第11話
……シェルターと火は大丈夫として問題は食料、いや水か。
メラメラと燃え上がる焚き火を見つめながら俺は思考にふけっていた。
人間の身体(この場合は村間先生と俺)は体重の六十〜七十%が水で満たされている。
水を摂取することなく生き延びられる期間は長く見積もっても五日。
つまり水の確保が急務。
いずれにせよ俺が取るべき行動は最善を選び続けること。
差し当たっては、
「先生一ついいですか」
「ん? どうしたの?」
「服が乾いて身体が温まったら今度は汗をかかないようなるべく火から離れてください」
「うん、分かった」
「それと俺が戻るまで無闇に出歩かないこと。退屈かもしれませんが、できるかぎりジッとして待っててもらえますか」
「ちょっ、ちょっと待ってよ田村くん。戻るとか待つとか……もしかして私を置いてどこかに行くつもりなの⁉︎」
まるで捨てられそうになった子犬のような眼差しで見つめてくる村間先生。
目がうるうるしている。
「実はこの無人島生活で最優先の課題が解決していません」
「それって……私への告白――」
「――水の確保です」
言った途端、頬をパンパンに膨らませる村間先生。
この人は本当に俺より年上なのだろうか。
ハムスターを思わせるそれは素直に可愛いと思う反面、
「ちょっと真面目な話をしますのでお姉さんモードを封印してもらっていいですか」
ここからは本当に命に関わってくる話だ。
そんな真剣味が俺の表情や声音で伝わったのか。村間先生の表情が一変する。
切り替えができる人は大人だ。
これが俺と同い年の学生ならそうはいかない。
学校集会や授業が始まろうとしているのにふざけ続けたり、私語をやめない男子が何よりの証拠だ。
「ごめんなさい。真剣な話だったんだね。それじゃ続きをどうぞ」
「ありがとうございます。人間は空腹にはある程度耐えられますが、喉の渇きはどうやったって抗えません」
「そうだね」
「にも拘らず、最悪の場合、十分な水を確保できるのは降るかどうかさえ分からない雨ということもありえます」
「そんな現状で男より体力がない女性を森の中に連れていくのはリスクが高すぎるんです。蛇や蜂、野生動物に遭遇する可能性もあります。逃走を強いられる場面もあります。もっと言えば危険生物に襲われた結果、脱水症に陥るかもしれません。そうなればどうなるか分かりますね」
もちろん無人島生活が長期間に渡る場合、森の中を一歩も探索しないというのも非現実的であるわけで。
しかし、飲み水が一切確保されていない現状で、まして下見すら終わっていない森の中に村間先生を連れていくのは容認できない。そんなことをすれば男が廃る。
俺の説得に感情の読み取れない表情で考え込む村間先生。
きっと葛藤しているのだろう。
彼女は新卒とはいえ教師。
そんな自分が待機で生徒が探索――生徒思いの村間先生には酷に違いない。
しかし、即「そんなのダメだよ!」と頭ごなしに否定して来ないのは、俺の考えを尊重してくれているからだろう。
決してそんなつもりはないが村間先生の中では「足手まといだから来るな」と解釈しているかもしれない。
いずれにせよ俺と先生の間でそれなりの信頼関係が構築できている証拠だ。
「……分かった。色々と言いたいことはあるけど、今回は田村くんの指示に従います」
「先生っ!」
「けど必ず無事に帰ってくること。もちろん私のために危険を犯すのも禁止。いい?」
「はい。約束します」
「それともう一つ。いくら田村くんのお願いだからってジッと待つのは嫌なの。もちろん無茶をする気はないよ? けど私も役に立ちたいの。だからお願い。私にも何かさせて」
頭を垂れる村間先生。
無人島で一緒に過ごすのがこの人で良かったと心の底から思う。
とはいえ正直に言えば村間先生には体力を温存して欲しいところだ。
水はおろか食料の目処さえたっていないんだから。
無駄に消耗させることだけは絶対に避けたい。
けれど、村間先生は生徒である俺を一人で森の中に探索させる決意をした。
彼女の性格から考えればそれは苦渋の選択だっただろう。
そんな意志の強さを目の当たりにしておいて、先生のお願いを無下になんてできるだろうか。いや、できないに決まっている。
「……では海岸沿いを散歩がてら、拾って来て欲しいものがいくつかあるんです」
「まかして!」
色よい返事を聞いた俺は村間先生に落ちていれば欲しいものを伝え、いよいよ森の中を探索することになったのだが。
俺はすぐに信じられない光景を目にすることになる。
――森の中に黒石と香川、大原がいた。
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