第751話  静かな食卓

 何となく…まるでお通夜の時の様に静かな食卓で、俺は晩飯を食った。

 腹は膨れたのだが、どことなく味気ない…そう、文字通り味を感じる事の出来ない食事だった。

 前世、嫁が子供を連れて家を出て行った日の夜、1人で仕事帰りに買って帰ったコンビニ弁当を食った時と同じだ。

 とは言え、あの時とは状況が違う。

 今は、嫁ーずが俺の体調を気にして、静かに様子を窺っているという感じだろうか。

 貴族としてのマナーではNGなんだろうが、普段であれば結構騒がしい食卓。

 その日の出来事や他愛ない会話と笑顔の溢れる我が家の食卓なのだが、あれは食事の重要なスパイスになってるんだな。

 ま、実際の所、俺の体調は全く問題は無い。

 だが、ずっと何かが俺の中で引っかかっていて、それを考えてしまっているので、黙り込んでいるだけだ。

 しかし家人一同は、まだ俺の体調が優れないと感じているのか、静かなまま食事を終え、それぞれが自室へと戻っていった。

 俺も静かに急がず騒がず、ゆっくりと廊下を寝室へと向かった。

 今日は風呂は止めようかな…そんな事を考えながら。


 巨大なベッドで1人横になって、再度あの時の記憶を辿る。

 俺は今後の呪法具開発の為、ユズユズと打ち合わせというか、話しをしていたはずだ。

 今日の予定を書き込んだメモにもしっかりと残っている。

 ユズユズとの打ち合わせが終わり、2人が執務室を退出してから、俺は気を失ったのだという事も明白。

 しかし、気を失う様な物理的衝撃を受けた後は、頭を触ったり首を摩ったりしてみたが見当たらない。

 つまりは、何らかの精神的ショックで俺は気を失ったのか、それとも内科的要因…つまりは病気とかそういう感じのはず。

 病気という方向で考えても、特に身体に痛みも無ければ熱も無い。

 締め切った部屋で酸素濃度が? いや、確かに機密性を高く創造したこの屋敷だが、換気もしっかり考えて創ったから、その心配は無いはず。

 現に何年も住んでいて、そんな事になった事も無いしな。

やはり、俺が気を失ったのは、精神的なショックが要因か?

 では、一体どんな精神的なショックが俺を襲ったというんだ?

 

 ベッドに横成り、見慣れた天井を見つめ乍ら考えていた俺の耳に、寝室の扉を控えめにノックする小さな音が聞こえた。

 嫁ーずの誰かかな? いや、この控えめな感じはミレーラか?

 ベッドから起き上がり、そっと寝室の扉の前に立つ。

 まてよ…思考に夢中で気付かなかったが、今は明らかに夜中。

 こんな夜中に、幾ら嫁とはいえミレーラが来るか? いや、来るかもしれんが…1人で?

 魔石式の照明の明かりは、限界近くまで照度を落としているので、ぼんやりと扉が見えるだけ。

 俺が逡巡している間に、再度控えめなノックがされた。

 意を決して、そっと扉を解錠し、

「はいはい、こんな夜中に一体誰か…な…」

 そっと扉を押し開くと、そこに立っていたのはユズキ。

 何故かほんのりと頬を染めて、微妙にモジモジとしてい…る?

「…ユズキ…俺にそんな趣味は無いんだ…すまぬ…」

 俺はそっと扉を閉めるのであった。


 完。


「ちょ、伯爵様! 違いますよ!」

 閉めかけた扉を、強引に引っ張り開けられた。

 心なしか、ユズキの息遣いが荒くなって…

「ユズキ、いいか…ユズカにしておけ。腐は嫁達の隠し持ってる薄い本だけで十分だ。衆道は駄目だ。ユズキは攻めも受けもいけるのかもしれないが、俺はダメなんだ…。残念だが、君の思いには応えられない。…すまんな」

俺はそっと扉を閉めるのであった。


 完。

 

「だから違うって言ってるでしょ! 僕だって嫌ですよ、男同士なんて!」

 真っ赤な顔でそう言うユズキだが、声は小さく抑えられていた。

「んじゃ何だよ…ユズカに新しい世界をグリグリ開発された報告か?」

「何でそうなるんですか! そっちの方向に考えるの禁止!」

 ふむ…どうやらユズキは正常だったらしい。

「そんじゃ、何だ…こんな夜中に?」

 俺の問いの答えの代わりに、ユズキは一枚の紙を差し出して俺の手に握らせた。

「ん? コレは…はっ!?」

 瞬時に俺は脳内にいくつかの思考を並列で走らせた。

「昼の打ち合わせの時、目覚めた時に手渡す様にと、別のメモと共に…」

 ほう、なるほど…。

「ちなみに、目覚めたというのは…まさか同性愛の事なの…か?」

「何でそうなるんですか! もういいです、メモは渡しましたからね!」

 ユズキはそう言うと、静かに自室へ向かうべく俺に背を向けた。

 ちょっち揶揄い過ぎたかな?



 手にしたメモには、たった一言こう書いてあった。

『モークシャマールガ』

 っと…。

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