第922話 一筋の涙
「何か聞こえた気がしたけど…?」
どこかで、時代劇に出てくるような悪代官が、町民の娘の帯を引っ張ってクルクル回した時の叫び声が聞こえた様な?
気のせいかな?
さて、一仕事終えた俺は、執務室でのんびりとお茶を頂きながら、嫁ーず&人魚さん達と談笑していた。
俺は人魚さん達の大お見合い会という名の乱交…もとい、妊活パーティーに関しては、もう全て諦めた。
というのも、母さんからも『全力で協力してあげなさい!』と言われてしまったから、やらざるを得ないからだ。
妊娠と繁殖を強く望む人魚さん達の実情を聞いた母さんは、それはそれは人魚さん達に感情移入してしまい、妊活パーティに力を入れる様にときつく言い含められた。
まあ、母さんも妊婦だから、何かわかり合える事でもあるのかもしれない。
俺は男だからわからんけど。
って事で、そんなに強力に推進したいのであれば、母さんにも協力してもらう事にしたのだ。
いや、別に出産目前の妊婦さんに働いてもらうとかは無いぞ?
母さんには、父さんを呼び出してもらうだけだ。
協力してもらう内容は、『出産に立ち会って欲しい』と、父さんに連絡してもらうだけ。
移動などの詳細は俺から伝えるという事にして貰っている。
こうして手回ししておけば、父さんは嫌とは言えない。
ついでに、メリルにもお願いして、実父である国王陛下への根回しも実施。
こっちは、『アルテアン侯爵家の家長が、生れた我が子を見れない様な仕事を押し付けたりして無いですよね?』と、暗に父さんに休みを与えろと圧力をかけてもらったのだ。
これで根回しは完了。
仕上げに、俺が父さんにこう進言した。
即ち、『侯爵であり軍部の重鎮でもある父さんが、1人で俺の領地まで来るなんて飛んでもない。それでは陛下だって許可を出さないだろう。少なくとも1個中隊ぐらいの騎士や兵士を護衛として連れてくるべきだ』とね。
さらに、最近起きたナディア事件を簡単に報告した後、『今は表出していないが、グーダイド王国に迫る危機が迫っているかもしれない。俺も調査に出る予定だけど、力を貸してほしい。具体的には屈強な独身男性1~2個中隊ぐらいは』って。
何故に独身? と父さんは思うかもしれないが、『この調査はかなりの危険が伴う。決死隊になるやもしれない。だからこそ、家族のある騎士や兵士よりも、独身の方がいいんだ。あと、男性限定なのは、今回は女性兵士や騎士さんにに配慮出来る状態じゃないから…うんたらかんたらごにょごにょごにょ…』と、色んな理由を俺がくっ付けまくってやった。
王国に潜在的な危機があると知れば、当然父さんは騎士や兵士を調査に協力するために連れてくる。
そして、俺の嘘アドバイスに従い、独身男性を選りすぐるだろう。
準備が出来たら俺が運ぶからと伝えて、先程通信を終えたのだ。
これで生贄の準備完了。
全てを人魚さん達に報告すると、とてもとても…それはもう、狂喜乱舞して喜んだ。
きっと、決死の覚悟をもった騎士や兵士さん達は、王国の、そして民の為にと鼻息荒くやって来るのだろう。
その人達には、その鼻息荒いまま、人魚さん達の為の尊い犠牲になって頂こう…。
別に命は取られやしない。
色々と搾り取られるが、きっと良い思いもする筈だ。
何せ女生徒の出会いが少ない王城勤めの騎士や兵士さん達だ…色々と溜まってるだろう。
しかも国や民の為と意気込んで来るぐらいだから、色々と昂ぶっているはず。
それで人魚さん達と対決して頂きたい。
うん、参加費用は取らないからね。
宿泊費も食費も全部俺が出そうじゃないか。
だから、ガンガレ!
ガン枯れしてダウンするかもしれないけど…。
「総員、傾注!」
いつもトールがホワイト・オルター号の離着陸場として借りている、王城の横にある練兵場では、恰幅の良い騎士が声を張り上げていた。
彼の前には、騎士と兵士合わせて1000人が綺麗な列を作って並んでいる。
咳き1つ聞こえぬこの練兵場に、続く1人の男の声が響き渡った。
「諸君! 我が息子である、アルテアン伯爵により重大な情報がもたらされた!」
誰あろう、アルテアン侯爵家の家長である、ヴァルナル・デ・アルテアン副軍務卿その人である。
軍務卿は王子が就任しているので、実質軍務のトップであるこの男、大勢の騎士・兵士達を前にして、声を張り上げた。
「諸君も知っての通り、この王国の北には巨大な山脈がある。そして20年近く前に起きた戦争では、そこから我が国は襲撃を受けた!」
顔には出さないが、いきなり昔の戦の事を持ち出したこの副軍務卿の話に、心の中では全員が疑問符を浮かべていた。
それのどこが重大な情報なんだろうか…と。
「聖なる女神ネス様の使徒でもあるトールヴァルド伯爵は、山脈の向こうを調査する様に天命を受けたそうだ」
あの山脈を超えて調査するとなると、使徒様が女神様より賜った巨大な飛行船を使って行ったのだろうと、全員納得する。
「今回、伯爵の部下が調査に向かっていたらしいのだが、調査中に何者かの襲撃を受けたそうだ。そして、救助した時には瀕死の状態であったという…」
ヴァルナルの表情は曇っていた。
「諸君…これはまだ確定ではないが、我が国に危機が迫っているやもしれぬ! 国王陛下と相談した結果、我々も調査に乗り出す事にした!」
ヴァルナルは、集まった騎士や兵士達を、苦しむような悲しむようなそんな複雑な表情で見まわした。
「無論、私も先陣を切り調査に向かうつもりだ。だが、この調査には多大なる危険が伴う。もしかすると、命を落とす事になるかも知れぬ。だからこそ、私は皆に命令するのを躊躇っているのだ…死地に向かえと命令が出来ない…」
そんなヴァルナルの演説を聞いた若い騎士は、腰に帯びた剣をすらりと抜くと、高く掲げて声高に叫んだ。
「侯爵様、私にご命令下さい! 国の為、民の為、私の命を賭けましょう!」
その声に同調するかのように、次々と剣を掲げた騎士や兵士たちが、
「私が行きます!」「この国の平和の為なら、喜んでこの命を奉げましょう!」「私にご命令を!」「侯爵様…」
練兵場に集まる全ての者が、自ら進み死地へと赴く覚悟があると、ヴァルナルに向かい叫んだ。
熱狂に包まれたその大声量は、王城すらもビリビリと振るわせたほどだ。
「其方達…それほどまで…」
そんな彼等を見渡したヴァルナルは、感激し一筋の涙を流していた。
まさか、トールの陰謀で、人魚さん達への生贄となるとは露ほども思って無い騎士や兵士達であった。
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