6.アキラ、生きる。

 帰宅の途につくアキラであったが、足取りは重く、手に抱える骸がそれを引きとめる。


ウサギを殺したその罪悪感に心が苛まれる。生きた動物など殺したことがなかった僕は、それの事実に胸が張り裂けそうになる。


肉を食べると言うことは、命を壊すと言うことだ。頭の中でそれを理解していたはずなのに、心はその事実に激しく嫌悪感を示す。


何も罪もない動物の恨めしそうな瞳がフラッシュバックする・・・。どす黒く、底の見えないその眼は、


何故だ、何故私を殺した。何故私なのだ。


そう問いかけてくる。


別な理由なんてない。ただそこに居たから殺した。


その身勝手な言い訳に自己嫌悪してしまう。


もう何も狩りたくない・・・、もう命を奪うのは嫌だ・・・。


血肉を欲する欲望と、動物を殺すことに対しての嫌悪感、その相反する矛盾が僕を呪う。


家に帰ってくる。重い表情のまま、テラに会う。


彼女はその様子を心配そうに見つめる。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 その日を境に、僕は肉を食べることを躊躇う。あんなに欲して止まなかった肉が、今は嫌悪対象となり拒絶する。次第に身体から元気がなくなっていく・・・。


肉を食べなくてはならない頭ではわかっていても、あの時のことがフラッシュバックして手が動かない。身体が受けつけない。 


そんな僕をテラも、気付くが何も言わない。


ただ目は必死に訴える。ちゃんと食べてなきゃ駄目だよと・・・。


彼女は、僕が食べないウサギ肉を毎食、食べさせようとしてくれる。だが、僕は拒み続ける。


ウサギ肉がなくなれば、彼女ももうこんなことをやめてくれるだろうと思ったが、それでも、毎食何かの肉が出され続ける。


毎日、テラは畑仕事を終えた後、どこかへと苦手な弓矢を持って出かけて獲って来た物。


それはテラが、自分のために慣れない狩りに出かけて、獲ってきた小動物の肉や魚。


そのことを知ってなお、僕の身体は命を頂くことを否定し続ける。



ある日、僕の身勝手な怒りが爆発し机を思いっきり叩く!!


『ドン!!! 』


「なんで、毎回、毎回、僕に生き物を食べさせようとするんだよ!!! もう・・・もうやめてくれぇぇぇ・・・。」


冷たい涙が頬伝う。僕はこの世界で、初めて人に怒りを泣きながら怒りを訴える!! 


我儘で勝手すぎるトラウマを彼女にぶつけてしまう。


そんな幼い僕をテラは、何も言わず静かに見つめる。だが、その瞳は涙を我慢しながら、必死に何かを訴えかける。


わかってる自分でもわかってるさ。だけど、出来ないんだよ・・・。その日の夜は、深い沈黙が強く支配し、外は雨粒の音が心の雑念を表す。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴ 



 その日も、テラは慣れない狩りへと出かけていた。


いつもなら、日が傾く前に帰ってくるはずのテラが帰って来ない。待てども待てども帰って来ず、段々と雲行きも怪しくなり始める。


「今日はやけに、遅いなぁ・・・。」


テラに何かあったのではないか・・・。すぐにそのことを実感して急いで、彼女を探しに森の中へと駆けていく。


「テラぁーーー!!! テラぁーーー!!! 聞こえたら、返事をくれ・・・。テラぁあああ!!! 」


夕暮れが迫まる森の中を僕は、必死に彼女の名前を叫びながら、彷徨う。


僕のせいだ・・・。僕が彼女をこうさせたんだ!! 


