第752話  次の日の朝…

 翌朝、俺は元気よく裏庭で身体を動かした。

 まだ朝日も昇りきっていないこの時間は、とても空気が澄んでいる。

 そろそろ夏も近くなってきたのか、少しだけ気温も上がって来ている様だ。

 前世の様な寒暖差が無いこの世界ではあるのだが、やはり鍛錬にはこの時間が一番気持ちが良い。

 

 軽く準備体操をした後、ゆっくりと筋肉や腱や骨に間接と言った、全身の部位の動きを意識しつつ、空手の型をなぞる。

 呼吸もゆっくりと鼻から吸って口からゆっくりと細く長く吐き出す。

 前世でも長年やって来た事だ。

 この世界で両親から授かった子の身体は、前世の大河芳樹としての肉体よりも遥かに性能が良い。

 『シッ!』っと、軽く息を吐きながら突き出す拳は、明らかに前世の俺の全盛期を凌駕する速度だ。

 何度か型稽古を繰り返した俺は、仕上げに色々な技を試してみる。

 左足を半歩前にすり足で出し、その足裏…正確には親指の付け根を中心として、腰、肩を左に回す。

 自然と鞭の様に撓りながら正面の空間を切り裂く様に振れる右足。

 回転を止めず、その右足が着地すると同時に、左足で更に蹴りを入れる。 

 回し蹴りからの後ろ回し蹴り…前世では2連撃ではバランスも多少崩す事もあったが、この身体ではそんなもの皆無だ。

 そのまま左足の着地と同時に左拳で裏拳、正面を向いたら右拳で振り突き気味に左斜め前の空間を突き抜く。

 独楽の様な動きと、円を意識した動きは、まるで中国拳法の様ではあるが、これも空手の動きの1つ。

 振り突きの右手を引き付けつつ、肘を直角に曲げて外受けの様に腰と共に右に振り、左上段を突く。

 間違いなく、キレッキレだ。

 その後も、腕立てや腹筋、背筋などを行い、本日の朝の鍛錬は終了。

 ふぅ…と、息を吐きながら、ゆっくりと屋敷の裏口へと俺は向かった。


 その様子を屋敷の窓から嫁ーずや使用人一同は見ていた。

 ドワーフメイド衆は、無事な様子にほっと息を付く。

 嫁ーずは、何やら企むような嫌な含み笑いを始めた。

 妖精達と天鬼族3人娘、そしてペット達は、精神の深いところで繋がりあっているから分かってはいたが、トールの無事を肉眼で改めて確認。

 もっち君は、『(*・ω・*)』って顔してるが、何を考えてるのかさっぱり分からず。

 そして、サラとリリアは、トールの様子をじっと真顔で見つめた後、2人でコソコソと自室へと向かった。

 ちなみに黒猫のノワール君は、寝床で丸まったまま寝ていたので、何も見てない。


 汗を流し着替えを済ませ身だしなみを整えた俺は、食堂に向かう。

 食堂にはすでに全員が揃って、着席していた。

 我が家ではお客様などが無い限り、ユズユズもドワーフメイドさんも、妖精さん達も誰であっても一緒に食事をとる。

 とは言え、配膳だけはして貰わなければならないので、それはドワーフメイドさん達がしてくれる事になっている。

 全員が揃った事を確認し、俺が食事に手を付けると、それが食事開始の合図だ。

 日本の様な『いただきます』『ごちそうさま』という言葉も有るにはあるのだが、貴族家では家長が食事に手を付けた時が食事の合図というのが一般的だ。

 とは言え、我が家では普通に言っている挨拶ではあるが、今日はそんな気分じゃ無かった。

 何故なら、一番下座に座っているサラとリリアさんが、表情も変えずに、じっと俺の様子を窺っているのが見えたから。

 もちろん、俺はそれを凝視したりしない。

 視界の端でちらりと確認していただけのつもりだったのだが、ちょっと意識を集中しすぎてたかもしれない。

 なので、うっかり挨拶を忘れたってのが、実は本当のところ。

 とは言っても、貴族家ではごく一般的な事ではあるので、誰も変には感じなかった様で、お喋りをしながらの朝食となった。

 それでも普段よりもは若干静かではあったが、それが俺を気遣ってなのかどうかは不明だ。

 さて、食事をしながらではあるが、そっとサラとリリアさんの様子を見て見ると、黙々と食事をしている様に見える。

 が、俺の方に意識を向けいるのは、時折向けられる視線で分った。


 ふむ…もしや、アレがばれたのか?

 

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