22


 やることもなくうとうととしていると夜になっていた。天井近くにある小窓から月の一部が見える。

 あれ、そういえば夕飯が来てない?


「あのう。ご飯がきてないんですけど?」

「…………」


 牢番が見えているのに返事がない。


「あのう?」

「…………」

「あ、の、う?」

「…………」

「あああああああ、のののののののののののの、ううううううううううううううう!!」

「うるせぇな!」


 地下中に響き渡るぐらいの大声でようやく反応した。


「聞こえてるよ!」

「嘘だ!」

「嘘じゃねぇ!」

「なら、なんで返事してくれないんですか?」

「魔女なんぞに返事する義理なんかないだろうが!?」

「でも、ご飯が来てないんですもん!」

「そんなの俺の知ったこっちゃねぇよ!」

「なら、誰がご飯を持って来てくれるんですか?」

「知るか!? 魔女なら飯なんて食わなくても生きていけるだろ!」

「いくら魔女が美人で可愛くていい匂いがしてナイスバディで高収入でもお腹は減るんですよ!」

「誰もそんなこと言ってねぇよ!」

「わかった! おじさん、ご飯を盾に私にエッチなことを要求する気だな!?」

「しねぇよ!」

「衛兵さんこいつです!」

「捕まってるのはお前だよ!」

「くくくく…………」


 仕上げに鉄柵をぎっこんばったんしてやろうか、いまならグニャグニャに曲げる自信あるぞと思っていると、笑い声が聞こえて来た。

 いち早くその姿が見えた衛兵が慌て始める。


「あっ、こ、これは!」

「いい、そこにいてくれ」

「しかし……」

「心配しないでくれ、大丈夫だから」


 慌てる衛兵を押し退けるようにやって来たのは盆を抱えたリヒター王子だった。


「やあ、こんばんは」

「これはこれは王子様。こんばんは、ごきげんよう、さようなら、おやすみなさい、よい夢を」


 私の知らない強気な笑みを浮かべる王子に、警戒心いっぱいの視線を向ける。


「そんなに嫌わないでくれるかな?」

「そうですね。あれ? いまの私ってなんでこんなところにいるんでしたっけ? 王子はご存じですか?」

「嫌味もやめてくれ。夕食を持って来たよ。食べてくれないかい?」

「いただきますよ。もちろん」

「さあどうぞ」

「ああ、美味しい。ぴりりと毒が効いてます」

「嫌味がきつすぎないかな?」

「そんなことはないですよ?」


 盆に載ったスープとチーズとパンをありがたく頂く。

 その姿をリヒター王子は興味深く眺めてくる。迷惑な。


「毒殺を恐れないのかい?」

「魔女が毒殺されたとかなんの冗談ですか? あなたのサリアはそんなドジっ子なんですか?」

「さあ、どうなんだろうね?」


 その意味ありげな笑みに本当に意味があるのかどうなのか。

 硬めのパンをスープに浸して食べながら考える。

 しかし本当に、いったいどうなっているのやら……。

 これがストーリーの通りなら、時期的に最初のトラブルを解決した辺りだろう。依頼人が王子であることがわかり、彼への薬を定期的に届けるために城への出入りが許されるようになったところか。

 私が捕まったとしたらそのトラブルのせい?

 でも、トラブルの中身って不眠症の原因が夢を食べる夢魔のせいだったってだけで、王子を毒殺ってことにはならないはずだけど。

 やっぱり、主人公が変わったからストーリーも変わったってことなのかな?

 しかしだからって、王子の性格まで変わるもの?


「それで、そんなドジっ子魔女っ娘サリアちゃんとの馴れ初めは?」

「なんだいその呼び名は?」

「なんとなくですけど、男心をくすぐりそうではないですか?」

「どうかな?」

「まぁそれはともかく、馴れ初めは?」

「食い込むね」

「それぐらいしかあなたに興味がありませんので」

「ひどいなぁ」


 正直、リヒターのことは好きじゃない。

 アンリシア生存ルートを探すために周回したからね。いい加減、「こいつがなよなよして魔女に現を抜かすから悪いんじゃね?」って考えにもなるってものです。

 しかしそれにしても、リヒター王子のゲームとの違いはなんだろう?

 主人公が私じゃなくてサリアになったことも理由があるんだろうか?


「……バーレント公爵家から君への弁護は来ていない」

「そうですか」

「おや? 動揺しないんだね?」

「貴族としては当然ではないですか?」


 それに、私のせいでアンリシアの立場が悪くなることは避けたい。


「そうだね。それが貴族としては当然だ。だが、腹は立たないのかい?」

「何にですか?」

「見捨てられたとは考えないのかい? いままでうまくいっていたものが、ちょっと状況が変わっただけですべて変わってしまう。そんなことが許されると思うかい?」


 うーん?

