第846話  もう、お婿に行けない…

 俺が帰途につき、温泉街を通る頃には、陽も傾きかかっていた。

 そろそろ食堂でも夜の営業に向けた仕込みでも始めているのか、それとも気の早い客がもう注文しているのか、辺りには腹を鳴かせるいい匂いが漂っていた。

 ついつい、寄り道して何か食べていきたくなったが、そこはぐっと我慢の子。

 家に戻れば、きっと美味しい晩御飯を用意してくれているはずだ。


 っと、思った時も有りました。

 帰宅と同時に嫁ーずに拉致された俺は、執務室で嫁ーずによるより調べを受ける事となった。

 今日は独りでどこに行き、どこでだれに会っていたのか? まさか浮気ではあるまいな?

 よくよく近づき匂いを嗅ぐと、微かに女性の香りがするが、一体どこの誰だ? などなど。

 それはそれは、苛烈を極める取り調べであったが、俺は耐えた。

 と言うか、ちょっと商会との打ち合わせと細々とした問題に関する話し合いだと言って出たはずだが?

 まあ、そんな事で誤魔化せる嫁ーずでは無かったが、圧倒的な戦力を前にしても、俺は1歩も退く事無く、会談相手は商会だと言い張ったのだ。

 その甲斐あってか、暫し嫁ーずは円陣を組んで話し合っていたようだが、何とか解放された。

 ふっ…俺は、戦力差が圧倒的であろうとも、絶対に負けないのだ!


 その後、とても穏やかで楽しく食堂で全員でディナーを頂いた。

 必死になって嫁ーずのご機嫌取りの為に、色々な話題を振り撒くのも忘れない。

 俺は、やれば出来る男なのだ。

 何だか微妙にディナーで味が変に感じたのは、きっとあのクソ難解で長ったらしい会談で疲れてしまい、ストレスで味覚に異常をきたしたからだろう。

 そんな疲れ切った頭と身体を休める為、俺はゆっくりと風呂に浸かった。

 やっぱ、お風呂はいいねえ。

 でも、たまには温泉街のスパで色んな風呂に入るのも良いかな。

 あと、風呂上がりのマッサージもしてもらいたいかなあ…ちょっと爺臭い?

 最近では冷たさを増しつつある夜風で、風呂上がりの火照った身体を適度に冷まして、俺は寝室へと向かった。

 そう言えば、モフレンダがポツリと、『……性活事情…』とか言ってたのが、やけに頭に残ってる…。

 それに帰宅後の嫁ーずのあの円陣も、滅茶苦茶気になる…。

 今夜はしっかりと部屋の扉を施錠せねば。

 鍵も増設しまくって、今では合計10個もの鍵がずらりと並んでいるが、この施錠を怠ると大変な事になってしまう…いや、施錠してても大変なんだけど…。

 ガッツリと施錠を終え、やはり疲れていたのだろう、ベッドに横になるとすぐに意識を手放した。


『浮気でなければ、絶対に元気なはずですわね』

『ええ、濃度と量で確認しましょう』

『…本当に起きませんねぇ…』

『この状態だと、結構可愛いですね』

『では、この私が最初に毒見を…』

『イネスさん! それは私の役目です!』

『いえ、第一婦人にそんな事をさせる訳には行きません!』

『では…最年少の私が…』

『いえいえ、ここは冷静に分析できるこの私が…』


 俺は夢の中で桃源郷を彷徨っている夢を見ていた。

 夢を見て…夢を…ゆめ?

 深夜? 真っ暗な部屋のベッドの上で不意に目を覚ました俺は、何だか妙にすーすーする気がして、体をゆっくりと起こして辺りを見渡した。

 そして目に入ったのは…またもや色々と満足した顔で安らかに眠る、すっぽんぽんの嫁ーずのあられもない寝姿であった。

 

 どーやって、この部屋に入って来たんだよ!

 てか、寝てる男を集団で襲うなんて…襲うなんて…もう、お婿に行けない…。

 あ、全員俺の嫁だから良いのか。

 いや、良くはない…けど、問題はある様な気が…。

 そんな俺の葛藤など気にもしないであろう嫁ーずは、すやすやと寝ているのであった。

 しかし、何で俺は目を覚まさなかったんだろうか? よくよく考えると、めっちゃ怖いんだけど…。

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