第795話  あくびちてぇ~

 保護地区の門を通り抜けた俺達は、門の近くに車を停め、コルネちゃん達の姿が見える場所まで物陰をこそこそと移動した。

 この場所は拓けているとは言っても、そこかしこに大樹が生えているので、見つからない様に移動するのもそう難しくない。

 バス停はそんな樹齢千年はあろうかという、大樹の根元の洞の前にある。

 この世界、平地では滅多に雨は降らないんだが、それでももしも雨が降った時の為、この場所にバス停を設けたのだ。


 さて、俺達はこそこそと大樹の陰からコルネちゃん達を監視…もとい見守っていたのだが…。

「めっちゃナディアが挙動不審だな…」

 視線の先では、ナディアがわたわたしていた。

 まあ、ナディアは俺の思考を読めるわけなんで、俺達の行動は全部筒抜け。

 俺達がこの場にいる事も、そして自分達を監視…もとい見守っている事も全部知っているナディアなのだから、それも当然か。。

 しかも、それがコルネちゃん達にばれない様に隠している分けなのだが…見てる限りでは、挙動不審すぎる。

 俺達は大樹の陰から、そっとそんな4人を見ていたのだが…ん? ユズカが、こっちに向かって手を振ってる…何故に?

 ユズカが手を振っている相手は一体誰だ? もしや浮気相手か? 

 俺は背後を振り返ってみたのだが、誰もそこには居ない。

 あれ?

 何となく嫌な予感がして、大樹の反対側からコルネちゃん達を見ていたユズキの元へと行くと…手、振ってやがる…。

 こいつかよ! こいつが元凶かよ!

 思わず拳を握っちまったぜ、殴りたくなって!

 すると、当然だがコルネちゃんも、ユリアちゃんも気付く…そりゃ当然だわな!

「おにいちゃーーーーーん!」

 ユリアちゃんが大声で叫んだ。

 ナディアが、遠くからでも分かるぐらい、大きなため息を付いていた。

「はやくこないと、おいてっちゃうよーーーー!」

 めっちゃ呼ばれた。

 嫁ーずも苦笑いしながら、「それじゃ…行きましょうか」と大樹の陰から出た。

 うん、もうしょうがないな…陰から見守り隊は、もうここで解散だな。

 俺も大樹の陰から、手を振りながらユリアちゃんとコルネちゃんの元へと向かって歩いた。


「それで、どこへ行くつもりだったんだ。コルネちゃん」

 バス停で4人と合流した俺は、取りあえず行き先をコルネちゃんに訊いてみた。

「行先はですね…あ、バスが来ましたね。取りあえず乗ってから話します」

 コルネちゃんが答えようとした時、森の大樹をぬう様に、音も無く虎バスがやって来た。

 にゅぃーーんっと、胴体の一部が開いて俺達が乗りやすいように低くなってくれる虎バス君。

 そこに、先客のエルフやドワーフや人魚さんが乗り込んだ後に、俺達も続いて乗り込む。

 中はふわふわでとても乗り心地は良い。

 全員が乗り込んだのを確認した後、にゅぃーーんと入り口が閉まって、虎バスは樹海を走りだす。 

 さすが猫科の動物をモデルにしただけあって、変な揺れも無く足音もしない。

 正確には多少の上下の揺れはあるのだが、クッションが滅茶苦茶良いシートが揺れを吸収してくれているのか、我慢できない程の揺れでは無い。 

 ただ風を切り裂く音だけが聞こえる。


 そんな虎バスの車内で、再度コルネちゃんに訊いてみた。

「んで、目的地は?」

 するとコルネちゃんが口を開くよりも早くユリアちゃんが、

「うみいくの!」

 その言葉に、俺と嫁ーずは、大きな疑問符を頭に浮かべ首を傾げながら一言。

『うみ?』

 すると、ユリアちゃん、両手を上げて、

「うみにあくびちてぇ~っていうのつくってるの! きょうはできたってきいたから、おためしなの!」

『あくびちてぇ~』

 さらに俺達の頭の上に疑問符が増えた。

 あくびしたいのか? 

「ユリアちゃん、あくびちてぇ~じゃ無くて、アクティビティよ。お兄さま、今から向かいますので、行けば分かると思いますわよ」

 言い間違えたユリアちゃんの言葉を、コルネちゃんがやんわりと訂正し、俺に教えてくれたが、

「アクティビティ? って、どんなの造ったの? ってか、そんな言葉どこから?」

「あ、いえ…私では無く、アクティビティはユズカさん発案です。それでドワーフの親方さんと一緒に計画してたそうです。なのでアクティビティの詳細は、彼女に直接確認していただけたらと…」


 そう言ってコルネちゃんがユズカへと顔を向けたので、俺もユズカへと視線を向ける…すると…。

「もう、こっそり後をつけて来て…そんなに心配だったの?」

「あ、当たり前じゃないか! 僕は柚香が…浮気してるんじゃないかって心配で…」

「するわけ無いでしょう。馬鹿ね…私は柚希一筋よ」

「柚香…」「柚希…」

 こいつら、ここがバスの中だって分かってんのか?

 バスのお客さん、全員の注目の的になってんぞ?

「「愛してる…」」

 互いの顔が近づき…って、待て待て待て!

「すとっぷすとっぷすっとーーーーーっぷ! 場所を弁えろ、この馬鹿夫婦!」

 俺は2人の唇が触れる寸前で止めたのだが、何故かバスの中は大ブーイング。

 え、皆…もしかしてチュー見たかったの?

 え、ユズカ…何で止めるんだって? そりゃ止めるだろーが!

 

「もう、トール様は無粋ですわねえ…」

「ですね。キスぐらい、別に構わないと思うけど」

「で、でも…ユリアちゃんには…ちょっと早いかも…」

「ミレーラさん、これも勉強です」

「仲良きことは美しき哉」

 嫁ーずも好き勝手言ってくれる。

 え~メリルさん、俺って無粋なんですか? あ、そうですか…無粋ですか…。

 ミルシェよ、ぐらいって何だぐらいって! ほっとくと、あの夫婦は、それ以上も始めちゃうぞ?

 ミレーラ君、良い事言った!

 マチルダさん、俺はまだこっち方面の勉強は早いと思います。

 んでイネスよ…どこでそんな言葉覚えたんだ? それは、武者小路実篤大先生のお言葉ではなかったっけ?

  

 こんな風にバスの中は賑やかではあったが、そんな事に関係なく、虎バスは音も無く樹海の中を疾走していた。



※こっそり新作投稿しています。

 姫様はおかたいのがお好き

 https://kakuyomu.jp/works/16817139558018401730

 不定期更新ですが、( `・∀・´)ノヨロシクオネガイシマス!

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