第二章:共生
8.アキラ、刃鹿を見る。
自然の洗礼から、なんとか立ち直った僕は、久しぶりの森へと出掛ける。
隣には、テラが一緒にいる。今日は彼女から罠の仕掛け方や弓のやり方を見てもらう。
テラは、リスやウサギ用の簡単な罠を得意気に教えてくれる。
そのいとおしい姿に心が癒される。あの出来事以来、彼女に対しての気持ちが変化する。
この気持ちが恋なのか愛なのかわからないが、それでも好意的な感情を抱いているのは確かだ。
そんなことを考えながら、ぼぉーっと彼女の説明を聞いていると、
「アキラ? デハラテバイラ? ウディビラヴ? 」
そうテラが聞いてくる。ああ、君の声はずっと聞いていても聞き飽きないよ。
ちょっとテラに良いところが見せたい。そう思い始める。
続いて、テラは山の幸を採っていく。
茎の先が丸まったゼンマイのようなものやフキトウのようなもの、それにクローバーっぽいもの。
「アキラ、グウェルグイナーブ…。リェチュレバーチュ。」
そう言って僕も山菜を取るように手招きされる。一緒に山菜をプチプチプチプチ。
ああ、なんだかおばあちゃんとよく山に行って山菜採ってたなぁ…。
おばあちゃん、僕のこと心配しているだろうなと元の世界のことを考えてしまう。
そして、寂しいという思いが膨れ上がる。
それでも、その思いを打ち消してくれるかのように隣にはテラが居てくれる。
話せないけど、それでも彼女といると楽しい、それが寂しさをまぎらわしてくれる。
そう考えるとやっぱり、彼女が居たからこそ、今の僕があると思う。
ならば、テラのために何かできないかと考える。
こうして、一緒に山菜採りや農作業を手伝うのもいいと思うが、やはりここは、自分にしかできないことをすべきだ。
よし、狩りに出て大物の肉を獲ってこよう。
そう決意するのである。
そして、山菜採りを終えたテラを家へと送り届け、あの日以来、ご無沙汰だった狩猟に出かける。
∴ ∴ ∴ ∴ ∴
僕は異世界の森をさすらいながら、しばらく獲物の痕跡を探していく。光を木々閉ざされて薄暗い森の中を僕は歩く。
手には弓、背中の矢筒には矢、それに油を染み込ませた布を巻いた矢がある。前回の黒き天使こと炭鳥の教訓を踏まえ、火矢を作っておいた。
対策は一応したが、それでもあのような異形モンスターには会いたくない。
それに炭鳥は、全身炭味でまずいらしい。まぁ、消臭剤ぐらいになりそうだけど、コスパ悪すぎて狩る気にならない。
そんなことを考えながら、森の中を散策していると何かやわらかい感触のものを踏む。
『ベチャ!! 』
嫌な予感が背筋を駆け巡る。
もももももも、もしや生きとし生ける物すべてから排出される生命の栄養こと、別名う●ちを踏んでしまったのか・・・。
ゆっくりと足元を見れば、漂う芳醇な糞の匂い・・・。それになんだかあったかい・・・。
「くっさぁ!! もう最悪ぅ・・・。でも、くっさいう●ちがあるってことは、近くにモンスターがいるってことか!! 」
まだ温かいう●ちが獲物の情報を教えてくれる。そのう●ちは、丸っこく、中身は草の繊維のようなものが多く見られる。
ウサギのう●ちのようなコロコロ便・・・。人間のようなバナナのような形ではない・・・。
その糞みたいな情報から、これを残していった動物は、もしやウサギのような草食動物ではないかと予測する。
よし、肉食動物じゃないなら狩ろう!。
そうして、地面に残っている足跡を注意深く探しながら、その動物を追っていくうちに、その動物の特徴が少しずつわかってくる。
足跡の動物は、群れである。所々に同じような足跡が無数にある。
そして、なぜか群れの進んで行った至る場所に、無残にも切り裂かれた木々の光景が見られる。
「ほ・・・本当に、草食動物なのか・・・。」
そう自分の予測を疑い始める。その時!!
『チュィィィィ・・・チュィィィイイイイイイイィィィィィィ・・・!! チュィィィイイイイイイィィィィィィ・・・!! 』
女性の悲鳴の様な声が森に響き渡る。
一瞬びっくりするものの、それがう●ちの主であろうと直感し、音のした方へと足音になるべく気を付けて向かう。
∴ ∴ ∴ ∴ ∴
清らかな水が満たされた池のほとりで、飲水しながら群れる動物らしき姿を草陰の中から確認する。
だが、その身体は普通のシカらしき様子なのだが、異質な存在感を放つものがいる。
その身体は他のシカよりも群を抜き、デカい!! そして、何よりも大きな銀色に輝く4本の角を持ち、それは鋭利な刃物のような形をしている。
すぐにそいつがオスジカであると感じる。
そして、そのシカが元の世界のシカとは違い、異形の獣であることを実感させられる。
それでも、他の普通のシカなら狩れそうだと判断して、近づいていくことにする。
僕は少しずつ慎重にバレないように、匍匐前進でゆっくりと進んでいく。
気付かれないかとヒヤヒヤしながら、それでも弓矢で狙える位置まで・・・、そう思いながら接近する。
その時!! オスジカが僕の気配を感じとったのか、こちらをじっと睨んでくる。僕は動きを止める。
物音ひとつでも立てようものなら、気付かれる・・・。それを頭が瞬時に理解する・・・。
緊張の瞬間に鼓動が、
『ドクドクドクドクドク!!! 』
凄まじい速さで脈打つ・・・。鼓動が数えきれないほど音を刻んだ時、オスジカは僕がいる方向から視線を逸らす。
緊張の糸がほんの少しだけ緩む・・・。
「危なかった・・・。」
そう思いながら、しばらくの後、再び近づいていく。
弓が届くか届かないかのギリギリのところまで、来た時!!
オスジカがこちらに向かって吠える!!
「ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ!!! ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ・ゲ!!! 」
その音は聞いただけで、こちらを威嚇していると直感させるほどで、その威圧感に思わず、心が怯みそうになる。
気持ちを取り直し、ここらが限界かと感じ弓矢を構える。オスジカの後ろに隠れるようにいた群れのメスジカの一匹に狙いを絞り・・・。
瞬間、張り詰めた弓から、矢は解き放たれる!! それは空を突きぬけて、一陣の風と成りてメスジカへと駆け抜ける!!
「やったか!? 」
手ごたえを感じ、成功を確信する。
『カッ!! 』
だが、その淡い期待は突如!! 射線上に乱入してきたオスジカの刃に防がれる!!
矢は真っ二つに割られ、儚く落ちていく。それが地面に落ちる前に鋭利な角がこちらに捉え、突進してくる!!
生い茂る木々の枝を簡単になぎ払うその様で、咄嗟に離れなくてはならないと直感し、脱兎の如くその場から逃げる。
『バキバキバキバキバキ!!! 』
しかし、オスジカは、後ろから枝木がなぎ倒しながら音を立てながら接近してくる!!
オスジカの鋭い頭角の斬風を鳥肌が、ヒシヒシと感じとる!!
まずい! 死ぬ!! その時! 脳裏を死の恐怖が駆け巡る!! そして恐怖で足が
その直後、
『ピュッ!! 』
一瞬、高速の何かが掠める音が耳元を横切ったのである!!
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