、サラとリリアの現在の肉体は現地活動用サイバネティックス・ボディであるので、呼吸もそうだし飲食排泄の必要は無い。

 別にした所で何の問題も無いのだが、食事を経口摂取した所で、エネルギーに分解されて、ごく少量の固形物のゴミや不要な水分が排出されているだけの事。

 食事や排泄という行為は、実は現地の一般人に紛れる為に行っているだけの事なのである。

 無論、声帯を使って空気を振動させて発声して会話をする必要も必要ない。

 ただ同機能を有する相手に向かって、会話する様に思念波を飛ばすだけ…声に出すよりも多少エネルギーは使ってしまうが。

 互いにプライバシー・チャンネルかオープン・チャンネルかを選択する必要はあるのだが、この世界ではサラとリリアしか超小型ポジトロン電子頭脳を持って居ないのだから、チャンネルを選ぶ必要もない。

 という事で、リリアが頭の中で更に語り掛けた。

『どう思いますか、サラ?』

 急に頭の中で呼びかけられたので、思わず驚いて声をあげそうになったが、寸での所で口をつぐんだサラ。

『どう…とは、あの気持ち悪くてぎこちない口調とか会話の事っすか?』

『そうです。あまりにも違和感バリバリです。もしや何か彼に気付かれたとか…?』

 ちらりを背後へと視線を送り、すぐさまキャノピー越しに前方へと視線を戻したリリア。

『そりゃ大丈夫なんじゃ? だって、大河さんの思考ログを毎日確認してるっすけど、おかしな所は無いっすよ?』 

 視線を前方に固定したまま、サラがリリアに答える。

『私も確認はしていますが…でも、あれは明らかに不自然ではないでしょうか?』

 未だに妙に丁寧な言葉遣いで会話を続ける後方に陣取る一家。

『う~~ん…そう思うのも仕方ない気もするんすけどぉ…この世界の人だから、そんな事もあるんじゃ?』

『どういう意味ですか、サラ?』

 無音のコクピットで、首をちょっと傾けながら、サラが頭の中で会話を続けた。

『いやぁ…。今からこの国の王様に会いに行くわけじゃないっすか。だから、今からボロが出ない様に練習してる…とかでは?』

 普通、国王に対しては、幾ら実の娘であろうが義理の息子の両親であろうが、フランクな口調で話す者は居ない。

 国王の信頼篤いアルテアン侯爵が、出産の報告と子供の登録に王城に行けば、まず謁見の場が設えられる可能性は大だ。

 しかも、今回はアルテアンの息子に嫁いだ実の娘も妊娠の報告に同行するのであれば、謁見だけでなくプライベートな場にも呼ばれるだろう。

 そんな時に、間違っても粗相は出来ないはずで、その為の練習でもしているのでは無いかというのが、サラの考えだ。

『なるほど…それも一理ありますね…』

 そう言われると、リリアもそれが正しい事の様に感じてしまう。

 実は、グーダイド王国の国王陛下は、ヴァルナルと非常に親しい間柄であり、公の場で無ければ、ため口でも問題ないほど。

 しかし、実際にヴァルナルと国王との会話の場に行った事が無い2人には、それが分からない。

 背後で気持ち悪い口調で会話する面々が、そういう理由で練習していという考えに、だからこそ酷く納得してしまっていた。


 サラとリリアは知らない。

 出発する前に、簡単ではあるがトールヴァルドに色々と説明を受けていた事を。

 そんな事があったからこそ、愉快な会話をしている人々が、異常なまでにサラとリリアに対して警戒している事を。

 そして、この会話の中には輪廻転生管理局が重要視している単語が幾つも散りばめられており、それをサラとリリアが正確に聞き取れているかどうかを、全員でチェックしていた事を…。

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