17
アンリシアの立場が微妙なので心配だ。
なんて考えていたら執事さんがやってきて、奥さんが呼んでいるとそのまま馬車に乗せられた。
とはいえ初めてのことでもないので慌てない。
「ああ、レインちゃん、いらっしゃい」
「奥様、ご無沙汰しております」
王都のバーレント公爵邸では奥さんがご婦人方を集めてお茶会を開いていた。
「レインちゃん、持って来てくれた」
「それはもちろん」
そう言って私が薬瓶をテーブルに並べるとご婦人方が悲鳴のような歓声のような声を上げた。
「ええと、それでは説明させていただきますね。こちらからシャンプー、トリートメント、ボディーソープに保湿クリーム……」
そう。私がここに並べているのは私の前世が覚えている洗剤や美容品。
さすがに同じものを用意するなんてできなかったけれど、この五年間で色々と研究した結果、似たような効能を持つ薬を開発することができた。
そう、新しいレシピを作ることができたのだ。
そもそも、ゲームの中で覚えるレシピや魔法しかこの世にないのかというと、そういうわけではない。ゲームの中では役に立たないけど、実生活では役に立つような薬や魔法はたくさんある。
サンドラはそういう薬のレシピや魔法を有料で伝授してくれたし、自分で考えて作ることもできるのだと教えてくれた。
そういうわけで開発した入浴グッズ一式はバーレント公爵の奥様によって素敵な社交武器に早変わり、奥様社会でバーレント公爵家が覇権を握っています。保守か魔女かなんて考え方は美の前では無力なのです。
最近では保守過激派の貴族も夫人側からの切り崩しにあってずいぶんと力を失っているみたいです。
ていうか、保守派トップの奥さんが魔女の薬を社交界に売り込んでいくとか、もうなにがなにやら。
「お待たせ、レインちゃん」
薬の紹介が終わってからは屋敷の別室でのんびりさせてもらっていると、お茶会を終わらせた奥さんがやってきた。
「あいかわらず、レインちゃんのお薬は大人気よ。工房の方で売ってくれって言われたりはしない?」
「よく来ますけど、いつも通りのお断り文句で誤魔化せてますよ」
つまり、原材料の薬草がバーレント公爵家の協力がないと手に入らないので無理、と。
まるっと嘘なんだけど、言ったもの勝ちって感じで通している。嫌なら他の魔女に開発させればいいのです。がんばって他の魔女に資金援助してください。
「でも、量産すればきっともっと儲かると思うけどいいの?」
「そういうのはいいんです。それよりも奥様、アンリの件なんですけど」
「ああ……婚約者の件ね。ごめんなさいね、内緒にしてて」
「いえ、それは仕方ないと思うからいいんですけど。それより……」
私は物分かりのよい子を演じて話を先に進める。
「王子なんですけど、なにか最近、問題でも起きてます?」
「殿下? そうねぇ」
奥さんはしばらく考えて、こう教えてくれた。
「なにやら色々と準備をしているようよ。たとえば、体調を崩しているわけでもないのにとある新米工房主に薬を依頼したり、なにか裏で手を回していたり。一体何をする気なのかしら?」
「奥さんは、殿下のことをどう思っています?」
「レインちゃんにとっては、一番厄介な人ではないかしら?」
「厄介?」
「だってあの方、無害な操り人形という振りをして、おそらくこの国で一番の魔女嫌いだもの」
「え?」
「そうね。一般には知られていないでしょうけれど、あの方のお母様は魔女の毒で亡くなっていますから」
「…………」
なんと。
思わぬ新事実に私は言葉を失った。
「ということは、実は一番の保守過激派は王子だったってことですか?」
「そういうことになるわね。それに、西の国のこともあるでしょう? あなたの働きもあって貴族の間で魔女の人気が上がってるし、殿下にとってはとても面白くない状況ではないかしら」
「……そんな人のところにアンリを?」
「政略結婚であることは認めるわね」
「…………」
「あなたには感謝しきれないぐらいの恩を受けているのはわかっているわ」
「え?」
いつもの優しい笑みとは違う、いろんな感情がこもった顔に見られて私は驚いた。
「別荘でのことや、あの子の遠足でのこと以外にもあなたは私たち家族を守ってくれていますね」
なんとばれていた。
そうなのだ。
この家族……いや、主にアンリシアと奥さんなんだけど命を狙った企みが多いのだ。
それを全部完璧に防ぐのも難しいから、二人にはこっそり最終戦仕様の守護アクセサリーをプレゼントしている。
「なんでそんなに嫌われているんですか?」
私のダイレクトな質問に奥さんは苦笑いを浮かべる。
「さあ? 貴族というのは人に羨まれる存在ではあるけど、同じぐらいに問題の種にも事欠かないものだから」
「そうでしょうけども」
それにしても数が多すぎる。
こんな危険な場所にアンリシアは置いておけない。
「……私がアンリをもらっちゃいましょうか?」
「あははは、あの子がそれを望むならそれもいいけど……」
あ、いいんだ。
「でも、家としては魔女と敵対するしかなくなるわね」
「むう」
「ごめんなさいね。貴族というのは体面と繋がりを無視することはできないから」
「そうですか」
「王子がなにをするつもりなのか。私たちも気を付けているわ。だからこれからもアンリシアを見てあげていてね」
奥さんも娘のことは心配のようだ。
だけどどうにもできないこともある。家族を取るか、家名を取るか。一時の感情で貴族間の力関係を崩すようなことをしたら、その後が立ちいかなくなる。自分の将来のことしか考えない一般庶民の私には理解しきれないことだけれど、そういう考え方で成り立っている社会が存在することは知っておかなければいけないだろうし、その水の中でしか生きられない人もいる。
奥さんはとても切れる人だし、水の外にも世界があることを知っている方だけれど、その水の中から飛び出してくれることは決してない。
打算ありありだろうけども、それでも私のことを気遣ってくれていることに感謝するしかない。
「ありがとうございます」
だけど、どうにも嫌な予感は止められない。
状況は色々と変わって、レインは主役の座から追い出された。
なのにアンリシアの運命だけはゲームの中でどうやっても避けられなかった破滅へと向かっているような気がしてたまらない。
実は主役なんて誰でもいいってことなんじゃないだろうか?
本当に大事なのは物語を彩る人たちであって、物語の道を歩く人なんて誰でもいいっていうこと? 魔女であれば。あるいは小魔女であれば。
プレイヤーの数だけ主役は違う。
だけど、その周りの人々は決して変わらない。
つまりはそういうことなのかもしれない。
だとすれば、私はどう戦えばいい?
なにと戦えばいい?
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