 なにを言っているんだろう?

 もしかして、魔女だから見捨てられた、切り捨てられたんだぞ、って言いたいのかな?


「だけど、そんなのはいまさらではないですか?」

「くくっ……そうだね、いまさらだ。だけど、いまさらだから受け入れるのかい?」

「そうですね。でも私は気に入らなければ出て行けますから。たとえば西の国とか」


 アンリシアの件がなければ隠し工房でやれることを終わらせた時点で西の国に行っていたよ。

 なにしろ、あっちの方が魔女としてやれることがたくさんあるからね。

 あら、リヒター王子が真顔になった。


「そうだね。やはりいまの魔女は西の国に行くしかないのかもしれないね」

「そうですね」

「しかしでは、君も魔女と呼ばれるより聖女と呼ばれる方がよかったかな?」

「ああ……そこは正直、魔女の方が好きですね」

「おや、なぜ?」

「だって、魔女の方がかっこよくないですか?」

「…………」


 あれ?

 なんかぽかんとされてしまったぞ?


 どうして、西の国に行くと魔女が聖女に変わるのか?

 答えは簡単。

 西の国にはしばらく魔女がいなくなっていたからだ。

 それが疫病で苦しんでいるところに現れ、彼らをその薬で癒している。その功績からいつしか人々は聖女と呼ぶようになった。

 魔女たちが率先して自分たちを魔女と言わなかったのも功を奏している。

 この国は現在、西の国との国境を閉じているから聖女の噂だけが流れてきている。

 聖女の噂は王都にやって来た時にはもう聞こえて来ていて、そしていまでも疫病が収まったという話は聞かない。すでに五年も過ぎていて長い戦いとなっているが一体どうなっているのか。

 ゲームの通りなら一つの都市への封じ込めに成功しているはずだけれど、すでに配役が狂い始めているのだから疫病の進行具合も変化している可能性もある。

 リヒター王子との会話は続く。


「この国の魔女もすでに何人か西の国に移動した。知っているかい?」

「死んだことになっているはずですけど?」

「その言い方なら知っていたんだね」


 私もそうだけど、サリアに小魔女子会の三人にしてもそうだ。工房に空きが増え、若い小魔女がその後を継ぐということが続いている。

 皆、死亡したことになっているけれど、大半は違う。西の国で疫病と戦う聖女に味方するため密かに国境を越えている。


「君ほどの実力者なら向こうにも喜ばれるのではないかな?」

「どうでしょう? サンドラから誘われていないですし……いまのところは行く気もないですし」


 それにしても……。


「どうして王子はそんなに私を西の国に追い出したいんですか?」

「追い出したいわけじゃない。ただ、この国の魔女の状況を考えれば、そうすることが当然だと思ってしまうだけだよ」

「自分の国から有能な魔女がいなくなることを許容してまで?」

「……そうだね」

「ふうん」


 うさんくさい。

 言っていることは人道的にも聞こえるのだけれど、どこかで胡散臭い。

 そんな私の表情をリヒター王子は正確に読み取ってしまったようだ。


「信用してない顔だね」

「それは当然でしょう」

「なぜ?」

「王子なのに自分の国のことを考えないとか、国民に対する裏切りでしょう。税金返せって話です」

「……そうか」


 あれ?

 いまの反応、変だったな。

 感情が消えた、まるで人形のような顔だった。怒り過ぎて表情が消えたのとはまた違う奇妙さが少し気持ち悪い。


「……君は、どうしても僕に核心の部分を言わせない気だね」

「あれ? そうだったんですか?」


 なんのために来たんだろうなと思いながら言葉遊びで相手をしてきたつもりだったのだけど、そう思われてしまったみたいだ。


「なにか言いたいことがあるのならどうぞ?」

「……止めておくよ。その調子だと、断られるのは目に見えているからね」

「そうですか? あなたがなにを考えているのか、知りたくはありましたけど」

「僕の考えを知りたいのかい? なら、言っておくよ。僕はこの国の魔女たちをもう少し生きやすくしたいと考えている。そのためにわかりやすく劇的な一手を打つつもりだ」

「それは?」

「僕はサリアを王妃にする。魔女を王妃にするんだ。そうすることで人々の魔女を見る目は変化せざるを得なくなる」

「…………」

「だから、悪いけど君のお友達にはその座から退いてもらわなければならないんだ」


 嫌なことを言う。

 私は顔をしかめた。


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