第532話 王都に集結
アルテアン領において、最も発展した街は? と尋ねられたならば、誰もが、それは領都リーカであると口を揃えて応えるだろう。
領都リーカ自体の人口は、現在では1万人ほどと、はっきり言って侯爵家の収める領の領都としては、それは少なすぎる数だ。
しかし、それはあくまでもこの領都に住んでいる人数として数えた場合だ。
リーカの周辺には、大小合わせて15の村がある。
それらの殆どが住居用の村であり、住民達はリーカにある職場へと毎日の様に通っている。
通勤の手段はそれぞれだが、多くはアルテアンが開発し発展させてきた通勤専用の大型蒸気自動車…通称バスが使われている。
毎朝、各村へは大型のバスが次から次へとやって来て、そこで村人達を飲み込み、領都リーカの中央にある、バス停と呼ばれる巨大なバスロータリーまで人々を運び、そしてそこで人々を吐きだしている。
むろん、夕方に仕事を終えた人達が各村にある家に向かうのも、このバスを利用しているのは、当たり前の事であろう。
バスの利用料は格安と言ってもいい値段なうえ、人々が働く工房や商店などでは、領主アルテアン侯爵が推し進めた、この国では初となる交通費支給制度を採用しているため、働く人々にとって全くと言っていいほど負担にはなっていない。
この交通費支給制度に関しては、実はアルテアン領から補助が出ていて、労働力を領都の外に居住させるという政策に一役立っていたりする。
バスは働く人々だけでなく、多くの人々の日常の足としても利用されている。
領都に多くの工房や商店を集中させ、周辺を開拓して居住地を散らす手法も、このグーダイド王国にとって初の試みであったが、領民には非常に色々な面で高い評価を受けている。
しかも、これまた領主主導で建造された、周辺の村々にある集合住宅という住居は、隅々まで計算し尽くされた構造で使いやすく家賃も安い。
村自体も、金を貯めて自分の家を建てたいという人々にとって、土地が安く空気も良いと人気となっている。
アルテアン領都に行けば、必ず仕事がある。
年寄りや子供、体が不自由な者でも職に就ける。
賃金は、王国中を見渡しても、明らかに高い。
衣食に関しては、常に王国で最先端の物が手に入る。
住居は美しいだけでなく、安い賃料で使いやすく衛生的な物を借りる事が出来る。
他領と比較しても、税金は法定基準通りであり、腹黒な貴族などが治める領とは比較にもならない。
多くの冒険者や領兵によって、村々や通勤バスは恐ろしい獣や野盗などから守られ、安全で安心な領。
こういった政策がアルテアンへ人を呼び、発展は留まる所を知らない。
そんな人々の生活を支える、アルテアン領主家が直接経営している運輸商会であるアルテアン運輸は、商会主代理からの書状でてんやわんやしていた。
それは、領主の息子であり、現アルテアン領の領主代理をしている、トールヴァルド・デ・アルテアン伯爵より下された命令の書かれた内容が、飛んでも無かったからだ。
『他国が侵略戦争を起こし、我がグーダイド王国に宣戦布告をしている。
アルテアン家は、この戦争に全面的に協力し、最前線で戦う事となった。
各工房・工場は、当家の執事であるユズキによって開発された、護身の呪法具の製造を最優先で行う事。
運輸商会は、生活に必要な最低限の運航便を残して、全て兵員輸送の任にあたるため、王都郊外に集結する事。
冒険者ギルドは、全ての冒険者のダンジョン探索を一時停止し、各街や村の防衛にあたる事。
ただし、任にあたった冒険者には、当家より規定の報酬を支払う。
以上、速やかに実施する事。
トールヴァルド・デ・アルテアン領主代理 』
要約すると、こんな感じの内容だった。
今では領内の通勤バスだけでも58台もある。
フル稼働させて、やっと通勤の人々を捌く事が出来るというのに、それの殆どを止めなければならない。
運行管理部署では、ギリギリ運行出来るバスの数と、それによって出来る余剰台数を、全員で必死に計算していた。
もちろん、この運輸商会は物の輸送の為の大型のトラックや長距離を走るバスも運用しているので、それらを止めた時に人々の生活に与える影響が最小となる様、取引先だけでなく多くの所と交渉・折衝を行っていった。
トールが決戦の地へと赴く前日の事だった。
アルテアン運輸の運行管理部が苦労に苦労を重ねて、何とかひねり出したバス32台、トラック43台、運転手は実に179名が、ずらりと王都の正門前に集結した。
「諸君! 日々多くの人々の生活に欠かせない、生活の足として働いてくれている、諸君! 皆には、心からこの子の言葉を贈りたいと思う。本当に、ご苦労様」
王都の正門前に集結した大型の蒸気自動車を、遠巻きに眺める多くの人々を前にして、俺はずらりと並んだ運転手へと深々と頭を下げた。
「今より諸君には、昼夜問わぬ非常に厳しい任務にあたって貰わねばならない。それはこの王都からアーテリオス神国までを、人や多くの物資を往復で運ぶという、非常に厳しい任務だ」
普段から車を転がす運ちゃんにとって、それは当たり前の仕事なのかもしれない。
しかし、俺はだからといって、適当に仕事を割り振るのを良しとはしない。
「諸君らも知っていると思うが、我々の愛すべきこのグーダイド王国は、他国の侵略を受けようとしている。それを指を咥えて見ているアルテアンでは無い! 私を含め、一家は全員が最前線に身を投じ、敵を叩き伏せる!」
我が家に女性が多い事は、アルテアンでは誰もが知っている。
そのアルテアン家の女性もが最前線で戦いに身を投じると、領主代理が宣言したのだ。
集まった運転手が騒めくのも当然だろう。
「諸君が我々を案じてくれている気持ちは、良くわかっている。だが、安心して欲しい。今、我が領で製造が始まっている新型の呪法具は、我が一家だけでなく多くの兵を救うだろう。もちろん、我が愛する妹達や妻達も、それらによって守られる」
さっきまでの緊張した空気が、少しだけ緩んだ様だ。
「そして、このトールヴァルドには、水と生命の女神ネス様がついているのだ。ネス様は、こう仰られた…持てる力の全てをもって、敵を撃退せよ…と」
おおおおおおおおお!!! 地を震わせるほどの歓声が沸き上がった。
運転手だけでなく、遠巻きに俺達を見ていた人々からもその歓声は沸きあがり、王都を震わせた。
「この戦…ネス様の名にかけて…そして、英雄たるヴァルナル・デ・アルテアン侯爵の名にかけて…そして、このネスの使徒たるトールヴァルドの名にかけて、必ずや勝利へと導こう!」
わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
もの凄い声援だ…が、それを手を静かに上げる事で抑えた俺は、
「掛けがえのない家族、恋人、友の為、幸せな日常を取り戻すため。そして多くの領民を預かる領主代行として、私は数日中にでも決戦の地へと向かう。私達が最前線で安心して戦えるよう…諸君に力を貸して欲しい。どうか、こうの通りだ…」
テンションMAXな運転手や観衆は、もう国が揺れるかという程の歓声をあげて、それに応えてくれた。
ぐっふっふ…この盛り上がりなら、間違いなく思った通りに働いてくれるに違いない。
王都城門前での大演説は恥ずかしかったが、これで王都の住民達にもばっちりアピール出来ただろう。
色々と今後は動きやすくなりそうだ…ぐっふっふっふっふ…
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