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 さて、その後はジンを介してダイアモンド公爵一家全員に薬を飲ませ、改めて公爵を相手に丁々発止の大激論をした結果、私たちは公爵領内のとある場所にやってきた。


「いやぁ、人と意見をすり合わせるって大変だね」

「それだけ向こうにも大きな決断を強いているわけだから。当然よ」


 こっちの計画の重箱の隅をつつくようなことばかり言われてイライラする。

 だけど連中は別に私の計画を潰したいわけではなくて、ちゃんと成功すると安心したいのだ。


「わかってるからちゃんと我慢したよ。褒めて」

「よしよし」


 アンリシアに頭をなでなでされて元気を回復した私は「さて……と」それを見る。

 そこにあるのは廃村だ。疫病が流行りだした初期の頃に全滅してしまい、いまは誰もいない。


「じゃっ、ぱぱっとやっちゃうよ」


【魔女の園】


 意識を集中する。

 簡易的な魔女の鍋を作るだけだった魔法はいまや大変身を遂げた。

 森羅万象に私の意識が潜り込み、思い通りの形を作り出す。思い通りの物を抜き出す。魔女の鍋を必要とすることなく魔女の創造物を生み出すことができる。それよりも先に届きそうになる。


「むむむ……はぁ!」


 周囲の地面が蠢き、その上にあった建物が水に溶けたように形を崩し土の中に呑まれていく。

 そして……一気にドンと形にする。


「はい、できあがり」


 作ったのは工房だ。

 ただし、その見た目はおもいっきり派手にした。ステンドグラスとか張ったり鐘楼とかあったり私の記憶にあるというイメージというか……『立派な教会』みたいな外見にしてみた。


「なんだか素敵な建物ね」


 こっちの宗教施設はどっちかっていうとギリシャの神殿みたいなのが多いからアンリシアの感想はそんな風になる。


「まっ、印象って大事だからね」


 おどろおどろしいところからより、きれいなところから出てきたものの方が信じたくなるよね。


「印象……本当にあの作戦をするの?」

「もちろん」

「でも、大丈夫なの? だって……」

「大丈夫だって、それこそ印象の勝利だから。だいたい、嘘は一つも吐かないから」

「……けっこう、ぎりぎりだと思うけど」

「大丈夫だって、印象だけじゃないから。わかるでしょ」

「わかるけど、それでもこんなの初めてだもの、心配よ」


 これから控えている作戦を心配するアンリシアを宥めてほんわかとする。

 そんな私に気付いてむっと睨んできた。


「レイン、真面目にしてる?」

「真面目にしているであります! では、これより小魔女レインは本物の治療薬量産に入るであります!」

「あっ、ちょっと!」

「心配ないよ。アンリには私が付いてるんだから」


 そう言い残してから私はできたばかりの工房に入った。

 中はばっちり準備ができている。契約してる精霊王たちも準備万端。さすがに薬草温室はすっからかんだけど抜群に調子のいいレインちゃんには問題なし!

 作らないといけないのは治療薬だけじゃない。


「さあ、最高に神聖な衣装も作っちゃわないとねぇ」


 気合入りまくりだ!



†††††



 その村は疫病に苦しんでいた。

 激しい咳。胸の痛み。高熱。肺の病かと思えばある日突然にそれらが収まり……しかし安堵する暇もなく今度は激しい腹痛や下痢、嘔吐に苦しめられる。かと思えばまたも変化して激しい関節痛に襲われる。

 多種の症状が日替わりに襲い来る……それがサンガルシア王国を襲っている疫病だ。

 聖女たちの集う大工房がある王都周辺は彼女たちの作る治療薬があるのである程度は収まっているそうだが、王都から離れると薬はあまり届かなくなる。また、届いたとしても治療薬は根治には至らず、やがてまた症状が現れるようになる。

 そしてまた薬が届くまでの苦しい日々が続くことになる。

 この疫病での死者は少ない。

 だが、つまりそれだけ苦しみが続くということでもある。

 一秒が永遠のような、一日が一瞬のような……症状の苦しさに時間の感覚を狂わされながらいつ来るともしれない薬を待つ日々……。

 その少女もそんな病の中の一人だった。

 もう何日も高熱と咳に苦しめられ、息をするのがやっとという状態だった。


「助けて……」


 薬があればこの苦しさから回復される。それを知っているだけに少女は苦しみの終わりを求めて当てどなく手を伸ばす。

 いつもはどこにも届かない。握り返してくれる両親も今は病に苦しんでいる。無事な人たちは病人の世話と村の維持に奔走して疲れ果てている。

 それでも少女は手を伸ばす。それぐらいしかできることがないから。


「もう、大丈夫よ」


 だけど、今日は違った。

 誰かが手を握ってくれた。暖かくて柔らかい手だった。少女の疲れ切った手を優しく包み、そして口の中になにかを入れてくれた。

 水と一緒に流し込まれたそれはいつものようなひどい苦みもなく、むしろ優しい甘さがあった。甘さが口内に広がり、ほっとした気持ちとともに喉の奥へと消えていく。


「あっ……」


 急速に呼吸が楽になり、グラグラと揺れていた意識が落ち着いてくる。

 ようやく現実に目を向ける余裕ができてきた少女は自分の手を握ってくれている誰かを見た。


「せい……じょ、様?」


 金と青の刺繍がされた見たこともないようなきれいな白い服を着た女性がそこにいた。

 白い衣装は聖女の証。

 だから少女はそう言った。


「聖女かどうかはどうでもいいわ。ただわたしは、あなたを治したいだけ」


 少し照れたような声でその人は言う。

 この人は聖女様だ。

 少女は自然とそう思った。

 髪が金色なことなんてどうでもいい。

 この苦しみから抜け出させてくれるのなら、この人は聖女様で間違いない。


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