第641話  ご不満でも?

 サラに良い様に弄られた俺は、泣きながらシール発生装置で設定変更を行った。

 とは言っても、発生場所の座標の変更と、規模の変更だけなんで、そんなに面倒じゃない。

 ま、もう夜だから、実行は明日にでもしよう。

 作業終了した俺は、ぽてぽてとホワイト・オルター号へと戻るのであった。 


「トール様、もう準備は終わりですか?」

 飛行船のタラップで俺を待っていた嫁~ずを代表して、メリルが俺に尋ねた。

「うん、終わったよ。後は明日の作戦決行を残すのみかな」

 これで、全ての準備は整った。

 ちょっと格好つけちゃったけど、タラップを背に、皇都を振り返る。

 あの街とも明日でおさらばかぁ…色々とあったけど、これで見納めと思うと、ちょっと寂しくもある。


 ゾンビ騒動にダンジョン発見。山クラゲのヒルコにテスカトリポカ。

 色々とあったけど、明日できれいさっぱりこの世から消えてもらおう。

 まだあちこちにゾンビは残っているけど、それも皇都の中だけの事で、数もわずか。

 そもそも皇都の外のゾンビは、ヒルコに食べられちゃってるし。

 街中に残ってたゾンビは…我が家の大魔王が大暴れしてかなりの数を倒しちゃったし…。

「トール様、我が家の大魔王って誰ですか?」

 そんな事は、恐ろしすぎて言えませんなぁ~!

 そう…大魔王とは、名前を呼んではいけないあの人の事なのだよ。

「へぇ~そうなのね。恐ろしすぎて口に出せない名前なのね、私は」

 そうそう…、ん? 私……は?

「トールちゃんが、普段どんな目で私を見ているのか、よ~~~~っく分りました」

「んげっ! 母さん?」

 振り返ると、母さんが腰に手を当て、とっても良い笑顔で立っていた。

「な、何で…いや、俺は何も言ってないぞ!?」

 そう主張したが、

「あの…トールさま…全部、お口に出てましたけど…」

 ミレーラからの追撃で、俺は撃墜された。

「さ、トールちゃん。ちょっと母さんとお話ししましょうねぇ。もちろん、二人っきりで」

 そう言って、俺の服の胸元を掴んだ母さんによって、強制連行された。

「む、無実だーーーーーーー!」

 俺を弁護してくれる人は、誰も居なかった…。 


 その後、2時間にわたって行われた、母さんのオハナシという恐怖の説教タイムは割愛する。


 げっそりと窶れた俺は、母さんに引きずられるようにして食堂にたどり着き、食事をとった。

 何を食べたのか、どんな味だったのかなんて、まるで覚えていない。

 ただ、俺の正面に座った母さんの笑顔が怖かったのだけは覚えている。

 え、他の家族はどうしたのかって?

 そんなの、自分に火の粉が掛からないように、さっさと食べて自室に引っ込んでるにきまってるだろ!

 おかげで、誰の援護射撃も無いまま、1人で大魔王様に立ち向かう羽目になったんだよ!

「あら? まだお話が足りなかったのかしら?」

「いえいえ! お母様の見目麗しく、宝石のように煌びやかで、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と表現するのにふさわしい女性であることは、このトールヴァルド、しかと心に刻みました!」

 …………無の境地になるんだ!

「そう? 分かってくれて、母さん嬉しいわ。それじゃ寝るまでもう少しお話ししましょうね」

 んげっ!?

「あら、どうかしたのかしら?」

 セーフ…危うく変な声が出るところだった…ほっ。

 ここはキリリと顔を引き締めてっと、

「いえ、喜んで、お話しのお相手をさせて頂きます!」

「そう? では、お部屋に行きましょうね…っと、その前に…扉の陰でコソコソと貴方は何をしているのかしら、ヴァルナル?」

 父さん、あんたって人は…なぜ覗き見るような事を…

「あ、あははははは…いや、ほら、もう食事は終わったのかなぁと…はははははははは」

 食堂の入口から、ひょっこり顔だけ出した父さん。

「おほほほほほほほ…安心なさって、ヴァルナル。もう2人共終わったから」

 あ、母さんの激怒メーターが危険領域に。

「で、では私は外を見回りにでも行こうかな。では、また後で…「あなた?」…はいぃっ!」

 父さん逃げれなかったね。

「この船の周囲は結界で守られてるのですから、見回りの必要なんてないですわよね?」

「そ、そうだったかもしれないかもしれないが、危険が無い事も無いかもしれないんで念の為に…」

 馬鹿だね、父さん…

「それじゃ、貴方も暇なのね。さあ、トールちゃんと一緒にお話ししましょうね」

「んげっ!」

 延焼した…ってか、その声は危険だぞ?

「何かご不満でも?」

 ほら…やっぱり…

「あはははは…そんな訳ない…だろ?」

 父さん、目が死んだね。

「では、貴方も一緒に私の部屋に行きましょう。大丈夫よ、日付が変わる前には終わると思うから」

 めっちゃ良い笑顔の母さんが、俺と父さんの手を掴んで、廊下を引きずって部屋へと向かった。


 途中で父さんが泣きそうな顔で俺を見ているが、俺にはどうにも出来ましぇん。

 ってか、俺も頭が悪い事は自覚してるけどさ、父さんは明らかに自ら大火事に飛び込んできたよね? 俺異常に馬鹿だよね?

 コルネちゃんなんて、君子危うきに近寄らずを決め込んで隠れてるってのに、何で父さんはノコノコ出て来たんだよ…。

『似た者親子だな』

 父さんが、口パクで言ってる事が分かるって、かなり辛い…。


 結局、見事に日付が変わるまで、俺と父さんは正座で母さんにオハナシをされたのであった。

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