第49話 麗華月に行く8、二日目


 一方こちらは、麗華と代田。


 アルコール耐性が異常に高い二人の酒盛りさかもりはお酒が無くなったことでお開きになってしまった。


 二人ともアルコール耐性は高いが酔わないわけではないので、気分よくそのまま就寝することもできた。とくに、代田の場合一年365日、寝ていてもどこかの意識はめているようで、熟眠することはないのだが、まさに安全を絵に描いたようなAMR。そのホテル内で、数十年ぶりに熟眠することができたようだ。


 翌朝早くから目覚めた二人は、この日もホテル最上階のレストランで朝食をとることにした。


 係りの者に案内され席について、適当に朝食を代田が注文する。


 麗華は、食事に関して好き嫌いはないので、基本食事のオーダーなどは何も言わず代田に任せている。


 しばらくして、料理が運ばれてきた。


「いただきます」


 二人して、箸をつける。代田の注文した今日の朝食はオーソドックスな日本食だった。それに、トマトましましの野菜サラダをつけている。自宅での朝食とそれほど大差はない。


「そういえば、わたし、昨日きのう初めて本格的にお酒を飲んだのだけれど、話に聞く二日酔いとかそんなものは全くなくて、いつもと変わらず体調は絶好調のようなのだけれど」


「それは、ようございました。お酒に弱い方ですと、将来ビジネスで苦労いたしますが逆にお酒に強ければ強力な武器となり得ます。さすがはお嬢さま、法蔵院を背負って立つときが待ち遠しいですな」


「その時は、代田は筆頭執事だものね。フフフ」


「そうでした。ハハハ」


 二人して悪代官と御用商人ごっこをしながら朝食を食べていると、


「お嬢さま、いまレストランの入り口の方からスーツケースと一緒の女性がボーイさんに席に案内されているのですが、私の目にはその女性が琴音殿のように見えるのですが」


「代田、わたしも気づいてるわ。じろじろ見ちゃダメよ。こっちに気づかれないように下を向いてましょ」


「は、はい」


 なんとか事なきを得た二人は、これからここでお茶でも飲んでいようと思っていたのだが、急遽、琴音の方に顔を向けないようにして、自室に帰って行った。




 無事帰り着いた自室で、代田の用意したコーヒーを飲みながら、


昨日きのうは人違いかもしれないと淡い期待があったけれども、やっぱり琴音さんだったわね。スーツケースを持っていたから今日きょう早い便で日本に帰るようだから良かったわ。でも、どうして荷物を預けず持ち歩いていたのかしら?」


「よほど大切なものが入っていたのでしょう」


「どうして、そんな大切なものを旅行なんかに持ってきたのかしら?」


「まあ、琴音殿ですから」


「そうね、琴音さんだものね」


 すべては、琴音だからで片付けられてしまった。さすがに、手錠がスーツケースから外れないのでそのまま運んでいるとはお嬢さまも想像できなかったようだ。



 9時から予約していたアポロ着陸地点、『静かの海』への観光クルーズへ出かけるため、麗華たちはかなり早いが30分前にはホテルを出て空港へ向かった。麗華の頭の中ではすでに琴音は日本に帰国してしまい、月にはいないことになっている。そのおかげで随分ずいぶん気が楽になっている。


 空港内の案内を見ながら観光クルーズ用の小型宇宙船の搭乗口へ向かう二人。もちろん、誰かと違って道に迷うようなことはない。


 完全予約制の観光クルーズのため、なにも用意せずとも生体認証でゲートは通過できる。チケットは発行されてはいるが本人の備忘びぼう的意味合以上の意味はない。逆にチケットを他人に譲渡しても記念品以外の意味はないともいえる。



 観光クルーズ用の小型宇宙船はAMR宇宙港から『静かの海』まで比較的低速の時速350キロほどで約1時間をかけて到着する。アポロの着陸船の発射台等が今も残っている周辺をゆっくりと一周し、また1時間かけて、全行程2時間半ほどで空港に戻ってくる観光コースとなっている。


 小型宇宙船とはいっても船内には、飲食コーナーなども設けられており、快適な時間が過ごせるように工夫されている。


 とはいうものの、ここに、辛口のお嬢さまがいた。


「なんだか、よく言って前衛的オブジェ、普通に言うと、あまりぱっとしないシャビーな骨組みの何か。わたしにいわせるとただのガラクタが地面の上に置いてあるだけ。あまり面白いものではなかったわね」


「お嬢さま、こういったものは、わたし『見てきた』と言えることが大事でございまして、内容など二の次でよろしいのです」


「代田のいう通りね。中身が有ろうが無かろうが、ブランド物にはブランドという見えない価値があるのと同じね」


「そういうことでござます。わが法蔵院グループもそのおかげで商品価値以上の価格設定をすることができるわけですから」


「それには、長年の実績のほかに、広告宣伝費のようなそれなりのコストもかかっているけれど、広告宣伝費なんかはユーザーや消費者にとっては無駄なコストでもあるわよね」


「お嬢さまのような経営者がそこのところをコストと考えるか投資と考えるかで多少は違うのかもしれませんなあ」


「わたしは、どうももう少しうまいお金の使い方があればいいのにと思うのよ。言い方を変えると、広告宣伝費が宣伝効果に対して異常・・に高いと思っているの。同様の効果で安く済めば、消費者とわれわれでWIN-WINでしょ?」


「そうは言っても、広告宣伝業者を筆頭にそういった業界も生きて行かなくてはいけませんし、われわれが支払う広告宣伝費で製作されるようようなコンテンツが、消費者から見て無料のコンテンツになるわけですから、広告宣伝費を多少価格に上乗せしても、必要なコストだとユーザーや消費者の方々もご理解してくださっていると思いましょう」


 観光宇宙船の中で話すような内容ではとてもないが、二人して観光そっちのけで議論を続けている。



 結局午前中を観光クルーズで潰してしまい、空港に観光宇宙船が帰り着き、二人が空港のロビーに降り立ったときには、昼近くになっていた。


 空港にもレストラン街があり、ショッピングモールもあるのだが、やはり、空港の外で食事をしようということになり、空港前の大通りから一筋ずれた通りのお店に入ることにした。結局選んだお店はそば屋だったので、日本にいる時とそんなに変わり映えはしない。エビのかき揚げの付いたざるそばだったが、大きなかき揚げに大きめのエビがかなりの数が入っていた。当たり前だが消費税もないし、値段は驚くほど安かった。


 日本政府は、AMR用に輸出された、日本国内で製造されたすべての物品について、免税対象としているため、AMR内ではかなり物価は安いのだが、それでも気にして値札を見てみると思った以上にいろいろなものの価格が安い。


 麗華たちは午後からの予定を特に立てていなかったため、昼食後は、お土産屋をまわり、屋敷のみんな用のお土産に梅干しクッキー数箱と、人数分の月の石の置物などを買っている。もちろん、父法蔵院正胤ほうぞういんまさたねへのお土産も欠かさない。ちなみに、正胤へのお土産は、月の石で作ったネクタイピンとカフスボタンのセットだった。よく見ればただの石にしか見えないものなのだが、『月の・・』と一言つくだけで、地球ではプレミアムがついてしまう。世の中そういうものだと、麗華も割り切っている。




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