第5話 四人の少女と、もう一人
振り向くと、三人の少女が部屋を覗き込んでいた。これから一か月、この四人で過ごすことになるらしい。「四人」というのは正確ではないかもしれないが……。
「こっちこそよろしくね」
同居人たちがぞろぞろと部屋に入ってくるのを眺めながら、和泉も挨拶を返す。
「うー、寒い寒い。あ、荷物」
部屋に入るなりさっそく荷物を漁り始めた眼鏡の少女が、先程挨拶をしてきた子だ。
残る二人、少年と見紛うようなボーイッシュな子とお嬢様然とした子は、自分のバッグを掴んだまま手持ち無沙汰にしている。きっと、自分の居場所がどこか分からないからだろう。
「あのさ、まず自分のベッド決めない? 一人はもう決まってるようなものだけど」
和泉が切り出すと、眼鏡少女が提案に乗ってきた。
「さんせーい。あ、自己紹介もだね。っていうか、先に自己紹介しとかない? お互いのこと知らないまま話し合うのも変だし」
「あー、それもそっか。じゃあ先にそっちで」
とりあえず座ってさ、と眼鏡少女はベッドの端に座る。その隣に和泉が座ると、残る二人は反対側のベッドに腰掛けた。
ベッドの質はそれほど良いわけではなく、座ると中のスプリングが軋む音を鳴らした。ただ安物には違いないが、不快さを感じるほどの硬さではないので良しとしたい。それに、この施設の病的な白さには嫌悪感を抱いていたが、真っ白な寝具にだけは清潔感を抱けて好感が持てた。
「じゃあ言い出しっぺだし、あたしから自己紹介しまーす。名前は
喋るのが楽しいのか、身振りを交えながら早口で語り始めた。
真尋は引き籠っていたと言うわりには、底抜けに明るい性格をしているように見える。理由もなく引き籠りはしないとは思うが、様子から察するにいじめや病気などが原因ではなさそうだった。
目がかなり悪いのか、横から見る眼鏡のレンズは分厚い。真っ暗な部屋でパソコンなりスマホなりを四六時中凝視している姿を、和泉は勝手に想像した。
放っておけば延々と自己紹介を続けそうだったが、それは真尋自身も自覚があるようで、はっとした表情で語るのを一旦止めた。
「あ、ごめん……。久しぶりに生身の人間と話すから、つい楽しくなっちゃって……」
照れで微かに顔を引きつらせながら、真尋は謝る。かと思えば、すぐさま笑顔に戻った。
「そうそう、ベッドはどこでもいいよ。一段目でも、二段目でも」
真尋は最後にベッドの割り当ての希望を言うと、「ほい、次は誰がする?」と自己紹介を譲る。
「じゃあ、私で」
和泉は控えめに手を挙げると、三人の視線が一気に集まった。真尋ほどではないが、他の二人もそれなりの興味を持っているようだ。
「
かなり簡潔に自己紹介を終えた。が、真尋はそれに満足しなかったようだ。簡潔すぎたあまり、真尋の好奇心に火が着いてしまったらしい。
「え、終わり? もうちょっと趣味の話とかさ。あ、一段目希望の理由とか!」
「えー? 趣味ねえ……。趣味じゃないけど、元バスケ部。二年になった時に辞めたけど」
「へえ、辞めた理由は?」
「結構ぐいぐい来るね……。別に変な理由があるわけじゃないよ。咄嗟の意思疎通が苦手だから試合中苦労したり、部の雰囲気が悪くなってきたり。そんなとこ」
よくある話だとは思うが、それでも真尋は興味深く頷きながら話を聞いていた。そして話終えたあとも、好奇心に満ちた笑顔を向け続けている。
「もしかして、一段目希望の理由も?」
分厚いレンズ越しの瞳が、それこそが本命と無言で語っている。
和泉は眼力強めで見つめ返したが、そんなことで怯む真尋ではなかった。
「ああ、もう、分かった分かった、言う! 落ちるのが怖いなって思ったの! それだけ!」
半ば
「結構カワイイとこあるねえ。見た目は『ザ・女帝!』って感じなのに」
「その『女帝』っていうの、皆に言われるんだけど、そんなに顔怖い?」
「うん。だって最初和泉がこっち振り向いたとき、死を覚悟したもん、冗談だけど」
「冗談かい」
「怖いと思ったのはホントだけどね。でもいいね、ギャップ萌え!」
「ギャップ萌えって……。まあ、誤解が解けたようでなにより……」
自分の目つきを思い出す。怖い、か……。
残る二人も同じことを思っていたのか、苦笑いが和泉の第一印象がどうだったのかを物語っている。
妙なカテゴリに認定されたが、誤解されたまま疎外されるよりはましだと思うことにした。
「次は僕でいいかな」
苦々しさを誤魔化すように、ボーイッシュ少女が手を挙げた。残っていたお嬢様が、どうぞどうぞと促す。
「僕は
治日は淡々と、そして口を挟む間もなく自己紹介を終えた。
自分のことを「僕」と呼ぶのも気になるが、名字を言わなかったのも気になる……といっても表札を見れば済むことだが。それに、早々に自己紹介を終えたことも、何か追及されることを避けているように見えた。
踏み込まれるのを嫌う性格なのか、踏み込まれたくない事実があるのか。
知りたいとは思う。とはいえ、無理に聞くことでもないし、聞いてギクシャクしても困る。和泉は何も言わずにいることにした。
……のだが、真尋は好奇心を抑えられなかったようだ。
「あー、あれで『ハルヒ』って読むんだ。ってことは、菊塚治日ちゃんだよね?」
和泉は肘で真尋を小突いて止めようとするが、止まらないであろうということは、この数分の付き合いで分かっていた。
「僕の話はもう終わりって言ってるだろ」
「もしかして菊塚病院の、だったり?」
「え、菊塚病院って、あの大病院……?」
「わあ、治日ちゃん、すごいんだね」
菊塚病院とは、県内有数の大病院だ。これには今までにこにこ話を聞いていたお嬢様も感嘆の声を上げた。
「そうだよ。本当ウザったいなこいつ……」
「あはは、ごめんごめん。そういうの知りたくなるタチでさ」
「あと、親が病院やってるってだけで、僕には関係ない。はい、本当に終わり。次」
本当に険悪な雰囲気になる前に、治日は自己紹介を次に回した。
自分の番が回ってきたお嬢様は、にぱっと笑顔になって自己紹介を始める。
「
愛歌は見るからにお嬢様といった、ぽやぽやとした雰囲気の少女だ。ふんわりとウェーブしたロングヘアに、ゆったりとした口調。次から次へと楽しいことを無邪気に語る様子からは、まるでショーケースの中で大事に飾られているお人形のような印象を受けた。
だがその緩そうな雰囲気とは裏腹に、四人の中では体つきが一番大人びている。端的に言えば、巨乳なのである。だが、そんなことどうでもよくなるような特徴があった。
「それとね、楽しそうだからベッドは二段目が――」
「「「絶対ダメ!」」」
三人の声が綺麗に揃った。
「び、びっくりしたあ……。みんなどうしたの? 急におっきな声出して」
愛歌は驚き、目をぱちくりとさせている。
「いや、だって、ねえ……?」
「うん……」
空気の読めない真尋ですらはばかり、聞こうとはしなかったことがある。
三人の視線は一箇所に集まり、そのことで言わんとすることを察した愛歌は、一層明るい笑顔になった。
「ああ、そうだった! そうなの、この子もうすぐ生まれるの」
愛歌のお腹は、大きく膨れていた。
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