第829話 3つのプレゼント
その頃、絶海の孤島に置き去りにされた竜はと言うと…。
「な、なあ…そろそろ返事をしてくれても良いんじゃないかなあ…。いや、贅沢は言わないよ? ちょ~~っと何か言って欲しいだけなんだよね。無言でこんな島に独りっきりとか、マジ気が狂いそうになるからさ…。えっと、美雌竜とか言わないから、雄竜でもいいよ? あ、竜だけって限定してるわけじゃないから! 別の種族でも全然OKだから! 話さえ出来れば。だからちょ~っとそんな感じの誰かを都合してくれないかなあ? ほら、欲しい物があったら言えって手紙にも書いてたじゃん? ねえ、どう、どう?」
大分、人種に近い姿に変容してはいるが、あの竜が箱の中に頭を突っ込んで、ずっと何やら叫び続けていた。
竜はこの島だけでなく、海の中も念入りに見て周ったのだが、どこにも魚の姿も無く、珊瑚も無ければ、砂浜に貝も居ない。
海中を漂う海月も居ないし、そもそもこの水が海水かも怪しい。
何故なら塩辛くない…真水としか考えられないのだ。
ただただ澄んだ水だけがあるだけだと分った。
とは言え、生き物が一切見当たらない巨大な水たまりである事から、飲用には向かないのではないかと竜は考え、飲用水は、ヤシの木の元にある泉のものを使用している。
太陽は常に輝き、昼夜の区別は無い。
雨など降りそうもない程の晴天。
風も吹かない割に、気温は常に一定で暑くも寒くも無い。
実に過ごしやすいのだが、何時までも太陽が頭上に居座っているのは、精神的に落ち着かない。
どこかの世界の映画での警察の取り調べや、拷問の一つにもある様に、常に明るく寝れないというのは辛い物だ。
段々と精神が壊れて発狂したり、誰の言う事にでも従ってしまう様になる。
竜は自分が置かれた現状を正確に分析し、近い将来そうなるであろう事まで予測した。
人とは一線を画すほどに肉体的にも精神的にも強い種族ではあるが、そうであってもいつかは気が狂う…そう確信していた。
それだけでは無く、この島は常に一定のリズムで波が打ち寄せては引いてゆく。
耳に入る音すらも拷問に近い。
他人との会話という物が、どれほど精神安定のために必要な変化なのかを、竜は十分に理解していた。
だからこそ、返事が来なくとも必死になって声をあげ箱の中に向かってしゃべり続けていたのだ。
「だから、俺は暗くして寝たいタイプなんだよ! ホラ、あの照明消した時にオレンジに光る小さな電球あるじゃん? あれも消さなきゃ寝れないんだよ。こんな明るい所で寝れるはずないだろ? それに枕が変わったら、それはそれで眠れないしさ。この波の音だって、ずっと同じリズムだろ? 局長は俺を拷問して発狂させたいの? 俺はあんたに言われて協力してやろうとしただけだぞ? そう、あんたの協力者なんだぞ? それを拷問って、鬼畜か!?」
何を言い出すんだろう、この竜は。
多分、ナツメ球とかベビー電球とかいう名で知られている常夜灯の事だろうけど、それを消すと叫んでいるが、竜の世界でも、そんな物があるのだろうか?
枕が変わると…とも言っているが、竜が枕を使うなど聞いた事も無い。
ずっと箱を通じて竜の言葉を聞いていた輪廻転生局管理局長は、真っ白な空間で首を傾げていたが、確かに彼の竜は己の計画に必要な協力者だ。
そもそも拷問するつもりなど無かったし、これが拷問に等しいなどとは考えて無かった。
ただ時が来るまでゆっくりしてもらおうと考えてただけなので、拷問とか思われるのは心外であった。
なので、局長は彼の願いを一部聞き入れる事にした。
局長は虚空に手を伸ばし、その空間から幾つかの物を取り出した。
1つ目は、巨大な枕。その枕は、表は低反発素材であり、裏面は高反発素材で出来ている高級品。
2つ目は、アイマスク。こちらもそこそこ良い物で、遮光性が高い素材で出来ているので、夜もぐっすり眠れる優れもの。
3つ目は、掌に乗る程に小さい喋るネズミ…の、姿をしたからくり人形で、どんな会話でもばっちこーいのお役立ち商品。
『ま、こんな物でいいか』
局長は、それらをひとまとめにすると、す~っとそれらに手を翳した。
するとその品々は、この真っ白な空間から瞬時に姿を消してしまう。
『おおおおおおおおお!!?? って、枕とアイマスクかよ! って、このネズミは何だ? あん、お前喋れるのか? え、俺の話し相手に選ばれたからくり人形? 何でもお話しください? いや、会話は大事だけど、そうじゃ無いだろう!? 局長! お前、俺の話聞いてたのか? 俺は結局何時までこの島に…………』
島の竜は、3つのプレゼントを前に叫んでいた。
『おお、喜んでくれて、良かった、良かった。それじゃ、もう暫く待機してもらおうかな。ああ、そうだ…彼の声は煩いから、もう通信放っておこうっと』
そう言うと、箱を通して竜の声を聞いていた局長は、どうなっているのか分からないが、竜の声が聞こえ続けていた空間からすぅっと消えて行った。
そこに残ったのは、何処か分からない孤島に置き去りにされた竜の叫び声だった。
『おい、聞いてんのか? 聞いてるよな? だから、こんな物を送って来たんだよな? ちょ~っと、もう一度俺とじ~っくり話そうや? まずはこの島で待機する時間だな。んで、あんたに協力する報酬もだな。そうそう、この枕、俺のじゃないから、家から持って来て欲しいんだが? それと、計画って、結局、俺に何させるつもりなんだ? なあ、おい、聞いてんのか…いや、ネズミに聞いちゃいねーよ! はぁ? どうせ聞いちゃいない? いや、お前が送られてきたんだから、聞こえてんだろ? なあ、局長! 聞いてくれてるよな? なあ…なあって! おーい! おーーーい! あれ? 誰もいないのか~? おーーーーーーーーーーーいぃぃ!』
誰も居ない空間に響き渡る竜の声は、とても…そう、とてもうら悲しげだった…。
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