第19話
戦うことを決めたアーサーは、両手に持った剣を正中に構えて【デッドリーウルフ】と対峙した。
先程受けたダメージを考えると、アーサーが食らうことのできる攻撃は、あと三回。
私はヘイトを取らないよう、つまりモンスターのターゲットにならないように注意しながら、先ほど作った毒薬を投げる。
しかし、相手が素早く、アーサーも近接職なので近くにいるためなかなかタイミングが難しい。
私のコントロールの悪さも影響して投げた毒薬もなかなか当たらない。
ようやく相手を毒にする【コブラの毒液】が当たり、運良く毒になってくれた。
毒になると一定時間HPに応じたダメージを受ける。
これで私も少しは貢献できたと思った。
『くっ! やはり速い!!』
『アーサー!!』
そう思っていたのもつかの間、アーサーがその間に二撃ほどダメージを受けてしまった。
HPを示すバーの光は残り僅かで、瀕死を示す点滅が起きていた。
『どうしよう……私に回復薬が作れたら……』
そう呟いた私は、すぐさまインベントリを開き調合を始めた。
その間もアーサーは攻防を続けていたが、もう攻撃を受けることが出来ないということで攻めあぐねていた。
しかしそんなものを見つめていても、何の役にも立たない。
私は【調合師】、今できることは薬を調合しアーサーのHPを回復させてあげることだ。
今までの失敗は全てインベントリの記憶されている。
今ある素材でできる可能性のある組み合わせは、たった二つだけだった。
『お願い! 上手くいって!!』
私はそう願いながらそのうちの一つを選び、必死で自分の現実の知識も思い出しながら素材を混ぜた。
粉砕、溶解、溶出、分離、抽出、思い付いたものを順にやっていく。
すると手元に今まで見た事のない薬の瓶が握られていた。
このゲームの薬の容器の形は主に二つ。
丸フラスコのように液をためる部分が球状になっているのは回復薬などの薬。
三角フラスコのように底が平で円錐状になっているのが毒薬。
私の手の中にあったのは、大きな球状に申し訳程度の長さの口が付いた、黄色の液体が入った薬の瓶だった。
私はそれをすぐさまアーサーに投げ付けた。
瀕死だったアーサーのHPが満タンまで回復する。
私が作った薬の名は【HP回復薬大】。
初心者のHPなら完全に回復するだけの回復量を持った回復薬だった。
『ナイス! サラ!! 君は本当にすごいよ!!』
HPが回復したことを確認したアーサーは、多少のダメージを気にすることが無くなったおかげか、猛攻撃に転じた。
どのくらい戦っていたのかは、正直分からない。
あっという間だったかもしれないし、すごく長い間だったかもしれない。
しかし、戦いを終えて、地に横たわっていたのは【デッドリーウルフ】だったことをはっきりと覚えている。
『やった! やったよ!! はははっ!! すごいよサラ! 君、回復薬作れたじゃないか!! しかも、とびきりのやつ!! 店売りしてないやつだよね!?』
『う、うん。よかったぁ。失敗してたらどうなったか。ありがとぉ。アーサー』
『何言ってんだよ。サラのおかげだよ! もしかしたら俺、すごい経験できたかもしれないんだよな。くーっ! こういうのあるからゲームやめられないんだよなぁ!』
『うふふ。アーサーって、本当にゲームが好きなんだね。でも、私も分かった気がする。ゲームって、面白い!』
私たち二人はその場で笑っていた。
ゲームの中の作られたアバターの笑顔だけど、あの時見たアーサーの笑顔は本物のように輝いていた気がする。
『さて、と。今度こそ帰ろうか。次襲われたらもうさすがに無理だよ。集中力ゼロ』
『そうだね。もうさっきの素材も無いし。帰ろうか』
始まりの街アルカディアに着くまで、アーサーはこれからの夢を語ってくれた。
これから実装される予定のクランを作ること。
そして自分の気の合う仲間と競い高め合い、最強を目指すということ。
私も誘われたけど、その時はユースケが居たから断ってしまった。
アーサーは残念そうな顔をしたけど、笑顔で応援してくれていた。
ただ、別れはかなり急だった。
『そういえば……あ! まずい!! ごめん!! 急な用事がっ! 本当に急だけど落ちるね!! 今日はありがとう!! またね!!』
『あ……アーサー、友録……落ちちゃった』
アルカディアに到着する直前で、アーサーは急用が出来たと落ちてしまった。
すっかり盛り上がりすぎたせいで友達登録をし忘れてしまったのが今でも悔やまれる。
それでも、いつかまた会えるだろうと思っていたけれど、ついに今まで再開することはなかった。
今頃どうしているだろうか。
もし止めていなければ、アーサーならクランを作ったのは間違いないだろう。
きっと集う仲間も人のいいひとばかりだと思う。
最強にはなれたのだろうか。
もしそうならば、【理想郷】のマスターのアーサーと同一人物だってことになるけど。
☆☆☆
「……おーい! サラ! おーい、たら!!」
ふと目の前で大きな声がした気がして、びっくりしながら意識を戻す。
顔のすぐ近くには猫のような顔があった。
「きゃあ!!」
あまりに近くにあったので私は驚いて尻もちをついてしまう。
そんな私を引っ張り起こそうと右手を差し出しながら、カインは笑っていた。
「やっと戻ってきたね。もう戦闘終わったよ。どんな妄想をしてたのかな?」
「妄想って! ちょっと昔のことを思い出してただけだよ」
「サラさん、大丈夫? こいつに変なことされてない? もしそうなら追放するから言ってね?」
「え! 何それ! ひどい!! ここのマスター横暴! 僕なんも変なことしてないよ! サラの表情の動きが面白いなって見てたくらい!!」
「ええ!? いつから覗いてたの!?」
「あははは。サラちゃんはかなりの時間ボーッとしてたからね。仕方ないね」
そんなことやり取りをして終えたパーティ狩り。
私はアーサーのことを久しぶりに思い出して、気になってしまった。
その次の日、まさかアーサーに偶然出会うなんて思ってもみなかった。
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