第12話

 森の中で黒石たちを見つけた俺は気が付けば走り始めていた。

 よせばいいのに。そんな言葉が世界の外側から聞こえた気がしたが、反射的に駆けつけていた。


「黒石!」

 声を張り上げると黒石たちはすぐに俺の方に振り向き、

「「……はぁ」」


 息ぴったりのため息。黒石と香川だ。

 面倒なやつに見つかってしまった。おおかたそんなところだろう。


 だが、それはお互い様。

 そもそもこっちは嫌な顔をされるのが分かっていて声をかけたんだ。

 これぐらいのことで心が折れるならはなから話しかけていない。


「お前らなんで森の中を……というか上村と中村はどうしたんだよ」

「はぁ? なんでそんなことあんたに答えなくちゃなんないわけ? しっ、しっ。目障りだからさっさと消えてくれる?」

「そうはいくか。答えによっちゃストーカーだと罵られようが着いていくぞ」


「いい加減にしてもらえるかしら。私たちの気を引こうとしても無駄よ。むしろ必死過ぎて気持ち悪いわ」

 なぜ俺がここまで必死なのか。その答えはいたく単純だ。


 ――


 というのも俺はこの島に漂流してからできるかぎり最悪の場合ケースを考えることにしている。

 例えば。この島に逃亡犯が隠れ住んでいた場合はどうだろうか。

 それも殺人者や――が。


 そんな可能性はない。どうして言い切ることができる?


 だからこそ村間先生には洞窟でジッとしていて欲しかったんだ。

 無闇やたら出歩くよりは、最悪の可能性を下げることができるから。

 けれどその危険性を感じているなら女性一人残して探索している是非も問われる。


 むろん俺だって先生を一人になどしたくない。

 だが、どれだけ脳みそを振り絞ろうともリスクはゼロにできない。


 仮に逃亡犯が複数犯いた場合、足場の悪い中で村間先生を庇い切れる保証はない。

 はぐれてしまい遭難だってするかもしれない。そうなれば餓死や水分不足による衰弱死が待っている。

 さらに森の中は危険生物との遭遇だってありえるわけで。


 だからこそ俺は洞窟を探す際と森を探索する前にできるかぎり沿岸沿いに注意を払った。

 視線や殺気の確認だ。


 そして、村間先生には俺が森を探索している間に拾って来て欲しいものの一つにナイフやガラスなどの鋭利な物を伝えてある。


 もちろん護身が目的だが、村間先生はきっと包丁代わり――これからの無人島生活に使うつもりで俺が言ったと思っているだろう。


 これがありとあらゆるリスクを総合的に勘案して導き出した最善だ。今の俺にはこれぐらいの判断が限界だ。

 だが、目の前の黒石らと来たらどうだ。

 まだ渇ききっていないシャツは透けている上に、大胆に脚が露出するほど短いスカート。


 犯罪者どうこう別にしても軽率な格好だ。

「……ちょっと。どこ見てんの? マジきっしょいんだけど。ぼっちでムッツリとか生理的に無理なんですけど」

 俺の視線が性的なものだと勘違いする香川。腕で胸元を隠すように後ずさる。


 思春期の男が全員、女をそういう目で見ていると思ったら大間違いだぞ。

 とはいえ、説明に言葉が詰まる俺。

 なにせこの島に犯罪者がいるかもしれないなんてのは俺の最悪の想定に過ぎない。


 それをバカ正直に打ち明けてこいつらの不安を煽るのもやはり違うと思うわけで。

 あーもうクソッ! どうして俺は俺のことを嫌っている女のために悩まされなきゃならんのだ。理不尽、不合理、不条理にもほどがあるだろう!


「ほらっ、いくわよ理沙、結衣」

 俺の悩みなどいざ知らず。

 黒石は香川たちの腕を引いて歩を進めようとする。


「待てっ!」

 反射的に黒石の手を掴む俺だったが、

「触らないでっ!」


 まるで生ゴミにでも触れてしまったかのような拒否。

 光の速さで俺の振り払った黒石はつり上がった目をさらにつり上げ、不快感を隠さない。

 勘弁してくれよ……これじゃ完全に俺が性犯罪者みたいじゃねえか。


「うわ。どさぐさにまぎれてツカサの手を握るとか、ほんと最低なんだけど。死ねっ! 結衣もほらっ、黙ってないで言ってやりなよ」

「うっ、うん。わっ、私もボティタッチはダメだと思うよ田村くん」


 こっちだって好き好んで触ったわけじゃねえんだよ!

 お前らは絶対に信じねえだろうが、下心なんて一切ねえっつーの‼︎

 てめえらが他人ひとの話も聞かねえでどっか行こうとしたから苦肉にも触れちまったんだろうが!


 まあここで本心をぶちまけたら喧嘩になって終わりだから言わねえけどな!

 俺は深呼吸で怒りを沈静させる。

「分かった。今のは悪かった。認める。俺に非があった」


 なんと黒石の瞳がうっすら潤んでいる。

 嘘だろ⁉︎ そんなに嫌だったのか⁉︎

 なんかもう俺が泣き出したいわ!


「よし。なら取引をしよう。それも黒石たちに得しかない取引だ」

「はあ? 司にセクハラしといて何言ってんの? いいからさっさと失せろっつーの!」


 どうでもいいけどギャル(ヤンキー)の怒声って萎縮するから全力でやめていただきたい。

 とはいえ、ここで日和っちまったら話しかけたこと自体が全て無駄になる。

 俺はなりふり構わず続ける。


「黒石たちが探しているのは水だろ? いや、食料か? それなら俺が人数分を用意してやる。だから今日のところは上村たちのところに戻って――」


 ――パチンッ。


 と音がした。だがその音の出所がわからない俺は呆然と立ち尽くしていた。

 何が起こったのか脳の整理が追いつかない中、頬にジーンと広がっていく痛み。


「聞こえなかった?消えろったの。しつこいんだよ」


 ゆっくりと頬に触れる。

 ああそうか。平手打ちをされたのか俺は。


 森の中を女子高生だけが探索。

 俺にとっては是が非でも止めにかかりたい。

 だが、黒石たちの背中はどんどん遠くなっていく。


 やがて香川は黒石の肩に手を置き、振り向きざまに親の仇を見るかのような目で睨まれた俺はそこで完全に動きが停止してしまった。体も心も。

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