第58話

「お魚とお肉、どちらが好みですか。何でしたら両方ありますよ」

 理沙ちゃんに内職をお願いして拠点から外れてもらった私は上村くんを招きます。

 もちろん自分の目的を果たすため、彼の存在を理沙ちゃんには認知させません。


 上村くんと繋がっていた、なんてところを目撃すれば、さすがの理沙ちゃんでも私への信頼が揺るぎ始めることでしょう。

 田村の言うことは本当だったんだ、とあっち側に付いてしまうかもしれません。

 もちろん天才の結衣ちゃんはそんなヘマはしません。


 変わり果てた上村くんと遭遇した頃には最低限の暮らしができる環境が整っていました。

 雨風しのげるテントに竃、水、また食料等調達のため石斧に弓矢、もりなど。

 理沙ちゃんの頭にはミジンコ程度の脳みそしか入っていませんが、運動神経は抜群でした。短距離走や走り高跳びは全国レベルとのこと。


 天は人に二物を与えないなんて言葉があります。一物かどうかは不明ですが少なくとも一芸は与えてくれていたようです。神様に感謝です。

 おかげでバカと過ごすストレスも緩和されるというものです。なにせ野生動物や魚などの調達は理沙ちゃんがやってくれるのですから。


 そんなわけで彼女が獲ってきた魚や動物肉の燻製を差し出します。

 上村くんは訝しげなではあるものの、飢餓感に襲われていたのでしょう。

 串に刺さった焼き魚をジロリと睨め付けたあと、はふはふとかぶりついていきます。


 餌付けしている気分です。

「……お前、本当に何者だ。よくこの腕を見て取り乱さずにいられるな」

 そう言って上村くんは目も当てられない左腕を見せつけてきます。


 ところどころ腫れているだけでなく、変色も始まっています。爪と牙にえぐられた跡も残っています。それを視認したとき、彼は長くは保たない、放っておいても衰弱するだろうと判断しました。


 しかし真っ黒くろすけの私、結衣ちゃんはどうにか彼を利用できないか考え始めていました。

 というのも私には殺したい人間と身も心も欲しい殿方がいます。

 その二つの目的を果たす上で上村くんの存在は渡りに船でした。野垂れ死にだけはやめて欲しいと思ったわけです。


「これをどうぞ」

「包帯と……こっちはなんだ?」

「消毒液です」


 私は上村くんに包帯とエタノールを手渡します。

 この島には私たち以外に外部の人間が漂流しています。

 その方は手にバックを持っておられました。そこにはこの島では絶対に手に入らない貴重な物資が入っていました。包帯、エタノールなどの救急バック、銃などがそうです。その他にも面白そうなものがいくつかありました。それらを視認したとき私は神様から後押ししてもらったのだと信じることにしました。


 本当なら包帯を巻いて差し上げたいところですが、腕には膿が出ているところもあります。

 変な病気をもらっても厄介ですからね。

 あまり気分の良いものではないでしょうが、投げるようにして上村くんに渡しました。


 驚いたのは上村くんが瓶の蓋を口で開け、なんの躊躇もなく腕にふりかけ、すぐさま包帯を巻き始めたことです。

 さすがにそれを見たときは、男らしいと思いました。まあ半分はバカなのか、とも思いましたけど。けれどこれは誰でもできることではありません。


 性格を偽っていた女子生徒から差し出されたものを疑うこともなく使用するというのは頭のネジが外れている人間にしかできないことでしょう。

「……で? てめえは何がしたいんだ。いいかげんそっちの腹も明かせよ大原」


 上村くんの目はもはや人科を超えた何かでした。野獣、とでも表現すればいいでしょうか。少なくとも私と同じ側になっていました。まともではありません。

 ……ですが、楽しくなってきました。


「上村くんは司ちゃんと理沙ちゃんなら前者の方が好みですか?」

「あアん?」

?」


 私は早速本題に入ります。

 もはや正体や本性を隠す必要などありません。

 上村くんの言葉を信じる人などもうこの世には一人もいないんですから。


「……驚いた。お前、理沙とは親友じゃなかったのか?」

 私の目的を感じ取った上村くんは目を細めながら私の顔を伺います。

 学校生活ではそれなりに仲が良さそうに見えますから仕方がありませんね。


「女の子というのは上っ面と内が反対でも生きていける生き物なんですよ?」

ニコッと笑顔を浮かべます。淑女の笑みです。

「怖えな……おい」


「いたいけな少女になんてことを言うんですか」

「どこがいたいけだ。だが残念ながらお前の役には立てなさそうだぜ?なにせもう機能が停止してんだからな。もう少し早く正体を明かしてくれればウェルカムだったんだが」


 機能が停止。やはりあの腕の後遺症でしょうか。まああれだけの傷が負っていたのです。

 何か良くない病気をもらっていても不自然じゃありませんね。

 ……近付いて包帯を巻かなくてよかったです。


「そうですか。たしかにそれは残念です。では話題を変えますが、田村くんとの決着は付いたんですか?」

 話題転換に上村くんは殺気を放ちます。

 わあ怖い怖い。さすがの私でもいつでも動き出せるよう目が離せません。


「もしも田村との死闘を邪魔するようならここで殺す」

「邪魔するつもりだなんて……違いますよ、違います。むしろ万全の状態で挑めるよう上村くんをサポートさせていただきたいぐらいなんですから」


「――見返りはなんだ?」

「私は田村くんが欲しいんです」

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