第23話

 アイは再び沈黙する。だが今回は明らかに部屋の温度がマイナスを切った。アイの足元は実際に凍っている。痛くて、気持ちよくて、暑い、シバは頭を抱えた。もう無理だと、死んだと。顔面蒼白である。その様子を見て魔族の女も自分の発言を考え直す。

 

『最初は痛かったけどだんだん気持ちよくなってきて、』


『最初は痛かったけどだんだん気持ちよくなってきて、』


『最初は痛かったけどだんだん気持ちよくなってきて、』


「、、、あっ、」

 

 ようやく自分の発言がこの状況下では不適切であったことに気が付いた。彼女の頭の中ではじき出された答え、それはとにかく嘘偽りなく言う。だがもう少し言葉を選ぶべきだったと後悔した。これではシバと“そういう行為”をしたと思われてしまう。

 

「アイ、あれだ、治癒魔法のことだと思うぞ。こいつが言ってるのは。最初は傷口が痛くて、傷が癒える時に気持ちよくなっていって、治癒魔法の魔力が体に残り暑くなった、ってことだと思うぞ。その証拠に俺は服を着ているだろ?」

 

 徐々に部屋の体感温度が上がっていく気がした。

 

「、、、確かに、それもそう、」

 

「そうだ、俺たちの間には何もなった、信じてくれ。」

 

「そうよ、本当に何もなかったのよ!」

 

「、、、分かった、信じる。シバを。」

 

「ありがとう、アイ。」

 

「ちょっと、なんで彼のことは信じて私のことは信じられないっていうの!?」

 

「、、、助けられた分際で感謝の一つも言えないの?」

 

「傷の手当あなたがしてくれたの?」

 

「まあな、」

 

「傷だけじゃなくて危ないところを助けてくれて、あ、ありがと、」

 

 彼女は頭を下げ照れながら感謝の意を伝えた。

 

「、、、大体、一人で襲撃なんて考えが浅いのね。」

 

 アイの怒りの矛先がなぜか魔族の女だけに向けられた。

 

「ちょっと、勝手に決めつけないでもらえるかしら。大体何なのよ、確かに私もよく考えていなかったかもしれないけどあんたにそんな言われ方される筋合いなんてないわよ。」

 

(あ、やばいやつや、逃げよ、)

 

「、、、いい度胸。今からあなたが私よりも劣っていることを教えてあげる。」

 

「いいわ、返り討ちにしてあげるわ。それと大して胸ないのに偉そうに胸張ってもただみじめなだけよ。無表情だしその眠そうな目だし。」

 

「、、、胸は関係ない。」

 

「あら、気にしてたのかしら、ごめんなさいね、」

 

 魔族の女の最後の語尾には(笑)が付いた。

 

「、、、あ、あなたこそ、シバに助けられたとき心臓の鼓動が大きくなっていた。背中に触れるだけでわかった。」

 

 お返しと言わんばかりにアイが反撃する。

 

「は、はぁ!な、そんなことないからっ!体痛くてそうなっただけだからっ!」

 

 魔族の女は顔を真っ赤にして答えるがアイは勝ち誇ったような顔をする。最近アイの表情にも変化がみられるようになってきたのではないかと感じるシバを尻目に彼女たちは火花を散らしている。


 ワーワーと言い争うアイたちから自分に火の粉が飛んでくる前にとシバは危機を察知しその場から離れた。ついでにポツンと膝を抱えて座っている亜人の少女を連れベランダに出た。

 

「あっちは、危険だからな、少しの間ここに居よう。」

 

 少女の反応はない。口元をきつく結び表情は暗いままだ。完全に心を閉ざしてしまっている。瞳の奥も暗く曇っている。それを見かねてシバが少女に向き合い語りかける。

 

「俺も昔あいつらに父さんと母さんを殺された。」

 

「、、、」

 

 シバの言葉にほんの一瞬反応した。だがやはりまだ少女の瞳は曇ったままだ。

 

「何もできなかった自分を嘆いたよ。自分なんか死んだほうがいいってな。けど言われたんだ。命ある限り生きないと駄目だって。お前の家族は確かに死んだ。けどお前はまだ生きている。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないだろう。でも乗り越えるんだ、たとえ家族が死んでもお前の中で、記憶の中で生き続ける、お前が生きている限りずっと。」

 

 シバは少女の肩に手を置いて光を映さない暗く曇り濁ったような瞳を見つめ言った。そしてそっと少女の背中に腕を回し優しく抱きしめる。少女はびくっと反応した。

 

「すぐにとは言わない、けど我慢しないでいい、思ったことを言っていい、俺に甘えていい、泣きたいときに泣いてもいい、俺がお前の側にいてやる。お前がこの悲しみから乗り越えられないっていうなら支えてやる、お前は一人じゃない、お前には俺がいる、」

 

 少女の目には涙があふれていた。涙が頬を伝って落ちる。少女は年に似合わず静かに泣いた。その腕はしっかりとシバを抱きしめている。徐々に少女の瞳から曇りが消えていく。絞り出すようにか細い声で少女は呟く。

 

「会いたいよ、ママ、くー君、」

 

「そうだよな、会いたいよな、俺も父さんと母さんに会いたいよ、」

 

 記憶の中の父親と母親の笑顔がシバの頭に浮かんでくる。

 

(父さん、母さん、見てるか?俺のやろうとしてること、、)


 その様子を女同士の争いに見切りをつけた二人が見つめていた。

 

「ねぇ、いったい彼に何があったのよ?」

 

「、、、露出魔は知らなくてもいいこと。」

 

「誰が露出魔よ!そういう村の服装なんだから仕方ないでしょうが、いいから教えなさいよ!」

 

 アイは言うつもりなどなかったが少女を抱きしめるシバの悲しみと優しさにあふれた顔を見て魔族の女の方に視線を移した。

 

「、、、同じ境遇だから。」

 

「同じって、、まさか、」

 

「、、、そう、」

 

 アイは魔族の女にシバの両親のこと、シバの体のこと、シバの過去について語った。




ぐぅぅ~

 

 少女のおなかが鳴った。

 

「腹減ったか?何か食べに行くか、」

 

 少女はうなずいた。ようやく年相応になってきた。

 

「私もお腹すいたわ。」

 

 魔族の女もそれに賛同する。

 

「食事代もつけてくれてマーニさんほんとにいい人だ。」

 

「マーニさん?誰よ、その人、」

 

「この都市まで入るのに助けてくれて宿泊代までくれた冒険者だ。」

 

「ふーん、そんな人間もいるのね、それより冒険者ってことはここってギルド支部とかあるの?」

 

「アイが言うにはあるらしいぞ。」

 

「ギルドがあるってことは割とこの都市も栄えてるってことよね、ギルドのある都市は変な噂が多いって村の大人たちが言ってたわ。」

 

「変な噂?そういえば昨日ベルガールもなんか言ってた気がする。」

 

 シバは魔族の女の話が気になったが服の裾をクイクイと引っ張られた。

 

ぐぅぅー


 シバの服の裾を引っ張った少女のおなかがまた鳴った。

 

「あー、すまん、飯行こうな。」

 

 そう言うとシバは少女を片腕で抱き上げ部屋を出た。後に続くように二人も部屋を後にして一階の食堂へ向かった。

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