第508話 痛みを刻んで…
さて、午前中は色々とアクシデントもあったが、お昼からはのんびりタイム。
もちろん昼食は、家族に大好評だったバーベキュー。
人魚察達が新鮮な海の幸を、ドワーフさん達が色々な食材を提供してくれた。
騎士さん…人魚さん達に魅了されてメロメロだけど、紹介しようか? 街にもいっぱいいるけど、お1人どう?
ドワーフさん達、差し入れは有り難いんだけど、きっとその漬物は誰も食べないと思う…あ、ユズユズ達が食べるかな?
ワイワイガヤガヤと立食形式ではあったが、騎士さん達もたらふく食べて満足してくれた様だ。
大体、騎士さん達にはお小遣いも渡してるんだし、温泉リゾートでケ〇の毛までむしり取るつもりだったのに、アテが外れてしまった…あとで父さんに請求しよ。
もちろん我が家族も食べ過ぎて砂浜に打ち上げられたトドの様になっていた。
かく言う俺も、もう腹がはち切れるかというぐらいには食べまくった。
ここの所、ダンジョン大陸で、誰を残して誰を消すかとか、殺伐とした事ばかりをやって来てたから、こういったのほほんと楽しめるイベントだとどうしても箍が外れる様だ。
砂浜に横になって、はち切れんばかりに膨れた腹を撫でさすりながら、皆の様子を眺めていると、
「トール…今、ちょっといいか?」
そう言って、父さんが横に座って来た。
「ん? どうしたの?」
俺は顔だけ父さんに向けて、諒承の意を表すと、
「あの騎士達を見て、どう思った?」
ああ、なるほど。騎士達の練度とかの事を言ってるらしい。
「うん、戦争には連れて行けないね」
まあ、公の場では言い難いが、はっきりと言っておいた。
間違いなく、戦闘になったら足手まといだ。
「まあ、そう言うだろうとは思ってたよ。父さん、王国の軍務大臣補佐になって、騎士達や兵達の訓練を見て周ったんだけど…まあ、あの程度なんだよ…」
いや、それはどうなの?
「でもさ、父さんクラスの能力持ってる人だっているでしょう?」
父さんだけが突出した能力持ってるとも思えない。天然チートではあるだろうが、それでも王国で父さん1人とも思えないし。
「いや、そりゃ父さんぐらい強いのも居るし、もっと強い奴だっているさ。だが、そう言ったのは、もう役職についてるんだよ」
まあ、そうだろう。強い奴ほどこの世界の軍部では昇進する仕組みらしいし。
でも父さんみたいに、平民から侯爵まで上り詰めた人も居ないだろうけど。
「ああ、そりゃそうか…で、何であの騎士達を連れてきたの?」
「いや、陛下が護衛に連れて行けって言ったのもあるんだけど、戦争前だし直属の部下だからちょっと鍛えようかと思ってな。付け焼刃かもしれないが、若い奴は死なせたくないってのもある」
はぁ、なるほど。
「それにな、大体の奴らは戦争を経験してないんだよ。この前の神国との戦争だって、結局はお前が誰も傷つ付けずに、剣すら交える前に終わらせただろ?」
「ああ、うん。何かまずかった?」
「いや、その結果には満足してるし、陛下だって褒めてたじゃないか。お前は成すべきことを成しただけだ。だから、何も問題はない…ただ…」
奥歯にものが引っかかった様な物言いだな…
「ただ?」
苦虫を噛み潰した様な顔って、今の父さんの顔の事だろうな。
「騎士も兵も戦争を舐め切ってるんだよ。戦争ぐらい、行って脅して神罰が下れば終わるだろうってな」
それは俺も予想だにしない言葉だった。
「俺達が、戦争の最前線で戦ってた時は、昨日一緒に酒を呑んだ奴が、今日は物言わぬ骸になってるなんて、日常茶飯事だった。戦争の怖さを知ったうえで、それでも前に進み剣を振らなければならない日々だった。泥水を啜ってでも、前に前に…な。今の若い奴は、そんな戦争を知らない。だから訓練も怠慢になるし、力だって伸びない。ただ騎士の揃いの鎧を着ただけで、自分は強くなったと勘違いする奴らばかりだ。あいつらは…いや、今の王国のほとんどの騎士も兵士も、痛みを知らない」
俺は、じっと父さんの話を聞いた。
「このままじゃ駄目なのは、部隊を預かる隊長達だって十分にわかってる。トール…」
「ん?」
どうした、父さん。
「今度の戦争。出来れば少しの間、前線には出ないでくれないか?」
「それは…いいけど…いっぱい死ぬと思うよ?」
少しの間でも、俺達が前に出なきゃ、死ぬ奴が増えるだけだぞ。
「ああ。それは重々承知の上だ。その上で頼む、7日…いや、10日だけでも、最後方でじっとしててくれ。これは陛下にもすでに許可は貰ってある」
「陛下が?」
許可したってのか!?
「ああ、もちろん陛下から許可を貰っている。戦争に赴く若い奴らの中には、大勢命を落とす者もいるだろうが…それでもだ」
……俺は、それをただ見てるだけか。
だけど、父さんの言いたい事も何となく分かる気がする。
「痛みを知れって事?」
「そうだ。この機に、戦争という物の…戦いという物の痛みを知って、それでも尚、前に進む精神をあいつ等の中に刻みこみたい。本当はあいつらの手で勝利を掴み取らせてやりたいが、今回はどう考えても人数的に無理だろう。だから、最後はお前に頼む事になるかもしれない。いや、お前だけじゃない…お前の妻達や使用人、コルネやユリアにも、妖精族の方々や、女神様にも頼る事になるかもしれない…が、それでも最後には敵を…いや、そうじゃないな…」
苦しそうな顔で、言葉を選びながら、それでも父さんは俺に頼った。
「勝たなくても良い。心と体に痛みを刻んだ奴らを、助けてはもらえないだろうか。きっとそれがあいつ等の糧になり、いつかこの国を背負う騎士となるはずだから…。色々と我儘だし好き勝手な事を言っている自覚はある。きっと何人も命を落とすだろう…だが、どうか…トール…この国の将来を思うのであれば…」
もうほとんど泣きそうな顔の父さんを、俺はじっと見つめた。
「分った。俺達の力が必要な時は、何時でも声を掛けてくれていいからね。すぐに最前線に行ける様にホワイト・オルター号で10日間は待機する」
いつでも最前線に飛び出していけるようにだけは準備しておこう。
「ああ、感謝する」
「でも、最前線に飛び込んだら、誰も家のメンバーは誰にも止められないよ? それに女神様達もしびれ切らしてるだろうから、神罰はとんでもないのが落ちると思うけど、覚悟はいい?」
俺が冗談交じりにそう言うと、
「もちろんだ。その時は父さんも行くからな。2人で最前線で大暴れしてやろうぜ!」
「だから、2人じゃないって。敵さんにアルテアン一家の底力を見せつけるんだよ! そんで、グーダイド王国に喧嘩を売った事を、死ぬほど後悔させてやろう!」
さっきまでとはうって変わって、父さんの顔は晴れやかな笑顔になり、俺と2人で笑い合う声は、大海原だけが聞いていた。
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