第57話
「え……あ、いや。その。えーっと。あ! そうだ。サラさんは。サラさんは今好きな人とかいないの? このクランの中とか」
「え? 私?」
何気なく聞いたことについては、はぐらかされてしまったようだけれど、突然の切り返しに私は考え込んでしまった。
私が今好きな人。
今思えば、ユースケは好きとは違っていたのだと分かる。
そして、人を好きになるという気持ちも。
ただ、今考えている人のことが好きなのかどうかは、正直なところまだはっきり自分の中でも分かっていなかった。
ただ、一緒にいて楽しいし、もっと仲良くなりたいとも思っている。
ティファの言葉が気になっていた理由が、今はっきりと分かった。
知るのが怖かったのだ。
もし私の想い人が付き合っていたとしたら、そうじゃなくても、誰か好きな人が居たら。
無意識のうちに私はそれを嫌がっていたのだろう。
ティファのおかげで、今まで考えないようにしていた誰かを好きになるということを、再び考えるようになった。
そして、気付いた。私は彼が好きなのだということを。
ただ、この気持ちはもう少しだけ大事にしまっておこう。
もしかしたら、この気持ちを表に出したせいで、私がこのクランを崩壊させてしまうかも知れないから。
「うふふ。秘密。セシルだって言わなかったんだから、私だけいうわけないでしょ?」
「あ、ああ。そうだね。うん。まぁ、いいんじゃないかな。クランで恋愛は、別に」
「そうだね。自由だもんね。ゲームの中でも現実でも。私が少しだけ気にしすぎてたみたい。大丈夫。気にしないで。もう言わないから」
それっきり、私は話題を変え、その後集まってきた他の人たちと一緒に、闘技場で遊んだり、素材集めを兼ねて狩りを楽しんだりした。
☆
〜ある日、サラがインしていない時間帯〜
「なんだよ。セシル。急に呼び出したりして。僕に何か用?」
カインは自分を呼び出したセシルに向かって不満を放つ。
そんなカインをセシルは困った表情を向けながら迎えた。
「すまんな。カイン。どうしても二人だけで話がしたかったんだ」
「何、話って。誰にも聞かれたくない話なら個チャでいいじゃない」
参加しているものだけしかみることのできないチャット、を個人チャット、略して個チャという。
カインの言うとおり、誰かに知られたくない話などは、この個人チャットでやるのが一般的だ。
会話の場合は、注意していてもどこかに聞き耳を立てられている可能性は排除できないからだ。
もちろんクランなどの専用スペースに限られた者だけが入れる部屋というものも作ることができるが、残念ながら【龍の宿り木】にはそれはない。
「どうしても、直接会って話したかったんだ。まぁ、ゲームの中で直接会うって表現も変だけれど」
「なんだよ。なんの話? さっさと本題に入ろうよ。それで大した話じゃなかったら、僕怒るからね」
「新しく入ったティファって子が、恋話を振りまくってるのは知っているだろ? この間、サラさんとその話をして」
「あー。あの子ね。僕とアンナが付き合ってるか聞いたんでしょ? まったく、ありえないからね。現実のアンナはかなり美人だったけど。で、サラとなんの話をしたの?」
カインはセシルが話す要点が分からず、焦れる。
しかしセシルも、カインにいきなり伝えるのはなかなか難しかった。
「まぁ、聞けって。サラさんがさ、俺にこのクランに好きな人が居るかどうか聞いてきたんだよ」
「え!? それ、もしかして!! 告ったの!?」
カインはセシルの突然の話に焦りをあらわにする。
カインもセシルも、サラが好きなことは互いに知っている。
特にお互いが約束したわけではないけれど、こちらからサラに想いを伝える抜け駆けはしないつもりでいた。
それを、話の流れとはいえ、セシルが破ったのかと思ったのだ。
「いや。言ってない。ちょっと動揺したけどさ。サラさんのことだ。きっと気付いてない」
「なんだよ。びっくりさせないでよ。それで、それが話じゃなかったら、なんなのさ?」
「それでさ。つい、俺も聞いちゃったんだよ。サラさんに。好きな人が今いるのかって」
セシルのその言葉に、カインは身を乗り出す。
サラが好きな人が居るかどうか、そしてそれをセシルに伝えたのかどうかは、カインにとっても重要なことだったからだ。
「ちょっと! 止めてよ? 実はサラからこくられましたとか。そういうの聞きたくないからね!!」
カインは耳を塞ぐ素振りをする。
しかし、カインは猫の耳をもつアバターのため、見た目上の耳は、頭の上で仕切りにピクピク動いていた。
「いや。秘密だってさ」
「なんだ。結局居るのか居ないのか分からないのか」
カインの言葉に、セシルは顔を横に振った。
「答えなかったけど。間が、表情が答えてたよ。確信してる。サラさんは今、好きな人がいる」
「うそ!? 僕? それともセシル? まさか、ハドラーとかって言うことはないよね!?」
「誰かまでは分からない。でも、俺だけそのことを知っているのはフェアじゃないと思ってね。ただ、会って伝えたかったんだよ。サラさんが今、好きな人がこのクランにいるってこと」
「うわー。誰だろう。僕だったらいいなぁ」
「話はそれだけ。とりあえず、誰が相手でも俺はサラさんとの約束を果たす。攻城戦で一位を取る。だからさ、カインも、もし自分じゃなくてもこのクランを止めないでくれないか?」
「え? まさか。サラと誰かが付き合ったら僕がこのクランから脱退するって思ってたの? なんだ、話ってそれか。馬鹿だなぁ。辞めるわけないじゃない。安心してよ」
その言葉に安心したのか、セシルは今まで強張ったままの顔を緩めた。
カインはそれに気付き苦笑する。
「大丈夫だって。話はお終いかな? じゃあ、僕行くね」
「ああ。それじゃあ……」
カインはそう言うとその場を後にする。
セシルが見えなくなるほど、当てもなくひたすらに歩いた後、立ち止まり一度だけ大きく息を吐いた。
「はぁ。ずるいよなぁ。ほんと。あんなこと言われたら、辞められないじゃない。ほんと、ずるいよ……」
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