第598話  この世界最大のピンチ

「で、文献にも残るぐらいなんだから、そこそこの数が生息してるのか?」

 あんなのが生息しているエリアに、俺は絶対に行かないぞ!

「それが…あまりにも危険な生物だという事で、大昔に世界中で大規模な駆除が行われた様で、絶滅したと考えられていた様です…アレを見つけるまでは…」

 え、んじゃ…アレって稀少生物? 

「稀少といえば稀少ですね…個体数的に見れば…ですが。記録にある様な大きさでしたら、私も研究の為に捕獲するか、エリアを限定して人工的に繁殖させるかしてみたいところではありますが…アレはいりません」

 俺も、いらんけどな。


「そもそも、何でそんな危険な稀少生物が、こんな人の多い街の近くに生息していたんだよ! 誰も発見できなかったのか?」

 思わず大声をあげた俺だったが、マチルダの答えは、

「文献によりますと、ヒルコは元々は虫類などを餌としていましたし、せいぜいが小動物程度までしか捕食しません。陽の光を避けて体組織の乾燥を防ぐのと、餌を捕食するために、小さな落とし穴を長い時間かけてそこに潜んでいます。ある程度の養分が溜まると肥大化しますが、そもそも自然界にはヒルコを好んで捕食する生物も居たそうですので、元より個体数は少なかったはずです」

 え、あんな生物を食ってる奴もいるの?

「確か…王国では数百年前に発見されたのを最後に、ヒルコの目撃情報はありませんので、絶滅したと思われていた様ですね」

 しかし、実際には生き残ってたと。 

「たまたま生き延びていたヒルコが潜む穴に、誰かが落ちたんでしょう。そしてその誰かは捕食された。もしかしたら最初の犠牲者が、ゾンビ蟲の卵を産み付けられてたかもしれませんし、次々と穴に落ちた犠牲者の中に、卵を産み付けられた人がいたのかも知れません」

 なるほどな。

 確かに下草が生えている森の中や、草の生い茂る草原に落とし穴を造られたら、落ちる奴もいるだろう。

 落ちたら毒針で動けなくして、ゆっくり捕食か…んで、体内であの蟲が増殖する。

 そんで肥大化して落とし穴よりでっかくなって、この街から逃げ出した人を捕食しまくった……最悪じゃね?

「まあ、ここで話を聞いてても仕方ないから、ちょっと全員で確認に行こう」

 ちょっと想像だけではイメージ湧かないので、ホワイト・オルター号で、上空からヒルコを確認しに行こう。

 あんまり見たくはないんだが、やっぱり直接この目で見ない事には始まらないしな。

 モフリーナを含めて全員が乗り込んだことを俺が確認し、サラがホワイト・オルター号を発進させた。


 さて、この皇都を時計回りにぐるっと周り、俺達が突入したのとちょうど反対側まで確認したが、やはり人気は一切無かった。

 そのままマチルダやユズユズが確認したヒルコの居る方へと、飛行船を向かわせる。

 ほんの数分飛んだだけで、その異様な姿が視界に入った。

 嫌でも目に入るってば、あのデカさは。

 真っ赤な半透明のゼリー状の体組織を持ち、ぬめぬめとした気持ち悪い体表のヒルコは、小山の様に鎮座していた。

 その小山の山裾からは、無数の触手がうねうねと動いている。

 ホワイト・オルター号で、周囲をぐるっと観察しがてら計測すると、地表に出ている部分だけでも直径100m以上はありそうだ。

 体高ももっとも高い部分は、地上から35mほどある。

 様々な太さの触手は、長さ10~20mほどだろうか? ちょっと正確にはわからない。

 ミミズみたいに伸びたり縮んだりしてるから、ちゃんと計測できないんだ。

 間違っても飛行船ごと捕食されたくないんで、高度は十分にとっているのだが、半透明なので内部の様子も少しは分かる。

 小山の中央部分が消化器官なのか、明らかに未消化の人と思われる成れの果ても見えた。

 さすがに、消化途中のデロデロになった人の身体を見た我が家の女性陣は、一斉にトイレに駆け込んでいた。

 あ、いやイネスとか妖精族とかモフリーナは、平気みたいだ…何でだ?

