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アンリシアに話してみたけれど『信じた』半分、『理解できていない』半分という感じだった。
『信じない』は一分もない。
つまりそれはアンリシアの愛であり、つまりはレインちゃんの勝利である。
ただ、信じたせいでこの国の裏側を知って無事に帰るための方法を考えて思い悩んでいるみたいで、それはそれで心苦しい。
アンリシアにはただ私を信じていて欲しいだけなのだけど、そういうわけにもいかない。
彼女はもう出番が来るまで黙っているだけのゲームキャラではない。
ちゃんと命のある一人の人間なのだ。
そしてそれはアンリシアだけではなくて、他のみんなもそう。
自分の命があって、自分の意思がある。主人公がいる時だけ事象が決まるシュレディンガーの箱の中のような世界ではなく、主人公が見ていないところでも勝手にいろんなことが決まっていく。
この国は私が知っているように疫病の問題を抱えて苦しんでいるけれど、中の人間模様にはかなり変化が起きているように見えた。
まず、聖女の国編でのメインヒーローであるダイン王と悪役令嬢役のミームの関係。
二人が凸と凹がこすれ合うようなところにまで発展しているような描写はゲームの中にはなかった。
それを見てしまったアンリシアの反応が可愛すぎるから儲けものなのだけれど、それはそれとして……この国は私が知っている状況よりも進んでいる。
アンリシアに不届きな申し出をしてきたジンにしてもそうだ。
こいつは攻略可能なヒーローの一人で、第二部では数少ない聖女嫌いとして登場して来て、この国の裏側を知るきっかけになるのだけど、アンリシアに王妃になるように唆してくるような策略家の一面は持っていなかった。むしろ、国家の難事とそれを救おうとする聖女との間に存在する過去に苦悩する青少年だった。
第二部が始まる時期としては遅くないはずだ。むしろちょっと早いかもしれないぐらいだと思う。
それなのにこの国にある関係は私が思っているよりも進んでいる気がする。ダインとミームの仲は進み、ジンは一人で苦悩の中から答えを見つけ出した。そんな印象だ。
そして病は変わらずこの国に居座っている。
これ以上ひどくもならず、かといって軽視できるようなことにもならず。
国境は閉じられ、疫病が真なる王としてこの国を支配している。人々は聖女と治療薬の間で踊らされている。
過去はそんな国の姿を見て笑っている。
この国の難事を一刀両断に解決してみせるのがレインちゃんなのだけれど……。
「ぬわぁ! なにゆえ!?」
とある遺跡の奥で私は絶叫した。
ここはサンガルシア王国の僻地にある遺跡の奥。大工房で今日のノルマを終わらせてからダッシュでここまでやってきた。
全力疾走のレインちゃんにかかればこれぐらい軽い軽い。でもさすがにアンリシアと一緒だと無理だから単独行動だけど。
ああもう。やっぱり箒で空を飛ぶ手段が欲しい。
時間ができたら絶対に開発してやる。
そして運送業を始めてやるのだ。
それはともかく……この遺跡に来たのにはちゃんと理由がある。
疫病を解決するために必要な素材がこの遺跡の奥にあったのだ。
この国の問題を気に病むアンリシアのためにも疫病をごり押し解決するべく、この遺跡にやって来た。途中を邪魔するモンスターなんてペペぺのぺだ。中が広い遺跡だったのが災いしたな。重量級ゴーレムを三十体ほど召喚して前進させるだけで全部潰れていったぞわはは。
と、気分爽快に奥に辿り着いたのに、目的のものがない。
「え? フラグが足りない?」
なんてゲーム的なことをいまさら考えてしまう。
そんなことはない……よね?
「ええい、なら次だ次!」
そんなわけでまた別の日。
やってきたのはこれまたとある山の頂。
「なーい!!」
そこにもやっぱりなかった。
死翼の巨鳥の屍を乗り越え、その巣に転がる無数のガラクタを漁っても、目当てのものがない。
「……これは、やばいかもしれない」
わかっていたけど嫌な予感がひしひしと背中を圧迫する。
「くそ」
日が沈む。とにかく今日は帰らないと。
そしてまた別の日……といきたかったのに。
「ちょっと外に出たいんだけど」
「だめよ」
額の隅っこに#みたいなマークを付けてジェライラが即刻拒否する。
日課のように治療薬を大量に作ってから大工房を出ようとしたのに彼女がその道に立ちふさがったのだ。
「なんで! ちゃんとノルマはこなしたよ!」
「ダメなものはダメなのよ」
「理由を求める!」
「先輩の言うことは聞きなさい!」
ジェライラは頑としてそこから動こうとしない。
「どうかしたのですか?」
私とジェライラがぎゃあぎゃあやりあっていると、落ち着いた声が騒ぎにくぎを刺した。
ミームだ。
「これはレインさん、どうかなさったのですか?」
「……外に出る許可が欲しいんだけど」
「あら、それは困りましたね」
「なにが困るの?」
「いま、街道では正体不明のモンスターが出ているという報告がありまして、全ての民が外に出ることを禁じられているのです」
「それ、ジェライラは言ってくれなかったけど?」
「いま、その知らせが届きましたから、仕方がないのです」
「……ふうん」
それならジェライラが私を止めていた理由は何なのかと言いたいが、ぐっと堪えてやる。
そして思う。
ああ、もうここまで浸透しているのか、と。
本当に、思ったよりも物語の進行が早い。
「いつだったかの夜の話を覚えているかな?」
「ええ、あの夜のことですね」
何気なく問いかけてみたらミームは余裕の顔で肯定した。
「ずいぶんと強気な様子でしたね」
「覚えてるなら話は早いんだけど……それでも私の邪魔をするわけ?」
「邪魔などしません。ただこの国にいていただけるならあなた方がなにをしていても干渉するつもりはありません」
「それなら、外に出させてよ」
「そんなことをしたら、あなたはこの国の希望を潰してしまうでしょう?」
「希望?」
「ええ。希望です。聖女にとって、この国は希望でしょう?」
「人の不幸を踏み台にした、ね」
「そうかもしれません。ですけど、それは既存の支配者たちと何か違うのでしょうか?」
「さあ? あちら側にも何か言い分はあるんじゃないの?」
「その言い分の中に、これまで魔女の未来はありましたか?」
「なかったかもね」
「では、私は魔女と聖女の味方としてあなたの言い分を聞くことはできません」
やばいなこいつ。
なんか変だぞ。
いや、変じゃないのか。
このミームは私が知っているミームとは違う。
しかしそれでもゲームとしての物語がここにあったはずだ。
だとしたら……あの物語が進んだ先で本来完成するはずだったミームがもうここにいるのだとしたら?
こいつが私の知らないミームだったとしてもおかしくはない。
「レイン、いい加減にしなさい」
ぐいとジェライラが私の腕を掴む。
「第一聖女様に逆らうものではないわよ」
そう言っている彼女の目に理知の光はなかった。
「そうよ。第一聖女様に従いなさい」
「そうすればすべて大丈夫」
「私たちの苦難の時代はこれで終わり」
「これからは聖女の時代が来るのよ」
野次馬していた聖女たちが口々に呟く。みな、同じ目だ。
ああやっぱりだ。
もうみんな、第二部のラスト付近ぐらいにまで侵食されている。
いや、おそらくそれ以上。
だとすれば……やっぱりミームはゲーム上では辿り着くことのなかった頂きに達しているということになる。
「ねぇ、だからあなたもここで彼女と幸せになりましょう」
ミームはにちゃりと笑顔を作ってそう言った。
「それに何の不都合があるの?」
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