第12話 寝顔

「はぁ.......彼女さんは甘いねぇ.......それに和哉。あんたいつまで泣いてんだい。男ならしっかりしなさいな」


 みゆの許しを得てもずっと俺は泣いていた。もう自分が情けないやらみゆの優しさが心に染みるやらでもう訳がわかないが涙だけは何故か止まらないのだ。


「分かってる.......っ.......けど」


「和哉くんって本当に子どもみたいな時があるよね」


「本当に体ばっかりでかくなって中身はいつまで経っても子ども何だからタチが悪いったらありゃしないよ」


「子どもなら仕方ないね」


 そう言ってみゆは俺の顔をそっと抱え込む。俺の涙や鼻水で自分の服が汚れることも厭わずに。けど、さすがにこれは.......


「ちょっ、みゆ。さすがにこれは恥ずかしい」


「はいはい。泣き止んだら離してあげるからね」


「泣き止む! 泣き止んだから!」


「はぁ.......これじゃあまるで母と子じゃないかい。本当にこんなに頼りない子でいいのかい?」


「和哉くんが頼りないなら私がしっかりしますから大丈夫です。それに、和哉くんもやる時はちゃんとやるってことを私を知っていますから」


「今の和哉を見てるとその言葉には説得力が全く無いけどねぇ.......」


 そりゃ、今の俺はみゆに抱きしめられているような状態ですからね.......。もう何だか恥ずかしいを通り越して落ち着く.......待て、これ以上は本当にダメだ。何かは分からないが戻れなくなってしまう気がする。


「みゆ。もう大丈夫だから、もう泣かないからそろそろ離してくれ。というか、離してください.......」


「むぅ.......」


 何故だかみゆは渋々といった感じに俺を解放してくれる。いや、なんでみゆが不満気なんだよ.......。

みゆに離してもらえたので改めてみゆの方を見てみると


「あぁ、せっかくの服が.......本当にすまん.......。気持ち悪いよな.......」


「別に私は気にしないよ?」


「みゆが気にしなくても俺が本気で気にするとはいえ、着替えとかって持ってたり」


「するわけないでしょ」


「ですよね.......」


 みゆの服は俺の涙と鼻水でどう見ても湿ってしまっている。これを気にしないなんて言うみゆも大概だが今すぐ着替えさせてあげないと俺の罪悪感に駆られるのだが、みゆの着替えなんて俺の実家にある訳なんて無いし.......


「それなら、和哉の中学時代の服を着せてやったらいいじゃないかい。身長的にもちょうどいいだろう?」


「確かにそうかもだけど俺の中学時代のお古なんて」


「その服貸してください」


「みゆ?」


「和哉くんのお古なんでしょ? 私は気にしないよ」


「ちょっと待ってな」


 そう言ってばあちゃんは俺の中学時代の服を取りに部屋から出ていく。そして何でか知らないけどみゆの目がキラキラしているような気がする。


「なぁ、俺の中学時代のお古なんかでいいのか? 今から俺が買ってきてもいいんだぞ?」


「和哉くんのお古でいい。むしろそれがいい」


「あっ、はい」


 むしろそれがいい理由なんて俺には到底理解出来ないがみゆがそれがいいと言うならもうそれでいいだろう。考えても分からないことは考えないようにしよう。それに、俺はこれからみゆ最優先で生きていくと決めたばかりだしな。みゆがそれがいいと言うならそれでいいじゃないか。うん、間違いないな。


「彼女さんや。どの服がいいかはこっち来て自分で選んでくれい」


「はい。今行きます」


 そう言ってみゆは部屋を出てばあちゃんの所へと向かっている。何故だかその足取りはとても軽そうに見えた。もう訳が分からん。

 それからしばらくすると俺の中学時代の服を着たみゆが部屋に戻ってきた。みゆの選んできた服は男女どちらでも着れるようなユニセックス風の白の長袖Tシャツであった。.......なんだろうか.......俺が来てもパッとしないTシャツだったのにみゆが着るだけですごくオシャレに見える.......これが顔面偏差値の差によるものなのか.......。


「どうかな?」


「あ、あぁ。いいと思うぞ」


「ふふ。ありがとう」


 それからみゆは何を思ったのか袖を俗に言う萌え袖のような状態にしてその手を自分の顔の方までもっていく。正直に言って超可愛いけど、何してるの?


「和哉くんの匂いがする」


「!? 俺の中学時代の服だぞ? 俺の匂いなんて残っているわけ.......」


「残ってるよ?」


「俺ってそんなに体臭がキツかったのか.......」


 やばいまた泣きそうだ。俺の中学時代に着ていた服から未だに俺の匂いがするなんて.......1回消臭剤の原液だけで出来た風呂にでも入るべきかもしれない.......。よし、帰ったら消臭剤をありったけ買おう。


「なんでそんなに落ち込んでるのか知らないけど別に和哉くんが臭いってわけじゃないからね?」


「.......本当か?」


「なんでそんなに懐疑的なの.......? 和哉くんの匂いは落ち着くんだよ?」


「.......そうなのか?」


「うん。だから大丈夫だよ」


 そうか.......それならいいんだけど.......あれ? というか、普通に俺の匂いが落ち着くとか言って俺のお古の服の匂いを嗅がれるとか恥ずかしいことじゃないか? まぁ、何だかみゆがほっこりしてる感じがするからもうなんでもいいや。俺がみゆの服の匂いを嗅いだりなんてしたら間違いなく犯罪だがみゆがする分にはきっと許されるだろう。.......これが男女差別による弊害か。


「ふわぁ~」


「和哉くん眠そうだね?」


「なんか今更になって安心したのが眠くなってきた.......」


「それじゃあ、はい」


 みゆはそう言うと俺の隣に来て正座して自分の膝をポンポンと叩く。


「?」


「むぅ.......」


「えっと.......」


「和哉くんは私の膝枕は嫌なの?」


「そんなことはもちろん無いんだが.......」


「それなら早く」


「.......はい」


 俺は恐る恐るといった感じにみゆの太腿の上に横になる。さすがに上を向く勇気はなかったのでみゆのお腹とは反対の方向を見るように顔を横にしてだが。それからみゆは俺の頭を優しく撫で始める。人に頭を撫でられたのはいつぶりだろうか? 膝枕をされている時点で恥ずかしいことには変わりないので今更何をされても文句を言うつもりは無いがこれはなんというか.......非常に落ち着く.......。


「なんだい。和哉は寝たのかい?」


「はい」


「全く.......幸せそうな顔して寝て」


「ふふ。そうですね」


「この子の寝顔はいつまで経っても変わらないねぇ」


「いつまでも可愛らしい寝顔ってことですね」


「物は言いようだねぇ」


 そう言ってばあちゃんとみゆに微笑ましく俺の寝顔が見られていることなど俺は知る由もないのであった。

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