 俺でも吐きそうなのに…メンタル強えーな、こいつら。

 そして忘れてはいけないのが、体内というか体表近くの体組織の中にある無数の白い物体。

 本当はかなり小さいはずなのだが、かなりの数が固まっているのだろう…あのダンジョン蟲達だ。


 いや、おかしくないか? 確か人の身体から出て来た蟲は、俺が抓める程度の大きさで、せいぜい10匹程度だったはず。

 こんな距離があるのに、はっきりとわかる程に蟲が増えるのか?

 …いや、数万人がこいつに捕食されたのだとすると、10匹×数万人…?

 それこそおかしな事だ。

 あの蟲かゾンビに気付いて皇都から逃げ出した人々が捕食されたはず。

 蟲の卵を持っていたとしても、そんなに数は居なかったはずだ。

『大河さん…私、ちょっと嫌な想像してしまいました』

 どうした、サラ?

『あの蟲って、もしかして成虫にならなくても繁殖できるのでは?』

 はっ?

『というか、十分な栄養があれば、自己増殖出来るのかも?』

 へっ?

『あのヒルコに寄生した蟲は、ヒルコが人をどんどん捕食したため、十分な栄養を摂った』

 うんうん。

『成虫になるよりも、このままこのヒルコに寄生していた方が、養分が摂れると気付くとともに、巨大なヒルコであれば、もっと多くの蟲が寄生しても大丈夫と考えた』

 なるほど…?

『なので、仲間を増やすために…分裂したか、幼虫同士て繁殖した…』

 こわっ! きもっ! 

『そう考えないと、あの蟲の数は説明がつきませんよ…』

 いや、そう言われれば確かにサラの言う通りだ。

『あと…考えたく無いんですが、ゾンビなんてすでに寄生している蟲に養分を吸い尽くされてるはずですが、ゾンビを取り込めば手っ取り早く仲間を増やせるって考えてるかもしれません…蟲達が…』

 こりゃ、あの蟲だけは、完全に絶滅させなきゃならんようだな。


 トイレから戻って来たマチルダに確認をする。

「なあ、マチルダ。あのヒルコだっけ? あれって斬り刻んだりしたら死ぬのか?」

 だったら楽でいいんだけど。

「いえ…切り刻まれた数だけ増殖します…本体も、切られたところから、また修復されます」

 うげ! 無限増殖&無限再生付かよ!

「完全に焼くしかありませんが…何せ体組織の殆どが水分ですので、あの大きさですと焼くのは非常に難しいかと…」

 確かに小山を丸ごと一気に焼けと言っても無理だよな…そりゃ小さかったら簡単だろうけど。

「トール様…あれって、ちょっとずつ動いてませんか?」

 ミレーラが何やら言ってるけど、

「うん、うねうねしてるよね…」   

 見りゃ分るよ。

「ち、違います…あの、移動してる様に…見えるんですけど…違いますか?」

 ミレーラの言葉に、全員の声が重なった。

『なに!?』

 そして全員で船窓にへばりつき、ヒルコをよく見た。

 あまりにもデカすぎて、細かい動きとかが分り難かったが、確かに少しずつだが動いていた。

 その証拠に、ちょっとずつだが地面が掘り返され、穴が大きくなっている。

 しかも、だんだんとヒルコの身体が地表へと出て来ている様だ。

「もしかして、皇都方向へ行こうとしているのか?」

 俺が、ヒルコの進行方向へと視線を向けると、そこにあるのは皇都の外壁。

 こりゃ、サラの嫌な予想が当たってるか?

「もしかして、ゾンビを狙ってる?」

 呆然と呟いたのは、モフリーナだった。


「ちょっと待ってくれ。あのヒルコが皇都の住民を捕食したために巨大化したんだよな?」

 父さんが口を開いた。

「それであの白いのが蟲なんだろ? だったら、ゾンビを食ったらもっと蟲があいつの中で増えるのか?」

 確かに…増えるだろうな。

 いよいよ、サラの予想通りになって来たな。

「あいつがグーダイド王国までの何処かで死んだとして、あの蟲達はどうなるんだ?」

 まさか!

「もしかして、あいつの中で成虫になって、辺り一帯にあの蟲が散ったら…大惨事が起きる!?」

 ヤバイヤバイヤバイ! 

 異世界転生して最大のピンチ…ってか、この世界最大のピンチじゃないか!

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