自分のせいで、彼女を慣れない森の中へと向かわせたことに深い責任を感じる。


次第に森に濃い影が出てき始め、より一層気持ちが焦ってくる。もうすぐ夜になってしまう。


しかし、その日は探せど探せど、彼女を見つけることは叶わず、一度家へと戻る。不安は重なり、夜には大雨が降る・・・。


己の無力さを痛感しながら、夜が明けるのを待つのは地獄のように苦しかった。それでも、テラがこの雨の中取り残されていることを考える。


無事でいてくれ・・・。そう懸命に祈り続けながら、朝が来るのを待つ。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 翌朝、曇天の空がまだ明けぬうちに、再び森の中を必死に捜し回る。昨晩は冷たい雨が降る夜だった。


故に万全の防寒具をしていなかったテラが、体力をひどく消耗していて、危険な状態になると容易に想像がつく。


早く見つけなければ、彼女が危ない!! 


テラ! 無事でいてくれ・・・。その一心で森中を駆け巡る。


探せど探せど、彼女の声は聞こえない。


もう駄目なのかと諦めかけたその時!!


『ガァアアアアアアアアアア!!!! ガァァァアアアアアアアアアアアア!! 』


森の奥の方から殺気立った鳴き声が響いてくるのであった。


すぐに僕は、その方向へと駆けていく。



∴ ∴ ∴ ∴ ∴



 駆け抜けた先に待ち受けていたのは、禍々しい空飛びまわる黒き天使のような怪鳥!!


地獄から舞い降りた黒き天使に召されるように、弱り切ったテラがそいつに連れ去られそうになっている。


「テラを返せぇえええええええええええええ!!! 」


咄嗟に怪鳥に向かって石を投げつける!! その一撃は一直線に奴の翼を殴打し、掴んでいた爪がテラを離す。


弱り切った彼女が天から振り落とされる。それを僕は必死になって身体で受け止める。


『ズサァアアアアア!! 』


身体全身に強い衝撃が襲う。だが、彼女を守りたいその一心で耐え凌ぐ。


そして、擦り傷の痛みを感じるよりも前に、黒き天使から逃れるため岩の隙間に隠れる。だが、黒き天使は諦めず、出口を塞ぐ。


「アキラ・・・、ヴィラ・・ドゥイ・・・」


今にも消えて無くなりそうな声で、テラは僕の目を見て言う。


何を言ってるのかわからない。だが、これだけはわかる。


彼女をこのまま死なせてはならない。


絶対に死なせてはならない。


そのためにも、黒き天使をどうにかしなくてはならない。今、使えそうなものは、テラが持っていた弓矢、スマホにテッシュとハンカチ・・・。


殺生して以来、手放していた弓矢を手にする。今度は、己のためじゃなく、誰かのためにその武器を使うんだ! 


そう言い聞かせ、矢を構え、狙いを定め、奴に一矢報いる。


放たれた矢は、真っ直ぐに奴に命中する!! 


だが、


「カァァァン!!! 」


手応えのない鈍い音がする。そして、矢は黒き天使の硬い翼に弾かれる。


羽根が数枚ほど取れただけで、まったく歯が立たない。


その事実に絶望する。このままでは、テラが・・・テラが・・・危ない!!


考えろ! 考えろ! 諦めるな! 諦めるな! 救うんだ! 大切な人をもう失いたくない! 必死にこの状況を打開する糸口を探す、探す。 


痺れを切らした黒き天使は、翼を大きく広げ羽ばたき始める。


羽根が風に煽られて、僕達に向かってくる。僕はテラを庇うように背を向ける。


『ピシピシピシピシ!! 』


背中が何かに切られる感触が神経を伝わる。背には何枚もの硬く尖った羽根が突き刺さる。


このままでは、詰んでしまう・・・。


 残された時間はそう多くないと、突き刺っていた羽根を払いのけながら思う。それを払いのけた手は黒ずむ・・・。その時、全身に電流が走る・・・。


なぜ、黒ずんでいる・・・。なぜ、こんなに軽い・・・。なぜ・・・、その疑問が、この状況をひっくり返せると直感し考える。これはなんだ!! あいつは何でできている!!


その匂いは嗅いだ事のある匂い・・・。その手触りはどこかで触ったことのある感触・・・。思い出せ!! 思い出せ!! 突破の糸口を!!

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