第955話 命懸け
俺とユズキは、ドワーフさん達が準備してくれていた、母さんとユズカの分娩室…じゃない、出産のための部屋の前の廊下で、ウロウロとしていた。
よくこういう状態を檻の中の熊って表現するけど、本当にその通りだと思う。
じっとしてる事が出来ない。
目の前にある部屋の扉の向こうから漏れ聞こえる苦しそうな2人の声が耳に入ると、じっとしてられないんだよ。
部屋の中には、ミレーラとマチルダとイネス、妖精族4人、ドワーフメイド衆4人と魔族の女医さん2人。
母さんとユズカが同時に産気づいたんで、魔族の女医さんがもう1人、応援に駆けつけてくれたんだ。
変身すれば回復や治癒の魔法が使えるミレーラと魔族の女医さん2人、それと出産立ち合い経験のあるドワーフさんも居るんだから、もしもって事は起きないと思う。
女医さんのお手伝いに、マチルダやイネスに妖精達もいる事だし問題は無い。
ちなみに、コルネちゃんとユリアちゃんは、メリルとミルシェを介抱している。
そういや、サラとリリアさんはどこ行った?
いや、今はそんな事どうでも良い。
前世の俺の最初の子供の時は、職場に嫁さんから『陣痛が始まったから、病院に行く』って連絡が来たんだ。
そんで急いで病院に行ったら、もう産まれてた。
急いでって言っても、実際には連絡きてから病院に到着するまで5時間ぐらい経ってた。
先生も、とっても安産だったと言ってくれたし、出産後の嫁さんも『疲れた~』って言ってたから、本当に安産だったんだろう。
でもあの時は、こうして今みたいに廊下をウロウロして、今か~まだか~大丈夫かな~って、心配したかったんだよな。
2人目の時なんて、上の子供が出産に立ち会ったんだぞ?
やっぱ、その時も俺は仕事だったんだけどさ。
しかも予定日より2週間も早かったら、予想外も良いところ。
俺が日帰り出張で新幹線に乗った後に、『破水したから病院行く』って連絡あったんだ。
上の子が立ち会っての出産だったって、産後に嫁さんと赤ちゃんに会った時に始めて聞いたよ。
立ち合い出産できる病院を選んだのは、今度こそ俺も立ち会いたいって思って、嫁さんも賛成してくれたからなんだけど、まさか子供が立ち会うなんて…。
しかも立ち会った子供の感想が、『出産って大変だね~!』って…。
大人でも怖いとか聞いた事ある出産の立ち合いして、最後までしっかりと嫁さん励まして見守ったって…。
今思い出しても、俺って情けない父親だったなあ。
そして今、俺の目の前に俺以上に情けない父親が来た…いたじゃなくて、来た…ね。
さっきまで食堂でずっと固まってた父さんが、やっと再起動して俺とユズキの元へとたどり着いたのだ。
「う、産まれたか!?」
「父さん…産まれてたら、俺もユズキも廊下でウロウロしてるわけないだろう?」
「こ、侯爵様、まだ…です…」
父さんの言葉に、即座に俺もユズキも反応。
まあ、ユズキはちょっと緊張気味だけど。
「そ、そうか…」
父さんはそう言うと、俺とユズキと同じように、廊下をウロウロし始めた。
檻の中のクマが1匹増えた…。
ってか、父さんは今回で3回目だろ? もちょっと餅つけ! いや、落ち着け!
餅って何だって? そんなこたぁ、どうでも良いんだよ!
え、そもそも、お前の子供じゃないんだから、お前こそ落ち着け?
そうだけど、俺の妹か妹か妹か弟が産まれてくるんだから、これが落ち着けるか!
何で妹が3回なんだって? 妹が良いからに決まってんだろーが! 弟でも良いけど、妹が良いんだよ!
ユズキも何か言えよ! え、頑張れ? そりゃ俺達じゃなく、ユズカに言ってやれ! って、廊下で大声で頑張れとか叫ぶな馬鹿野郎! やかましいわ!
廊下で俺達がドタバタ漫才していたが、それを横目に無言でドワーフさんやイネス、マチルダが部屋を出入りしていた。
その度に、扉の隙間から聞こえる2人の苦しそうな声が聞こえると、俺と父さんとユズキは一瞬立ち止まって扉の隙間を凝視。
扉が閉まりしばらくすると、また俺達はウロウロと廊下を歩き回った。
その母さんとユズカの声だが、段々と叫ぶような苦しむような声の間隔が短くなってきた様な気がする。
どの声がどっちの声かなんてわからないが、何となくそんな気がする。
もしかして、もうすぐ産まれるのか!?
俺も父さんもユズキも、別に示し合わせた分けじゃないけれど、誰からともなく廊下で立ち止まり汗で濡れる手を握りした。
この扉の向こうでは、母さんとユズカが命懸けで、大きな大きな人生の一大イベントに挑んでいるのだ。
どうか、2人共無事でいてくれ…。
どうか無事に元気な赤ちゃんの顔を見せてくれ…。
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