第34話
突然のレンガ作り競争に巻き込まれた田村ハジメは戸惑いを隠せない様子。
(……村間先生はまだわかる。多分、お姉さん風をふかせて俺を揶揄うつもりなんだろう。「ほらほら。お姉さんのほっぺに熱い口づけを――」とか言って迫ってくる光景が目に浮かぶ。けど黒石の思惑が全く分からない! まさか、ほっぺにキスをされたがっているのか……?いやいやいや、ないないない! だってあの黒石だぞ? どんな心境の変化だよ)
「ちなみに俺が勝った場合はどうするんです?」
「私たちと一緒だよ? 君がほっぺにチューして欲しい人を選ぶの。私か黒石さんを」
アヒル口で言う村間。口先を突き出し強調するあたりがいやらしい。
「加代先生はそれでいいかもしれませんけど司は快く思いませんよ」
「んー? だったらお姉さん一択になるだけじゃないの?」
「いや、あの……」
できれば辞退も考慮して欲しいのですが。
田村がそう訴えようとすると、彼の袖が引っ張られる。
慌てて振り向くと、
『構わない』
そこにはそう書かれたボードを太ももに乗せた黒石の姿が。
「なんでだよ⁉︎」
『覚悟はできている』
「いやだからなんでだよ⁉︎」
田村には黒石からよく思われていなかった時期があり、それを自覚している。
彼女のピンチに駆けつけたことや看病したことはあれど、それで惚れられた――などと考えるほど彼は単純ではなかった。
なぜなら田村にとって黒石にやってきたことは当然だったからである。
下心など一切なく、すべきこと、やるべきことをしたに過ぎない。
よって発言の真意を読み取ることができない。
故に黒石はこれから猛アピールをかけることになるが、惚れられた概念がない田村がそれを認識するのはもっと先の話である。
『絶対に負けられない戦いがそこにはあるから』
「日本サッカー応援宣言⁉︎」
知識が豊富な田村。黒石が放ったそれを見事にジョークとして処理する。
『ハジメはキスして欲しくないのかしら?』
一方、アピールが上手く機能しない黒石。やや不機嫌面である。つり上がった目がさらにつり上げる。
「いや、そんなことはないけど……」
『なんならハジメが勝ったとき私を選んでくれたら唇にしてあげてもいいわ』
「「なっ……!」」
挑発的なそれに田村と村間の息が止まる。
「ダメよそんなの!」
『たしかに村間先生は教師という立場があるからマズいわよね』
「ぐぬぬっ……」
(えっ、ぐぬぬっ……?)
『けれど、私とハジメは学生同士。何も問題はないわ』
「問題しかないよな⁉︎」
ここで田村は間違った方向に思考する。
もしかして黒石司は無理をしているのではないか。
これから三人で生活する以上、役に立たねばならない、みんなに合わせなければいけない、そう思い込んでしまっているのではないか、と。
彼女の身に起きたことを考えれば田村がそう読み違えるのも無理はない。
「おっ、おい黒石。無理はしなくていいからな?」
『名前』
「はい?」
『私のことは名前で呼びなさい』
「えっ、ええー……」
もはや会話が噛み合っていないと判断した田村は不毛なやり取りを終わらせるべく、
「それじゃ俺が勝ったときは辞退する」
「はっ?」『はっ?』
「のはあり得ないな。うん。あり得ない。いやー、ないわ。辞退とかないわー」
絶対零度の視線で凍りついた田村は光の速さで前言撤回。
ここで彼はまた思い違いをしていた。
言うまでもなく田村はモテとは程遠い生活を送っていた。
だから女のプライドを傷付けてしまった。そう解釈してしまう。
まさか『意中の相手から私を選んで欲しい』という乙女心が潜んでいることなど思いもよらない。
(……もしかして俺の知らないところで女の闘いが始まっているのか? これってこの島で役立つ存在がどっちなのかを決めようとしているんだよな? いや、気持ちは嬉しいよ? やる気になってくれているのは本当に嬉しい。けどこれから俺たちは協力して暮らしていくんだし、そこに優劣や順番なんて必要ないわけで……)
田村ハジメは熟考する。
(なんとかしてそうじゃないってことを伝えてやりたいが……いや、待てよ。一つだけあるじゃねえか。俺が二人のどちらかを選ばずに、それよりも大切なことを説くことができる方法が!)
☆
田村ハジメはハイスペックである。
泥レンガ作りが始まるや否や、それはすぐに発揮された。
結果、あり得ないことが起きていた。
「それじゃいま作っているレンガで最後にしましょう」
約一時間。レンガ作りの終わりを宣告する田村。
「えっと、加代先生が13…14…15個です。あれだけの時間でよくここまで作りましたね」
「私、失敗しないので」
どこかで聞いたことがある台詞に苦笑いを浮かべながら黒石のカウントに入る田村。
「あれ……もしかして15個⁉︎ えっ、同数ですよこれ!」
などと、驚いてみせる田村だが、見るからにわざとらしい。
ちなみに彼の泥レンガの数も15個。
しかし偶然であるはずがない。これにはカラクリがある。
田村は泥レンガを作る傍ら、常に村間と黒石の数を注視。
彼女たちが一つ作成するのにかかる時間を観察しつつ、制限時間内に出来上がるであろう数を逆算。
もちろんレンガの作成過程には泥や水の補充も必須。
不確定要素もある中で正確な数を計算式で導くことは不可能である。
しかしそれでもおおよその数字を把握した彼は同数になるよう裏から手を回していた。
彼女たちの目を盗みつつ、余分に作った
泥レンガの作成、制限時間後に出来上がるであろう数の把握、村間と黒石の観察、作成時間の計測、彼女たちの視線をかいくぐり泥レンガの調節etc……。
簡単そうに見えて意外とマルチタスクのそれをいとも容易くやり遂げてしまう。
まさしく世界一無駄なハイスペックぶりだっただろう。
しかしツメが甘い。
隠し事をしている罪悪感からか、演技が棒読み。
これではいくら彼女たちの目を盗み数を調整したところで意味がない。
やがて田村は因果応報を身を以て思い知ることになる。
彼の異変に気が付いた村間と黒石は顔を見合わせ、互いに頷くと、
「いやー、まさか全員が同じなんて。こんな偶然あるんだな」
わざとらしい田村の横をすり抜けて彼の泥レンガを一つずつ持ち上げる村間と黒石。
やがて彼女たちはそれをおもいっきり地面に叩きつけ、
「あれ、再確認したらハジメくんのレンガが二つ少ないよ? ということは私と黒石さんの勝ちってことだよね?」
「いや、あの……さすがにそれは卑怯なんじゃ……」
『私と村間先生の勝ちよね? ハジメ』
「えっと、でもお二人さんいま俺のレンガを破壊しましたよね? えっ、しましたよね?」
「いいえ」『いいえ』
「嘘だッ!」
「ほっぺのキスはハジメくんを所望するわ」『同じく』
「いっ、イカサマだ! 酷いよ! こんなの無効だよ!」
「ハジメくんが言える立場なのかな?」『ハジメが言える立場かしら』
まさしく自業自得。
このあと彼には人生で初、異性へのほっぺにチュー(それも二人も!)が待っていた。
(結局こうなるの⁉︎ なんでだよ!)
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