第34話 赤ん坊、作業を見せる
午後からまた、ナディーネに車を押されて作業場に出る。
少し遅れて、王太子とゲーオルクも様子を見に出てきた。
初対面の王侯貴族を前に、ナディーネがほとんど硬直していたが、ヴァルターに促されて何とか車を操作している。
「ふむ。熱心に働いているようだね」
「何だか、子どものお遊びにしか見えねえんだが」
片方の評は無視して、一応王太子には概略を説明しようと考えていると、門番から報せがあった。
アイスラー商会会長のエドモントと木工工房の親方ヨハネスが、小屋建築の作業員を連れて来ているという。
案内されてきた会長と親方は、思いがけず王太子に対面して、慌て気味に膝をついている。
「小屋の建築だな。ご苦労」
「おそれいります」
呼び出されてきた王宮庁の役人がヴァルターから説明されて、指示された建築予定地に作業員を連れていく。
よい機会だと思い、僕は王太子たちや会長たちをホルストとイルジーの作業の場へ案内するよう、ヴァルターに囁いた。
近づいていくと、荷車と格闘していた二人は、親方の顔を見て急ぎ直立で頭を下げる。
続いて会長の顔を見て、顔を強ばらせている、が。
その後ろから来る王太子の姿に、訳分からず二人で狼狽顔を見合わせていた。
誰かは分からないが、とにかく身分の高い人だと、理解したようだ。
笑って、王太子は声をかけた。
「礼儀は無用でよい。作っているものについて、教えてくれ」
そう言われてもどう応対していいか、子どもたちに分かろうはずもない。
半分硬直してそわそわしているところへ、ヴァルターが補足した。
「その作っているものについて、親方に説明すればいい。我々はそれを横から聞くだけだ」
「は、はい」
「じゃ……」
斜めに持ち上げていた荷車の横へヨハネスを招いて、二人はなるべくこちらを見ないようにして、説明を始めていた。
「この車軸を受けるところを、工夫したんです」
「今はもっと、左右別にできないか、いろいろ試しているです」
午前中に僕とも話して、昨日とりあえず前輪を取り外したものから、残した後輪の位置を改めて調節し、一応従来品より滑らかに動くぞという試作品一号を仮完成することにしていた。
そこまでは何とかこぎ着けていたらしく、車輪の動きを親方に見せている。
そうして改めて荷車を立て直し、試しに二人で引いてみせる。
「おお、すごいじゃないか」
興奮で大声を上げて、ヨハネスは動いている荷台に飛び乗った。
そこで腹這いになって、台の振動を確かめている。
「すげえすげえ、お前たち、たいしたもんだ」
「そんなにすごいのかね?」
「へえ、今までのものとは段違いでさ」
近づいて問いかける会長に、興奮のまま答えている。
四つん這いのまま、ごつい掌でばんばんと台を叩いて。
「ちょっとすぐには説明できねえが、こいつら、とんでもない工夫を車輪受けに実現しているんで。この荷車を使って荷物を運べば、今までのものより二倍効率がよくなるって言ってもいい」
「それほどなのか」
「しかも、これからまだ工夫を加える予定だって。そうしたら、もっと小回りが利いて、動きが安定するはずなんでさ」
「それほどのものを、この子ども二人で考えたと?」
「へい。つまり、イルジーが考えて、ホルストがそれを実現したってことだな?」
「はい」
「はい、それに、ルートル――」
言いかけて、イルジーは慌てて言葉を切っている。
客人たちの後ろで、僕が口に一本指を当てて合図を送ったせいだ。
一瞬詰まって、何とか言葉を続ける。
「いや、その――王宮の人が教えてくれたので、ますます工夫が進んでいるんです」
「なるほど、二人と王宮の人の合作というわけか」
「はい」
感心する親方と会長を見ながら、ちらと王太子はこちらに苦笑の目を送ってきた。
そうしてから一歩前に出て、ヨハネスに問いかける。
「そうするとこの荷車、完成した暁にはかなりの売り物になりそうだということか」
「へい、かなりなんてものじゃありやせん。荷物を運ぶ仕事の者なら、誰だってこぞって欲しがると思います」
「他の国にも、こんなものはないと思うか」
「俺の知る限り、まず絶対ありやせん」
「ほう」
頷き、もう一度僕を見て頷く。
そして王太子は、二人の子どもに顔を向けた。
「それが本当なら、あっぱれだぞ、そこな二人」
「は、はい」
「はい」
「その工夫を進めたものの完成まで、あと二週間と言ったか?」
と、これはヴァルターに訊ねる。
文官も、ちらり僕を見てから返答する。
「はい、二週間程度を見ていただければということです」
「それができたら、量産、販売に移れるということか?」
「その是非を、これからこのエドモントとヨハネスと、熟談して詰めようと考えております」
「うむ、しっかり頼む」
「完成が確かめられましたら、その二人と王宮の者を加えた三名の名義で特許申請を進めたいと考えます。ヨハネス、その点はどう思う」
「へい。いや、俺も詳しくはないですが、聞くところでの判断なら、これは車軸の工夫と荷車そのもの、別々に特許を申請する価値があるんじゃないかと思うです。車軸だけなら、馬車とか他のものにも応用できるのではないかと」
「なるほど。そういうことのようです」
「なるほど、そこも相談の上、詰めてくれ」
満足の顔で、王太子はヴァルターに頷き返す。
それからヴァルターは、会長と親方を伴って王宮に入っていった。個室でこの先のことを相談するのだ。
少し迷ったけれど、そこは文官に任せて、僕は参加しないことにする。赤ん坊がそういう場に臨席する理由の、でっち上げが思いつかない。
作業を再開する二人に手を振って、その場を離れる。
とは言え、先に歩き出した王太子とゲーオルクの背に向けて、僕がナディーネの腕をつついてやらないと、歩き出しは始まらなかった。侍女の緊張は、当分治まらないようだ。
「思った以上に、価値のある作業なのだな、これは」
「ああ、俺もここまでのものとは思っていなかったです」
今まで黙っていたゲーオルクが、呻くように王太子に応えている。
その顔がそのままこちらを振り向き、
「するってえと、今の二人とは別の作業をしている奴がかなりいるようだが、そいつらも同じぐらい価値のあることをしているってわけか?」
「ひみちゅ」
「マジかよ」
「まあそこは、ルートルフを信じて待つしかないだろう。今の荷車の件だけでも、大きな意味を持つ。話の通りなら、他国にも高額で売りに出せそうだしな」
「ん」
「他にも同じぐらいの成果が出ると、期待していていいんだろうな?」
「どうぞ、かってに」
「この野郎」
王太子と公爵次男は、苦笑の顔を見合わせているが。
見ると、ナディーネは今にも卒倒しそうな白い顔になっていた。
考えてみると、こういった会話を聞かせるのは初めてだ。
知らない者が聞いたら、男爵(もう子爵だけど)次男が不敬でたちまち手討ちになりかねない、と思って無理はない。
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